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【監獄の妖精】
 そこは俗に「監獄」と呼ばれ、多くの亡者魔物の徘徊する魔都グラストヘイムの一角。多くの戦士たちが魑魅魍魎を相手に死闘を演じ、様々な冒険譚がまことしやかに語られる、そんな場所だった。今、彼らの間で囁かれるひとつの噂が広がりつつあった。


監獄の妖精

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「監獄の妖精」(13)

「だ、大丈夫さぁ」

 心配させすぎたか。目の前でうろたえる妖精は、今にも泣き出しそうな表情で、今なお効果のないヒーリングを続けていた。さすがに、そう仕向けたとはいえ、エスタとて申し訳なく感じたのも無理はない。
 ヒールが効かないことに動揺し、揺り動かそうと伸ばした手は、エスタの体をすり抜けた。唇をかんで悔しがるその目は涙さえ浮かべているように見えた。

(やっぱり幽霊なのかな……

 妖精のその自慢のヒーリングがエスタに効果がなかったのは、リオンのもたらしたヒントによって、あらかじめ自分のローブに不死の呪いを施しておいたためであった。聖なる御業である聖職者の霊力とは相反する属性をその身に纏うことで、ヒーリングはその効果を無にされてしまう。
 得意げにヒールをしては遊んでいるふうの妖精の、戸惑いを誘うのが狙いであった。その狙いは効を奏したものの、自らの回復手段(自前のヒーリング)をも封じることになるこの方法は、ともすればエスタとて非常に危険な状況に身を置いていたことになるわけだが。

「これは、ワザとだから」

 それはともかく、いたずらっ子よろしく、歯を見せて笑いかけたエスタに、少しは安心したのかコクコクと頭を傾げてはじっと見つめる。

(ほんと? ほんとに大丈夫?)

 声はなくとも、そう言っていることが伺えた。ほっとしたような、それでいて悪戯したことを親に叱られたかのように神妙な仕草のあとに、安心した笑顔を取り戻した。

 その表情が再び急変する。

「と~~~ったぁああああああああああ!(なのだ)」
「ぬぁ?」

 --ひらりっ

 焔が絶叫し、手にした虫取り網--監獄の妖精捕獲網(?)--を振り下ろした。それを察知し、辛うじてその凶刃ならぬ凶網をかわす妖精。

「むむむ、なのだ。妖精さん、おとなしく捕まるのだっ!!!」

 なおも、網を振り回す焔に、おっかなびっくりの表情で逃げまわる。

「こ、こら焔。そんなことしたら逃げちゃうだろうがっ!」

「ぬぁあああっ!(なのだ)」(聞いてないし……

 とはいうものの、予想に反して妖精は姿を消して逃げようとはせず、逆に戸惑いも明らかに、時折エスタの方を見ては、

(な、なんですか? この子)

 そんな視線を送る。

「逃がさないのだ。妖精さん、覚悟なのだっ!」(ぶんぶん)

(くすっ)

「あはっ、ははは……

 まったく、しょうのないやつだ。はからずも、重症の兄をほったらかして妖精を狙う焔と、この突拍子もないスーパーノービスの行動に目を白黒させながら逃げる妖精との追いかけっこに、自然と笑いがこみ上げてきた。

 妖精はすっかり本来の調子を取り戻したようで、ときおり舌を出しては頭に血が上った焔をからかっていた。

(幽霊にしては、表情がありすぎるよなぁ。生霊ってか?)

「ま、どうでもいいか……

 相変わらずの焔と、それに付き合ってじゃれあう子供のように、呆れ返ったかのように、それでいて馴染みの光景に、エスタはここが魔境グラストヘルムの一角である監獄であったことを失念するという、彼にしては珍しい失態をおかした。

「!」

--シャアーッ

「ぐあぁああ!」

「エスタ兄ちゃんっ!」

 突如、空より出現したリビオ *1 が、油断したエスタを薙ぎ払った。

(し、しまった……

 深手を負っているにもかかわらず、その手当てもせずに目前の光景に目を奪われていたエスタは、避ける暇もなくなすがまま弾き飛ばされる。それでもなお、転がりながらでも片膝を立てて体制を立て直したのは、凶悪な魔物を前にして無防備な姿を晒すわけにはいかない、という彼の意地ではあったろう。しかしそれも、激痛と、なにより流しすぎた血とのために、まともに魔力を練ることも、動くことすら無理なように思えた。

 それを見抜いたかのように、リビオはエスタに向かってとどめの一撃を振りかぶった。

「な?」

 一閃、リビオとの間に割り込んだ光、その正体は疑うべくもない。

 両手を広げてエスタをかばうように立つ金髪のアコライトは、しかしその覚悟は空しい結果を生むこととなる。

 実体のない妖精の体をすり抜け、凶爪はエスタを襲った。

「うあぁああっ!」

 焔の悲鳴が遠くに聞こえた。

(まずい!)


----監獄の妖精(14)につづく

*1 リビオ。一応、監獄の看守的な魔物。これが倒せなきゃ監獄でやっていけません。


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