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TOP>小説おき場>The Night Tail Story>羅炎のゼノン - Tales of Misaki

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【羅炎のゼノン - Tales of Misaki】
 なかば追い立てられるようにゲフェンを後にしたミサキ。孤独が、そして先の見えない不安が少女を襲うようになるのに、さほど時間はかからなかった。
 そんな折、彼女が出会った奇妙な一行……それは月の明るい夜だった。


羅炎のゼノン - Tales of Misaki

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    プロローグ

 劫火を纏いし火炎の精霊
 それは龍の姿をもってあたしの前に顕れた。

 怖い? ううん、違う。ただ、目が離せなかった。

 なぜか、懐かしい感じがしたから。


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    1

……パチパチッ

 か細い音を立てて小さな焚き火が揺らいだ。まるでその主たる少女の心の在り様を表すかのように、時折はじけては、橙色の沈黙がそれに続く。

 運命に追い立てられるように、ゲフェンを後にしてからまだ数日しか経ってはいないというのに、既に心中の大部分は孤独という痛みに支配されつつあった。

 城壁に守られたかの魔都の外に、よくよく考えてみれば今まで出たこともない。
 そこは既に人外の生き物--場所によっては「生き」物でさえないのだが--の支配する所であったのだから当然であったろう。純粋に身の危険を間近に想像し、そして頼るものの何一つない心細さが、目前の焚き火の返す無言の揺らめきに、声無き返事を求める。

(あたしは、これからどうしたらいい?)

 応えがあるはずもなく、懐の書簡をローブの上から確める。今のミサキにとって唯一の目的、それは希望と言い換えてもいいだろう。

--プロに行くがよい

 今も、大恩あるメシル老師の言葉がミサキの心に余韻を残している。

 何でもよかった。何かしら目的があれば、少女は歩を進めることができた。


……パキッ


「ハッ?」

 不意に、朽ちかけた焚き火から、とは別の音に、ミサキはぎょっとした表情で、しかしその背後を確めることができずにいた。

(な、なに……?)

 こんな真夜中に、しかも人里離れた森の中を行き交う者などありはしない。そう「者(人)」は……

 それが魔物(モンスター)に類するものであることを疑う理由は何も思い浮かばなかった。

(ど、どうしよう……

 ミサキは、両の手で抱きしめるように杖を握りしめた。マジシャンとなったからには武器と呼べるものはこれだけしかない。古くなったとはいえ、先代のマジシャン転職官であるカーラから譲り受けた由緒ある杖だ。


……パチパチッ

 今一度、その揺らぐ焚き火の音は既にミサキの耳には入らなかった。震える背中に全神経が集中し、いつしか不安が沈黙を、そして月光が静寂を運んできた。

 そう、今夜は夜なお明るいとさえいえるほどの月夜だった。森の中にあってさえ野草がしたためる雫が光りを返す。

(気のせいだったのかしら…)

 そう思うと、ふっと力が抜けて、目前の焚き火を見、次に野草を照らす光の主を見上げた。昼間の降り注ぐ陽光とはまったく趣が異なり、静かに染み込むようにして落ちる光。

「ふぅ……

(えっ!!!!)

 深く息を吐き出し、再び視線を下ろした時に感じた「それ」は、声にならない驚きをミサキにもたらした。

 すぐ近く、それも肌に感じるほど間近……

(ま、まさか……

 確めざるを得ない。ゆっくりとその気配の在り処である方向、左に首を向けた。

 月の光を受けて、あたかもそれが燐光を纏うように眩く長い金髪の……一人の少女がまるでミサキと肩を寄せ合うようにして……

 そこにいた。



    2

(だ、誰?)

 音もなく、突然そこに現れたとしか思えないようにそこに居る少女は、背格好はミサキよりはいくぶん年少に見える一人のアコライトだった。

 自分を見ているのに気付いたのか、同じようにミサキに顔を向け、まるで無防備な笑顔を返した。

(なんて可愛い……

 見とれていたのは確か。きっとそのとき、ひどく間の抜けた顔だったことだろう。月の魔法にでもかかったように、しばし二人で見詰め合っていた。

……ガサガサッ!

--びくっ!

 今度は明らかに違う。はっきりと草を分ける足音が近づき、気付いたミサキが顔を向けるよりも先に、その主が姿を現した。

「おやおや、いきなり居なくなったと思ったら……こんなところに居たのかい!」
「心配したのよ」

 足音は1人のものではなかったようだ。傍らの少女の連れと思しき口ぶりの2人の女性だった。

 あきれた顔をし、しかし抜け目のない訝しむ視線をミサキに向ける。仕立てのよいローブと、右手に携える長い杖は月の装飾をあしらった立派なものだった。見間違うはずもない、1人は長身のウィザードだ。そしてもう一人は、いったい何事だろう。普段は各地の都市の中でしか見かけるはずもない、カプラの職装……

「え、えーと」

 どう言葉を返していいのか分からなかった。不思議な感覚とともにやってきた少女と、それに続くあまりに奇妙な取り合わせの一行に、混乱していないと言ったら嘘になるだろう。

 左肩にややくすぐったいような感覚を覚え、今一度隣の少女を見やる。にっこりと笑みを返すアコライトに、なかば安心し、自然と言葉になった。

「あたしはミサキ。あなた、お名前は?」
「セレン…フレイヤ。よろしくねミサキ姉さま!」

「え、きゃっ!」

 抗いようのない無垢な笑顔でミサキの首に抱きついてきた少女に、むしろ驚いたのは後から来た2人の方だった。

「ちょ、ちょっと……

「なんだなんだ?」
「あらあら、セレンが初対面の人にこんなに懐くなんて。珍しいこともあるものですね」



    3

「そうかそうか、修行の旅に出たばかりのマジシャンだったのかい」

 やや乱暴な口調のこの女ウィザードは、シルヴィと名乗った。旅慣れした立ち振る舞いは堂々として、それなりに腕のあるウィザードであるようだった。

「お一人では大変だったでしょう。偉いわねぇ」

 もう1人はカプラで名前はネーナ。落ち着いた物腰と丁寧な言葉遣いは、シルヴィとはまったく違って、およそ旅慣れしているとは思えなかった。もとよりカプラの職装は、決して旅には向いているとは言いがたい。
 何より、カプラの歴史は古代地母神の時代にまで遡る。中原を統べるミッドガルド王朝よりも遥かに古いもので、世界各地で今は都市と呼ばれる場所、その龍脈の在り処に深く根ざす古(いにしえ)の技を伝える組織だと目されている。それゆえその所在は都市のある場所に依拠し、その理を外れることはなかった。このような原野に在ること自体、本来ならあり得ないのだ。

「い、いえ。そんなことは……

 奇妙ではあるものの、目の前の二人は思ったより気安い人たちのようで、多少は安心しつつも恐縮する。それも、自分が憧れとしたウィザードを目の当たりにしたことだけではなく、今なお真横で自分を見つめる視線を感じていることが不慣れな焦燥となっていた。

「いつまで引っ付いていることでしょう。セレン、こちらにいらっしゃい」
「嫌だもん。ミサキ姉さまのお傍がいいっ」

「ほんとに…」

「あっははははっ……
 まあ仕方ないだろう、ネーナ。ここまで気に入られるのは驚きだが、あの人見知りの激しかったセレンがそうするんだ。いいんじゃないか?」

「そ、そうね……

 苦笑を返すネーナの表情は優しく、決してこのセレンの行動を好ましく思ってないわけではないようだった。

「ミサキちゃんでしたね。修行ということだけど、最初の目的地はどこへ?」
「はい、最初はプロンティアに」

 一風変わった旅の一行に、ミサキ自身が気後れしたということもあるが、もっぱら話は問いかけられるという形でミサキ自身についての事柄だった。転職したてのマジシャンともなれば、まずは各地を巡る旅の中で経験と術の修行に励むというのは、ごく当たり前のことで、彼女としては不用意に自身の不思議な転職体験などを口にすることなく、話を合わせるのはそう難しいことではなかった。プロンティアはミッドガルドの首都でもあるし、最初の目的地というのもむしろ当たり前すぎた。

「そうでしたの? 残念だけど、私はプロンティアへの転送ゲートを開くことができないの。ごめんなさいね」
「いえ、そんなのいいんです。急ぐ旅じゃないし、修行ですから」

 各地の都市を繋ぐ転送ゲートを開くのは、カプラという存在がもつ能力のひとつで、多少の代償(いくらかのお金)を支払うことで、そういったサービスを受けることができる。1人のカプラが受け持つ転送ゲートには数が限られていて、すべての都市にすぐに行けるというわけではない。

「ほんと、偉いわね。それじゃ代わりにこれを」

 ネーナが懐から取り出し、ミサキが受け取ったのは、2個の青く丸い形をした術石だった。

「ブルージェムストーン……

 それは、ミサキでも知っている。いくつかの特殊な魔法を使うときに必要となる触媒石だ。

「そうよ。旅の途中でもし、プロンティアへのポータルを取得しているプリーストかアコライトに出会ったら、頼んでみなさいな。きっと力になってくれますよ」
「は、はい。ありがとうございます」

 ミサキたち魔法職とはちがって聖職者のもつワープポータルという転送術には、このブルージェムストーンが必要らしい。特殊な術を発動してもらうための、その代償として渡せ、ということになる。

 しかし受け取ったミサキは、その魔力を秘めた石を何やらとても大切なもののように感じてじっと見つめた。貰ったことはもちろん嬉しかったが、それ以上に感慨深い何か。
 「感謝」という気持ちに隠れて、それを奇妙とは思わなかったのだが、とても自分自身に馴染み深いもののように感じていた。


「アコライトかぁ……ん?」

 シルヴィが意味深にセレンを見た。

「う、わわわっ。ご、ごめんなさいですぅ。あたし、まだワープポータルは覚えてないの」

 申し訳なさそうに、いや半分涙目になってセレンがミサキを見る。

「くすっ、いいのよ、気にしないで」
「ごめんなさぁい。シルヴィ、いじわる……

「あ、ははははははっ」

 遠慮なく笑うシルヴィに、セレンがしかめ面で抗議の意思表示をした。




 いつしか、

……パチッ

「い、いけない!」

 おしゃべりに夢中になって気付くのが遅れてしまった。焚き火が今にも消えそうになっている。
 慌てて薪を足そうとするも、あえなく炎が途切れてしまった。

「あーっ」

 街の外で夜を明かそうというのに、焚き火を途切らせてしまうなんて、大失態もいいところだった。申し訳なくて表情を曇らせるミサキではあったが、

……ボッ!

 突如、消えてしまった滝が勢いよく炎を舞い上がらせた。

「え?」

「驚いたな、マジシャンなのに、火のことで苦労してんのかい?」

 どうやら、シルヴィが魔法で火を呼び戻してくれたらしい。

「す、すみません……

 魔法じゃなくても、恥ずかしくて顔から火が出そうだった。



    4

「じゃあやってみようか。準備はいいかい?」
「は、はいっ」

 シルヴィを再び驚かせたのは、ミサキがまだ1つも魔法を覚えてはいなかったということだった。旅に出てまだ間もないというのはもちろん理由にならないわけではないが、魔物と対峙したときに、何も力が使えないのであれば命に関わることもある。ゲフェンからプロンティアへの道程は、比較的危険な魔物は少ないとはいっても、だ。

--それじゃ、あたいが見ててやるから、精霊との契約を済ませちゃいな

 魔法として力を自分のものにするための第一の儀式は、その属性たる精霊との契約だ。たとえば、火に属するどんな魔法も、その源になる火の精霊との契約を済ませていないと、精霊は力を貸してはくれない。

「最初はやっぱり『火』の精霊だな。いいか?」
「わかりました……

 とはいうものの、ミサキは今とてつもなく緊張し、そして不安だった。普通とは到底言えないなりゆきでマジシャンになってしまった自分に、果たして精霊は力を貸してくれるのだろうか? もともと、これまでミサキがこの契約の儀に臨まなかったのは、そういった不安が原因だった。

 口は悪いが、初心者に対して必要以上の面倒見の良さを発揮してしまったシルヴィが、丁重に遠慮するミサキの言を一切無視して、強引に話を進めてしまったのだ。それに

「ミサキ姉さま、がんばってっ」
「う、うん」

 そのワクワクと期待に燃える眼差しを向けられたら、断るいかなる理由も夜空の彼方に消し飛んでしまうに違いなかった。

「ふぅ」

 一行とは少し距離をとり、十分と思える広さを確認してミサキは低く息を吐き出した。

(落ち着かなきゃ)

 マジシャンであるならば、教わらなくとも己が魔力が契約の儀に向かい、自然と内なる言葉が心に浮かんでくるものだ。凛とした声で最初の呪文を唱えた。左手に杖を立て、右手を前方に小さく弧を描くように撫でる。

「始祖たる大アルムドロスの名において深慮たる大地に問う。この地を古より定められたの契約の場たるや?」

……シューッ

 精霊との契約に臨む、いわば常套句の1つである。ミサキを含む、やや前方を中心に半径3~4メートルほどの円形に野草がはためき、渦を巻きながら風が燐光を呼んで円筒状に結界を形作った。

 「大アルムドロス」とは神話にも登場する太古にして最初の魔術師の名であり、精霊と人との契約の道を最初に開いた人物とされている。そしてその名には特別な意味と力があり、実際にはまだどの精霊とも契約を結んでいないマジシャンであるにも関わらず、この呪文だけはしっかりと大地の精霊に働きかけて、この契約の儀に及ぶための結界を発動させることができるのだ。
 今、この地が精霊との契約の場としてふさわしいかどうかを大地に問う形で精霊の顕現のための道を開く準備とした。

(いい感じだ)

 やや緊張して頬白むミサキの横顔を見つめながらシルヴィは思った。事前に段取りは確認してある。普段は姿を見せず、その契約にしたがって力だけを貸す精霊の、仮とはいえその姿を顕現させるのだ。その不可思議な力が外部に危険を及ぼしたりしないための結界でもあった。
 よどみなく、済んだ詠唱と声は凛としてよく通り、風の精霊もそれに応じたのか、力強くも繊細な結界を形作った。

「灼熱にして劫火の父たる原始の精霊に請う」

(ごくっ)
(いよいよ……

 シルヴィだけでない、息をのむ音が聞こえてくるようだ。

「今この場を契約の場となし、我が求めに応じて御姿を顕現せよ」

……グォーーッ

 突如結界内を火柱が覆尽くし、まるで暴れるように駆け巡った。

「ミサキ姉さまぁ!」
「しっ、大丈夫だ」

 あまりの激しい光景、心配したセレンが駆け寄ろうとしたところをシルヴィが止めた。

 ほんの数瞬の間だけであったのだろうか、あれほどの火柱が落ち着きを取り戻し、徐々に収束しながらミサキの正面に集まっていった。次第にひとつの形にまとまっていく。

 収束とはいっても、実際は巨大ですらある。劫火の名に恥じぬ輝きを放つ火炎の精霊、それはある形となってミサキの前に現れた。


「そ、そんな…」


    5

「さ、サラマンダー(火龍)! こりゃまた……

 サラマンダー……、仮にも火の主精霊が初心者のマジシャンとの契約の儀に顕れるとは、シルヴィの知る限り、どんな前例もなかった。

(あたいん時はホロンだったよ)

 実のところ、精霊との契約など初めて見るであろうセレンはもとよりネーナですら知るよしもないが、シルヴィの興味の大半はこれにあった。呼び出した精霊には定まった形というのは存在しない。しかし「顕現」させるというからにな何らかの形状をしているものだ。

 それは多くは火に属するいずれかの魔物の姿となって顕れる。

 どんな姿になるかは、魔力の質や大きさに依存するというのが通説だが、術者自身が思う精霊の姿というイメージにも影響を受ける。シルヴィの場合、自分の生地のためであったろうが、精霊は「ホロン」の姿となって顕れた。
 もちろん、精霊の姿だけがその者の魔力を推し量るものではなく、将来的に自身が修行により魔力を増せば、自ずと顕れる精霊の格も上がるものではあったので、たとえ最初が最下級と目されるポリンやドロップスであったとしても、それで嘆く必要はない。


 違和感……
 セレンの態度からして奇妙ではあったのだが、この初心者には何かがあるに違いない。



「うぁ、あ……

 とまれ、周囲の驚きは無論、今この偉大なる火龍と正対しているはずの1人のマジシャンの心中はいかほどのものだったか。

(これが火の精霊)

 なにぶん、初めての契約の儀であったし、実は自分がどれほど大それた精霊を呼び出したのかについて、正確な意味を自覚していたわけではない。ただ、その大きさに驚きはしたが。

 それ以上に、こんな自分でも契約の呼びかけに応じてくれた精霊がいたことが嬉しかった。

『汝が契約の主か?』

 人語を発するはずもなく、それはミサキと周囲の人々の頭の中に直接響く精霊の問いかけだった。

「は、はい……あ、あの申し訳ありません」

『ぬぅ?』

「け、結界が小さくて……き、窮屈そうで」

(な、何言ってるんだ、ミサキのやつ)

 額に手の平を当てて呆れるシルヴィの心配をよそに、たしかに見た目は巨躯たる火龍には、この結界は小さかったようにも見えた。

『くっ、ぐぁははは……

 いまだ炎を纏う巨躯が揺れるように、それに伴って大地が震えた。

『面白いことを言う。我が身は精霊なれば、その大きさに意味はない』

「そうなんですかぁ?」

『まあよい。なれば汝の名をもって契約の契りと成すがよい』

(信じられない)

 いったいどういうわけで、精霊自らが契約の儀の手ほどきをするなんてことがありえるというのか。

 森羅にその力を顕現させる精霊は、人の知るような意味では「個体」という概念はそぐわないのだが、人との契約を重ねるうちに、似たような意識の形成が成されているのかも知れなかった。笑う精霊なんて聞いたこともない。
 この火龍は、人との契約がまったくの初めてというわけではなかったようだ。契約者の死か、あるいは何らかの理由による契約の解除によって精霊はその契約から解放されることになるが、再び他の誰かと契約することが、まったくないというわけでもない。

(普通は術者の魔力によって従わせるものなんだぞ)

「は、はい」

 びくっとして契約の儀に向かう。ミサキは、再び両手で杖を構えた。

「我が名は『ミサキ』……契約の主にして魔術師の裔に名を連ねる者、偉大なる精霊の加護を請い願う者なり。今我が問いかけに応えし劫火の主よ、この地を契約の場たるや?」

 『この地』と何度も言葉におり込み、「契約の場たるや?(認めますか?)」と問いかけの形をとるのは、目前の火龍に対してではなく、結界の場所を提供してくれた大地の精霊に敬意を表してのことだ。
 今となってシルヴィは、このマジシャンが見かけに似合わず古く格式にのった手法でこの儀を進めていることに気がついた。もとより、内なる魔力の導きに従っているわけだから、厳密な意味で定まった手法や呪文があるわけではない。その意味付けと手順こそ同じとはいえ、一語一句が他のマジシャンの契約と同じである必要はないのだが。

(案外、いいところの血筋なのかねぇ)

 この場合の血筋とは、ミッドガルドにいくつか存在すると言われる魔術師の家系、という意味だ。もちろん、いくつもの職があるように、一家から魔術師ばかり輩出するなんてことはないのだが、今でも名の残る名家もあれば、野に下ってしまってその源流の定かでなくなったとはいえ、特にひとつの職に恵まれた才能の発揮する一族というのは確かに存在すると言われている。
 ミサキ自身の素性は未だ明かされてはいない。シルヴィは、目前の光景に好意的な勘違いをしていた。

『うむ』

 満足そうに、その劫火の主は頷いたかのようだ。

『我は盟邦たる大地の精霊に謝意をもってこの地にあり、契約の儀におよぶ者なり。汝が魔力の呼びかけに応じ、我が【羅炎のゼノン】の名をもって契約の標しと成さん』

 今、契約が結ばれることとなった。

「あ、ありがとうございますっ」

『よい。月光の加護なす聖地にあって、呼びかけにざわめくあまたの精霊に先んじてこの場に赴き、今一度汝との契約の儀におよぶは、我にして僥倖たるものであったわ。我が力、汝とともに……

 その言葉とともに、ゼノンの姿はゆっくりと形をゆがめ、必要となくなったと大地が判断して揺らめく結界と同時にその姿を消していった。

 よほど以前の契約者がその魔力においても、人格においても優れた魔術師であったためであろうか。人との交わりをこれほど好意的に語る精霊が--それも主精霊の形をとるほど強大な--いたとは驚きですらある。
 それはシルヴィにして思いつくはずのない、それゆえ可能性の1つとして考えるべくもない事柄を廃した上での、極めて好意的な読み違えであった。

(今一度……

 ゼノンの発した言葉の意味を、正確ではないにしろその真意に触れたものはいない。

「ミサキ姉さまぁ、おめでとうですっ!」

 満面の喜びを浮かべてミサキに駆け寄るセレン。
 あるいはそれが要因であったのだろうか。出会ってまだ数刻にしかならぬはずの二人は、姉妹と見間違うほどの絆の深さを周囲に思わせた。


    6

……パチパチッ

 既に夜半も過ぎ、夜明けもそう遠くないとはいえ、頼りなく焔を保つ焚き火の番をあえて受け持つ二人がいた。

「セレンの導きかしら」
「かもな……

 誰に知られるでもなく、不可思議な儀式に直面した一行は、その感慨の覚めやらぬ中にいた。当の小さなマジシャンは、疲れもあり金色をした髪の少女と寄り添うように眠っている。

「ほんとう、姉妹みたい」

 目を細めて少女たちを見つめ、起こさないように髪を撫でるネーナの瞳には慈愛を満たすに十分すぎるほどの温かみがあった。

「あながち、違わないかも知れないぜ」
「え?」

 シルヴィの言い様に、当惑したネーナが振り向いた。

「もとから、セレンだって尋常じゃないんだ。この子も……ミサキと何らかの絆で繋がっていても、それを不思議とは思えないな。今じゃ」
「そ、そうなの? ……そう、かも知れないわね」

 カプラであるネーナよりも、ウィザードであるシルヴィの方が、先ほどの儀式の経緯と、その意味--全容がわかるわけではないが--不可思議な事柄のいくつかを指摘できるのは道理でもあった。

「この子、一緒に連れて行けないかしら」
「そうだなぁ、無理というか、目的地がまったく逆だぞ?」
「そうね、旅に出たばかりなのにゲフェンに舞い戻りになるわね」

(ふぅ)

 ネーナはため息とともに言葉を繋いだ。

「でも、セレンは離れようとしないかも」
「ぷはっ、ありえるねぇ、それ。あはははっ」


 そのとき、

……パキッ

「!」

 跳ね上がるように立ち上がったシルヴィは突然の気配に身構え、ネーナに目配せをした。頷くとネーナは寝入る二人に手を添え、声をかける。

「起きて、ミサキ、セレン……

 その声は、決して朝を告げる穏やかなものではなかった。

「う、う~~ん、なあに? ネーナ?」

 いくつかの修羅場を経験してきたことは明らかな、険しくも凛々しい表情でシルヴィが自分が守護すべき3人の前に立って気配の在り処を見据えた。

(こ、これは……殺気)

「ど、どうしたの?」

 そのただならぬ雰囲気に、ミサキも眠気を飛ばし、シルヴィの視線の先に目をやった。

……ガサッ、ガサッ

 恐怖とともに、その足音を隠すこともせずに近づき、姿を見せたそれは……

「さ、彷徨う者っ!」
「な、なんでこんな所に!」

 魔境グラストヘルム以外ではまず出くわすはずもない、この恐怖を体現する亡者がいったいどういうわけでこんな森の中に現れたのか。

 しかも3体……恐慌をきたす一歩手前のミサキではあったが、このような危険を予期していなかったわけでもないというふうな二人の保護者がいた。

「しまった、まさかこんな所にまで……

 舌打ちをし、詠唱のために身構えるシルヴィは、同時に背後の3人の気配に意識を残す。そう、逃げるための準備に。

 暗黙の了解というものがある。もしもの時は……その自らの使命に、なんら臆することもない。

--スゥ

「!」

 まるでその場から掻き消えるように、3体のうち両側の2体が動いた。疾い……

「くっ、ファイヤーウォール!」

 火壁を生み出す短詠唱呪文。目で追うこともままならない俊足の魔物に対し、長年の勘を頼りに正面に防御壁としての火壁を設置した。

「ま、まだっ」

 動いたのは2体。おそらく回り込んだであろうもう1体の動きを読んで右手後方、ミサキたち3人のための火壁を配した。

「火炎の業をもってかの敵を撃て、ファイヤーボルト!」

「しゃ、しゃあ~~っ!」

 奇声を上げるのは正面の火壁の向こう。シルヴィを狙った1体は火壁に遮られ、その足を止めた隙に追撃の魔法に焼かれて悶絶した。しかし、いま一体は、

「きゃあっ!」

 身をもって守護すべき二人の間に立ったネーナは、疾風をもって繰り出される鋭い斬撃に吹き飛ばされた。

「ネーナ!」
「うぁ、ああああっ!」

 怯える二人の少女。身構える余裕もなく、凶刃の担い手を見るミサキとその体にしがみついて震えるセレン。

「やっ、やめろっ!」

 シルヴィが絶叫し、悲鳴にも似たミサキの声がこだました。

「だ、だめーっ!」


    7

……ガキッ!

「?」

 か弱い少女の身など、二人まとめて真っ二つにしようかというその刃はしかし、その目的を達すると思われた刹那、二人に死をもたらすには至らなかった。にわかに淡い薄紅色の光がミサキとセレンを覆い、死の名を有するはずのその凶刃を弾いた。

 その斬撃を、間近に見据えながらすでに恐怖のために気を失っているセレンを抱えた小さなマジシャンの、その目にも生気はなかった。あるいはともに気を失っていたのだろうか。

 しかし、そんな無表情のままセレンを抱えて後方に跳び退る。

「ファイヤーウォール!」
「ファイヤーボルトッ!」

 同時に先ほどシルヴィが見せたのと同じ魔法、火壁を彷徨う者の足元に生み出してかの敵を弾き飛ばし、寸瞬の間も空けずに追撃の火矢(ファイヤーボルト)で仕留めた。

(セイフティウォールか……

 マジシャンの持つ魔法の中でも特別なひとつ。ブルージェムストーンを触媒として発生させる究極の防御壁はいかなる斬撃をも防ぐ。しかし、今しがた火の精霊との契約を済ませたばかりのミサキが、何ゆえ属性も異なる念の魔法であるセイフティウォールを使えるというのだ。機会があれば教えるつもりではあったものの、火壁や火矢にしたところで、まだ呪文として覚えてはいないはずのものだ。
 それどころか、今しがた見せたミサキの立ち回りは……

(この子はいったい……

「み、ミサキ?」

……ふぅー

 右腕を押さえながら駆け寄るネーナを待たず、まるで崩れ落ちるようにその胸に倒れこんだ少女を、安堵よりは驚愕の目で見つめる二人の守護者。どうやら今度は本当に気を失ったようだ。

「あなた、まさか無意識に……

「うわぁーっ!」
「! シルヴィ!」

 もとより、たとえ1体であったとしても決死の戦いであったはず。連携して攻撃を仕掛ける2体の彷徨う者を退けただけでも奇跡に近い。二人の少女の無事に気をとられたシルヴィは迂闊にも最後に残った1体の動きに気付くのが遅れた。凶刃のために深手を負い地に這う。

「ぐっ……、ネーナっ」

 苦楽をともにし、同じ使命を負う盟友に最後の声をかける。

(わかっているわ……

 いずれ、その想いが伝わらないわけもなく。ネーナは気を失う二人の少女を抱き寄せた。

「出合ったばかりだというのに、ごめんね、ミサキ」

 思えば、たった数刻とはいえ不思議なことばかりの夜だった。火の主精霊を呼び出した初心者のマジシャン。気を失ったにも関わらず、まだ憶えてもいないはずの魔法を駆使して凶刃を退けた少女。
 あずかり知らぬ謎を身に刻むのは自分ばかりではなかったのか、そのすべてを無意識のうちに気付いていたに違いない、自分たちの非保護者であるセレン。
 そうして出会った二人の少女……

 馳せる思いとともに1つの技を成す。

「セレンをお願い」

 淡い光が少女たちを包み、転送ゲートが開く。

 セレンを護るという自分たちの使命がここで終わったことを知る。志半ばとはいえ、その引き継がれた運命の行く末を確信して。


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エピローグ

……ピチャピチャ、

 降り注ぐ陽光が照らす白い石垣。
 流れる水路の澄んだ水が、この地の平穏なるを表しているとも言えた。

 恐怖の夜の痕跡はいくつか引き裂かれた衣類の端々に残るのみ。互いを護るかのように寄り添い、気を失っている二人の少女がこの街の人々に見つけ出されるのは、未だ数刻の時を待たねばならない。

 ともに数奇な運命をたどる二人の少女が、敬意を込めてとある二つの伝説の名を冠することになるのはこの地においてであり、この時からさらにいくばくかの月日を要することになる。


    了

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「あとがき」


 「美咲の物語」第3弾です。

 書いていたころは何かと忙しく、ずいぶんと期間がかかってしまいました。とはいえ、頭の中ではミサキが大活躍してました。すでにプロットは3作ほども進み、とっくの昔にミサキはウィザードに転職してたりして……(笑)

 ともあれ、美咲の物語に決して欠かすことのできない重要なキャラであるセレンの登場と出会いの場面です。
 白い石垣と水路の街、それは時計塔を要するアルデバランですよ。ゲームの中でも、魔法職の第2の故郷ともいうべきミッドガルド最北の都市、北方を護る要衝です。

「美咲の物語」は、そのおおくをこの地、アルデバランを舞台として進行していきます。


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