「監獄の妖精」(2)
「で、幽霊って?」
監獄に到着すると、さっそくパーティ共通のベース地点に向かった。きっとそこに居るだろう、とは半ば確信に近いものがあった。
「んとね」
「なんて言ったらいいか」
はたして、予想に反せず、二人の仲間はそこに居た。エスタの問いに、困惑した様子ではあるものの、深刻さは感じないのが不思議ではあったが。
「ヒール魔」
「お?」
「昨日からかなぁ、誰かれ構わず辻ヒール
*1
して、さっさと消えてしまうような幽霊が出るの」
「へぇ ありがたい話じゃないか。辻支援好きのプリさんかい?」
「それがね、エスタさん。まだ誰もその幽霊を目撃したことがないんですよ」
二人が言うには、ここで戦っている戦士たちが、魔物に傷つけられた瞬間に、それがヒールされ、お礼をしようと振り向いた時には、誰もいない。そんなことが何度もあったというのだ。無論、ここを主な狩場にしている二人もまた例外ではなく、幾度となくヒールの恩恵にあずかりながら、当の恩人の顔すら見てないという。
「ね、変でしょ」
「そだねぇ、ずいぶんと恥ずかしがりやなプリさんかなぁ、やっぱり」
「とにかくすばやいのか何なのか、今じゃ『監獄の妖精』なんてあだなまでついて、一部ではファンクラブまでできているらしいですよ」
「あはは、」
「笑い事じゃないわよ」
声を荒げた祇園さんの、続けたセリフはもっと可笑しかった。
「この監獄に、でっかく『LOVE FAIRY』なんて書いた鉢巻をした集団が歩き回るようになったら、世も末だわ」
「世も末って、ここは魔物の都グラストヘイムなんだが(笑)」
「でもまぁ。一見の価値はありそうだね。妖精の正体を見極めるとするか」
「あのね」
「ん?」
「もしプリさんだとしたら、一人だけ心当たりがあるのね」
「ほぉ?」
「誰です?」
「血飛沫を目にすると、誰にでもヒールして、そして礼も聞かずに立ち去り、もしくはテレポって…」
「うんうん」
「最初に会ったころのあくさん
*2
が、そんな感じだったわ」
「うぉ?」
(なんでそこで弟の名前が。というか、そんなことやってたのか、あいつ)
「ふむ、なるほど…ひょっとするかも」
「ひょっともひょっとこしないしない。だいたい弟(アーク)は、こないだの青石の無駄遣いで、いよいよ沙希
*3
の堪忍袋の緒が切れたみたいでな。当分の間青石没収でどこも遊びに行けない、って泣いていたぐらいだから」
「ふーん、最近顔を見ないと思ったら、そんな事情があったのね」
「かわいそうなアークさんですなぁ。あんなに頑張ってたのに」
「まあ、無理してたみたいだから、休憩させようって腹なのかもね」
「へぇ」
「おっと、本当はやさしいお姉さまでしたか。これは失礼」
それこそ口からでまかせなことは、すぐそばで見てたエスタにこそ明白だったが、一応一家のフォローは入れておくに越したことはなかった。天を仰いで両手を広げたまま、あまりのショックで硬直してたアークの姿を伝えるのは、あまりに不憫ですらあったから。
----監獄の妖精(3)につづく
*1 聖職者(アコライトやプリースト)のスキルであるヒーリング(治癒)のこと。
*2 「アーク=フレアリーフ」エスターの弟のプリースト。しばらく前に、この監獄に滞在していたらしい。
*3 「魅魔 沙希」エスターの妹であり、アークの姉にあたる。職はエスターと同じセージ(賢者)。少々癖のある娘で、その実態は後々語られる。