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【羅炎のゼノン - Tales of Misaki】
 なかば追い立てられるようにゲフェンを後にしたミサキ。孤独が、そして先の見えない不安が少女を襲うようになるのに、さほど時間はかからなかった。
 そんな折、彼女が出会った奇妙な一行……それは月の明るい夜だった。


羅炎のゼノン - Tales of Misaki

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    3

「そうかそうか、修行の旅に出たばかりのマジシャンだったのかい」

 やや乱暴な口調のこの女ウィザードは、シルヴィと名乗った。旅慣れした立ち振る舞いは堂々として、それなりに腕のあるウィザードであるようだった。

「お一人では大変だったでしょう。偉いわねぇ」

 もう1人はカプラで名前はネーナ。落ち着いた物腰と丁寧な言葉遣いは、シルヴィとはまったく違って、およそ旅慣れしているとは思えなかった。もとよりカプラの職装は、決して旅には向いているとは言いがたい。
 何より、カプラの歴史は古代地母神の時代にまで遡る。中原を統べるミッドガルド王朝よりも遥かに古いもので、世界各地で今は都市と呼ばれる場所、その龍脈の在り処に深く根ざす古(いにしえ)の技を伝える組織だと目されている。それゆえその所在は都市のある場所に依拠し、その理を外れることはなかった。このような原野に在ること自体、本来ならあり得ないのだ。

「い、いえ。そんなことは……

 奇妙ではあるものの、目の前の二人は思ったより気安い人たちのようで、多少は安心しつつも恐縮する。それも、自分が憧れとしたウィザードを目の当たりにしたことだけではなく、今なお真横で自分を見つめる視線を感じていることが不慣れな焦燥となっていた。

「いつまで引っ付いていることでしょう。セレン、こちらにいらっしゃい」
「嫌だもん。ミサキ姉さまのお傍がいいっ」

「ほんとに…」

「あっははははっ……
 まあ仕方ないだろう、ネーナ。ここまで気に入られるのは驚きだが、あの人見知りの激しかったセレンがそうするんだ。いいんじゃないか?」

「そ、そうね……

 苦笑を返すネーナの表情は優しく、決してこのセレンの行動を好ましく思ってないわけではないようだった。

「ミサキちゃんでしたね。修行ということだけど、最初の目的地はどこへ?」
「はい、最初はプロンティアに」

 一風変わった旅の一行に、ミサキ自身が気後れしたということもあるが、もっぱら話は問いかけられるという形でミサキ自身についての事柄だった。転職したてのマジシャンともなれば、まずは各地を巡る旅の中で経験と術の修行に励むというのは、ごく当たり前のことで、彼女としては不用意に自身の不思議な転職体験などを口にすることなく、話を合わせるのはそう難しいことではなかった。プロンティアはミッドガルドの首都でもあるし、最初の目的地というのもむしろ当たり前すぎた。

「そうでしたの? 残念だけど、私はプロンティアへの転送ゲートを開くことができないの。ごめんなさいね」
「いえ、そんなのいいんです。急ぐ旅じゃないし、修行ですから」

 各地の都市を繋ぐ転送ゲートを開くのは、カプラという存在がもつ能力のひとつで、多少の代償(いくらかのお金)を支払うことで、そういったサービスを受けることができる。1人のカプラが受け持つ転送ゲートには数が限られていて、すべての都市にすぐに行けるというわけではない。

「ほんと、偉いわね。それじゃ代わりにこれを」

 ネーナが懐から取り出し、ミサキが受け取ったのは、2個の青く丸い形をした術石だった。

「ブルージェムストーン……

 それは、ミサキでも知っている。いくつかの特殊な魔法を使うときに必要となる触媒石だ。

「そうよ。旅の途中でもし、プロンティアへのポータルを取得しているプリーストかアコライトに出会ったら、頼んでみなさいな。きっと力になってくれますよ」
「は、はい。ありがとうございます」

 ミサキたち魔法職とはちがって聖職者のもつワープポータルという転送術には、このブルージェムストーンが必要らしい。特殊な術を発動してもらうための、その代償として渡せ、ということになる。

 しかし受け取ったミサキは、その魔力を秘めた石を何やらとても大切なもののように感じてじっと見つめた。貰ったことはもちろん嬉しかったが、それ以上に感慨深い何か。
 「感謝」という気持ちに隠れて、それを奇妙とは思わなかったのだが、とても自分自身に馴染み深いもののように感じていた。


「アコライトかぁ……ん?」

 シルヴィが意味深にセレンを見た。

「う、わわわっ。ご、ごめんなさいですぅ。あたし、まだワープポータルは覚えてないの」

 申し訳なさそうに、いや半分涙目になってセレンがミサキを見る。

「くすっ、いいのよ、気にしないで」
「ごめんなさぁい。シルヴィ、いじわる……

「あ、ははははははっ」

 遠慮なく笑うシルヴィに、セレンがしかめ面で抗議の意思表示をした。




 いつしか、

……パチッ

「い、いけない!」

 おしゃべりに夢中になって気付くのが遅れてしまった。焚き火が今にも消えそうになっている。
 慌てて薪を足そうとするも、あえなく炎が途切れてしまった。

「あーっ」

 街の外で夜を明かそうというのに、焚き火を途切らせてしまうなんて、大失態もいいところだった。申し訳なくて表情を曇らせるミサキではあったが、

……ボッ!

 突如、消えてしまった滝が勢いよく炎を舞い上がらせた。

「え?」

「驚いたな、マジシャンなのに、火のことで苦労してんのかい?」

 どうやら、シルヴィが魔法で火を呼び戻してくれたらしい。

「す、すみません……

 魔法じゃなくても、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。


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