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【監獄の妖精】
 そこは俗に「監獄」と呼ばれ、多くの亡者魔物の徘徊する魔都グラストヘイムの一角。多くの戦士たちが魑魅魍魎を相手に死闘を演じ、様々な冒険譚がまことしやかに語られる、そんな場所だった。今、彼らの間で囁かれるひとつの噂が広がりつつあった。


監獄の妖精

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「監獄の妖精」(2)


「で、幽霊って?」

 監獄に到着すると、さっそくパーティ共通のベース地点に向かった。きっとそこに居るだろう、とは半ば確信に近いものがあった。

「んとね」
「なんて言ったらいいか」

 はたして、予想に反せず、二人の仲間はそこに居た。エスタの問いに、困惑した様子ではあるものの、深刻さは感じないのが不思議ではあったが。

「ヒール魔」
「お?」

「昨日からかなぁ、誰かれ構わず辻ヒール *1 して、さっさと消えてしまうような幽霊が出るの」

「へぇ ありがたい話じゃないか。辻支援好きのプリさんかい?」

「それがね、エスタさん。まだ誰もその幽霊を目撃したことがないんですよ」

 二人が言うには、ここで戦っている戦士たちが、魔物に傷つけられた瞬間に、それがヒールされ、お礼をしようと振り向いた時には、誰もいない。そんなことが何度もあったというのだ。無論、ここを主な狩場にしている二人もまた例外ではなく、幾度となくヒールの恩恵にあずかりながら、当の恩人の顔すら見てないという。


「ね、変でしょ」
「そだねぇ、ずいぶんと恥ずかしがりやなプリさんかなぁ、やっぱり」
「とにかくすばやいのか何なのか、今じゃ『監獄の妖精』なんてあだなまでついて、一部ではファンクラブまでできているらしいですよ」

「あはは、」
「笑い事じゃないわよ」

 声を荒げた祇園さんの、続けたセリフはもっと可笑しかった。

「この監獄に、でっかく『LOVE FAIRY』なんて書いた鉢巻をした集団が歩き回るようになったら、世も末だわ」
「世も末って、ここは魔物の都グラストヘイムなんだが(笑)」

「でもまぁ。一見の価値はありそうだね。妖精の正体を見極めるとするか」

「あのね」
「ん?」

「もしプリさんだとしたら、一人だけ心当たりがあるのね」
「ほぉ?」
「誰です?」

「血飛沫を目にすると、誰にでもヒールして、そして礼も聞かずに立ち去り、もしくはテレポって…」
「うんうん」

「最初に会ったころのあくさん *2 が、そんな感じだったわ」

「うぉ?」
(なんでそこで弟の名前が。というか、そんなことやってたのか、あいつ)

「ふむ、なるほど…ひょっとするかも」

「ひょっともひょっとこしないしない。だいたい弟(アーク)は、こないだの青石の無駄遣いで、いよいよ沙希 *3 の堪忍袋の緒が切れたみたいでな。当分の間青石没収でどこも遊びに行けない、って泣いていたぐらいだから」

「ふーん、最近顔を見ないと思ったら、そんな事情があったのね」
「かわいそうなアークさんですなぁ。あんなに頑張ってたのに」

「まあ、無理してたみたいだから、休憩させようって腹なのかもね」
「へぇ」
「おっと、本当はやさしいお姉さまでしたか。これは失礼」


 それこそ口からでまかせなことは、すぐそばで見てたエスタにこそ明白だったが、一応一家のフォローは入れておくに越したことはなかった。天を仰いで両手を広げたまま、あまりのショックで硬直してたアークの姿を伝えるのは、あまりに不憫ですらあったから。


----監獄の妖精(3)につづく

*1 聖職者(アコライトやプリースト)のスキルであるヒーリング(治癒)のこと。

*2 「アーク=フレアリーフ」エスターの弟のプリースト。しばらく前に、この監獄に滞在していたらしい。

*3 「魅魔 沙希」エスターの妹であり、アークの姉にあたる。職はエスターと同じセージ(賢者)。少々癖のある娘で、その実態は後々語られる。


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