「監獄の妖精」(11)
はからずも焔の同行を許すこととなったエスタではあったのだが、本音からすると、とてつもなく邪魔ではあった。ただでさえ今回は気を使うことが多いのに加え、何をしでかすか分からないこの能天気娘が傍にいたのでは、思うように(最悪は緊急避難も)動けなくなることが目に見えていたからだ。
とはいうものの、このまま野放しで監獄に放置する方がもっと不安を抱かせる。他のパーティに迷惑をかけるようなことがあったら
……いや、きっと迷惑をかけるに違いない。そんな静かな確信を胸に、エスタは注意深く薄暗い通路に歩を進めた。
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「せ~のっ」
「ん?」
「よ~せ~さぁあ~~~~~ん!」
「んわっ!」
「で~てく~るのだぁあああああっ!」
「やめんかっ!」
愛用のとんがり帽子
*1
を突き破るほどの突然の大声はもちろん、焔がでっかく口を拡げて発したものだった。
「仮にもここは監獄だぞ! そんな大声を出して、亡者どもが集まってきたらどうするつもりなんだ!?」
「ぶぅ
……、だって歩いてばかりだとつまんないのだ」
「だったらプロンティアに帰ったらどうだ?」
「べぇ~~っ、嫌なのだ。妖精さんにもう一度会うのだ」
無理やりにでも追い返さないのは、エスタとてこの末妹にあまいなぁ、とは思う。
「あっ」
焔が発したそれは、後ろの曲がり角から数体のインジャスティスが姿を見せたことによるものだった。
「ほらっ」
言わんこっちゃない
……。エスタは面倒臭そうに振り向き、火柱でそれらをの接近を阻んだ。続けて詠唱を始める
「ヘブンズドライブ
*2
!」
背中では、同時に焔による得意のファイヤーボルトの詠唱が聞こえた。まだまだ未熟なスパノビの焔では、4大属性を司る精霊のうち、火の精霊としか契約は結べていない。
「ふぁいあ~ボルト(なのだぁ)」
……パリバリバリッ
威力は心もとないものの、追撃としてはまずまずといったところだろう。エスタの攻撃に合わせる形で、次々にインジャスティスを葬っていく。
「どだぁ、まいったかっ!(なのだ)」
調子のいいことを
……得意げな焔の様子に苦笑しながらも、状況は今ひとつ良くないことをエスタは直感していた。
(来る
……)
エスタの、長年の戦士としての勘が周囲の妖気の変化に敏感に反応した。
「わぁっ!」
「焔っ!」
(そっちか
……)
突如、空間を歪めて現れたハンターフライ
*3
が、焔に狙いをさだめて襲い掛かった。さほど強い攻撃ではなかったものの、その目にも止まらぬスピードで体当たりを繰り返しては、まだ真新しい鎧肩当てに細かい傷を刻んでいく。
身軽さが身上の焔だが、その動きを見切るには、何より慣れが足りない。両手で顔を庇うのが精一杯だった。
「や、やめるのだぁ!」
「ちぃ」
それがきっかけに過ぎないことも、なかば予想はしていた。ほぼ同時にエスタの正面には、後ろに気を取られた隙に火柱を抜けてきたインジャスティスが、一斉にエスタめがけて距離を詰めてきたのだ。
(構うかっ!)
「フロストダイバー
*4
っ!」
--ピキィ
……
敵に背中を見せてしまう愚を犯しつつ、焔の足を止めていたハンターフライを凍らせた。
「こ、こあかったのだぁ
……」
「離れてろっ!」
「エスタ兄ちゃん!」
「なろぉ!」
気が付けば、工スターは四方を囲まれ、かろうじて敵の刃をかわすのが精一杯だ。
数峻、繰り出されるインジャスティスの攻撃を杖で受け止め、あるいは身を入れ替えて躱しながらも、凍らせたハンターフライに追撃の雷撃を詠唱するエスタ。たった一匹とはいえ、そのスピードある攻撃は、油断すればこちらの体制を瓦解させる、ハンターフライはそんな敵だった。第一、凍結が解ければ再び焔に向かっていくことが明らかだ。
--パリパリ
……
追撃のライトニングボルトがハンターフライをしとめた。しかし、
----監獄の妖精(12)につづく
*1 もはやエスターのトレードマックともなった魔法職限定の頭装備。その性能は、SPにゆとりのあるウィザードよりもセージや下位職であるマジシャン向けで、特にゲーム内でもセージの大半が使用している。
*2 セージでも扱える数少ない範囲攻撃魔法。いわゆる地面を揺り崩して相手にダメージを与える。
*3 ハンターフライ。あまりに動きが速く、ゲーム内での別名は「シャア」。避けることも攻撃を当てることも困難、という低レベルキャラにとっては恐怖の代名詞といってもいい存在。
*4 フロストダイバー。相手を凍らせる魔法で、これが決まると一定時間、相手を無力化できる。また、凍結している間は対象の持つ属性が「水」に転換させるので、さきほどのライトニングボルトなどの電撃(ゲーム内では風属性攻撃という)の威力が倍増する。
かつてはこのスキルを駆使して「水」と「風(雷)」の属性攻撃だけで戦う「氷雷」とよばれる魔法職のスタイルが存在した。