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【羅炎のゼノン - Tales of Misaki】
 なかば追い立てられるようにゲフェンを後にしたミサキ。孤独が、そして先の見えない不安が少女を襲うようになるのに、さほど時間はかからなかった。
 そんな折、彼女が出会った奇妙な一行……それは月の明るい夜だった。


羅炎のゼノン - Tales of Misaki

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    4

「じゃあやってみようか。準備はいいかい?」
「は、はいっ」

 シルヴィを再び驚かせたのは、ミサキがまだ1つも魔法を覚えてはいなかったということだった。旅に出てまだ間もないというのはもちろん理由にならないわけではないが、魔物と対峙したときに、何も力が使えないのであれば命に関わることもある。ゲフェンからプロンティアへの道程は、比較的危険な魔物は少ないとはいっても、だ。

--それじゃ、あたいが見ててやるから、精霊との契約を済ませちゃいな

 魔法として力を自分のものにするための第一の儀式は、その属性たる精霊との契約だ。たとえば、火に属するどんな魔法も、その源になる火の精霊との契約を済ませていないと、精霊は力を貸してはくれない。

「最初はやっぱり『火』の精霊だな。いいか?」
「わかりました……

 とはいうものの、ミサキは今とてつもなく緊張し、そして不安だった。普通とは到底言えないなりゆきでマジシャンになってしまった自分に、果たして精霊は力を貸してくれるのだろうか? もともと、これまでミサキがこの契約の儀に臨まなかったのは、そういった不安が原因だった。

 口は悪いが、初心者に対して必要以上の面倒見の良さを発揮してしまったシルヴィが、丁重に遠慮するミサキの言を一切無視して、強引に話を進めてしまったのだ。それに

「ミサキ姉さま、がんばってっ」
「う、うん」

 そのワクワクと期待に燃える眼差しを向けられたら、断るいかなる理由も夜空の彼方に消し飛んでしまうに違いなかった。

「ふぅ」

 一行とは少し距離をとり、十分と思える広さを確認してミサキは低く息を吐き出した。

(落ち着かなきゃ)

 マジシャンであるならば、教わらなくとも己が魔力が契約の儀に向かい、自然と内なる言葉が心に浮かんでくるものだ。凛とした声で最初の呪文を唱えた。左手に杖を立て、右手を前方に小さく弧を描くように撫でる。

「始祖たる大アルムドロスの名において深慮たる大地に問う。この地を古より定められたの契約の場たるや?」

……シューッ

 精霊との契約に臨む、いわば常套句の1つである。ミサキを含む、やや前方を中心に半径3~4メートルほどの円形に野草がはためき、渦を巻きながら風が燐光を呼んで円筒状に結界を形作った。

 「大アルムドロス」とは神話にも登場する太古にして最初の魔術師の名であり、精霊と人との契約の道を最初に開いた人物とされている。そしてその名には特別な意味と力があり、実際にはまだどの精霊とも契約を結んでいないマジシャンであるにも関わらず、この呪文だけはしっかりと大地の精霊に働きかけて、この契約の儀に及ぶための結界を発動させることができるのだ。
 今、この地が精霊との契約の場としてふさわしいかどうかを大地に問う形で精霊の顕現のための道を開く準備とした。

(いい感じだ)

 やや緊張して頬白むミサキの横顔を見つめながらシルヴィは思った。事前に段取りは確認してある。普段は姿を見せず、その契約にしたがって力だけを貸す精霊の、仮とはいえその姿を顕現させるのだ。その不可思議な力が外部に危険を及ぼしたりしないための結界でもあった。
 よどみなく、済んだ詠唱と声は凛としてよく通り、風の精霊もそれに応じたのか、力強くも繊細な結界を形作った。

「灼熱にして劫火の父たる原始の精霊に請う」

(ごくっ)
(いよいよ……

 シルヴィだけでない、息をのむ音が聞こえてくるようだ。

「今この場を契約の場となし、我が求めに応じて御姿を顕現せよ」

……グォーーッ

 突如結界内を火柱が覆尽くし、まるで暴れるように駆け巡った。

「ミサキ姉さまぁ!」
「しっ、大丈夫だ」

 あまりの激しい光景、心配したセレンが駆け寄ろうとしたところをシルヴィが止めた。

 ほんの数瞬の間だけであったのだろうか、あれほどの火柱が落ち着きを取り戻し、徐々に収束しながらミサキの正面に集まっていった。次第にひとつの形にまとまっていく。

 収束とはいっても、実際は巨大ですらある。劫火の名に恥じぬ輝きを放つ火炎の精霊、それはある形となってミサキの前に現れた。


「そ、そんな…」

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