MODE: GUEST
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プロローグ --きゃぁ! 悲鳴と血飛沫を上げて、あたしの目の前から薙ぎ払われたその人とは、出会ってまだ数刻しか経ってはいなかった。 しかし、ゲフェンを発ってから過ごした孤独な夜の中で、ただ一度心から安心できて、そして笑うことができた一瞬を運んでくれた、その中の1人だった。 --あぁぅうう…… そして振り上げられた刃を前に、あたしは怯えることしかできなかった。 その時、あたしは誰かにしがみ付いていた気がする。 そこから先は何も覚えていない。 闇がすべてを包み込んだかのように…… そう、それは紫色の闇だった。 1 --う、うっ…… 「おや、目を覚ましたようだよ、おまいさん」 張りのある、しっかりとした女の声がし、目を開けたミサキは、まだぼんやりとした視界で、そこがまだ暖かい日差しの差し込む部屋の中であるらしいことを知った。 --ガバッ! 「はっ、あ……あたし、生きてる?」 勢いよく体を起こし、両の手を見つめるミサキは、先ほどとは違う、今度は野太い男の声で呼びかけられる。 「体は大丈夫そうだな、大丈夫かい、嬢ちゃん」 どうやらベットに寝かされていたらしい。ミサキはその声の主が人の良さそうなニコニコと笑顔を返す初老の夫婦であることを確めた。 (料理屋か何かかしら?) 両方とも腰にエプロンを巻き、女の方は頭に三角巾、そういえばゲフェンでもそんな格好をした兄弟が切り盛りする料亭に、お使いか何かで行ったことがある。 「あ、あの……あたし」 死んだはずじゃ、と言いかけて口をつぐんだ。 「心配いらないよ。そりゃ、あんた方が水路の脇で倒れてるところを見つけた時は肝を冷やしたけどね」 (助かったんだ、あたし) 「あ、ありがとうございます。助けていただいて」 「いいんだいいんだ、それよりもあんた、もう3日も寝てたんだ。体の具合はどうだい?」 「み、3日も……そんなに」 「妹さんはもそりゃ心配してね」 「妹?」 (何を言ってるんだろ、この人たち、あたしに妹なんて……) まだ意識が混乱していたようだ、ミサキは自分がとても大切なことを忘れていたことに今気がついた。 「そ、そうだ。セレンは? あの子は?」 妹なんていない。ミサキは天涯孤独なのだ。しかし、この夫婦が「妹」と言って思い当たることは確かにあった。 「大丈夫、あんたよりずっと前に目を覚ましてるよ。今は……」 その時、下の方からミサキの記憶にもある声で、しかも大声で二人を呼ぶ声があった。 「旦那さぁん、おかみさんもっ! 早く降りて来て~~~っ! お客さんだよぉ」 「セレン?」 「ああ、よく出来た妹さんだよ、あの子は。世話になってるだけじゃ悪いから、と店を手伝うと言い出してね」 「そうだったんですか、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」 「いいって、ここはどうせ流行らない宿屋で、部屋はず~っと余ってたし。それより起きれるかい、嬢ちゃん? 3日も寝てたんじゃお腹が空いたろう? 流行らない宿の代わりに1階は飯屋になってるから、何か作ってやろう?」 「あ、そんな」 「気にしない気にしない、ここは時計塔の街『アルデバラン』だ。マジシャンには親切にするのがこの街の約束事だからね」 2 ネーナが自分の死と引き換えにミサキたちを転送したのは、はからずも魔都ゲフェンに次いで魔法職が集うといわれる時計塔の街「アルデバラン」だった。街中四方に巡る水路の脇で倒れている二人を見つけてくれたのが、宿屋兼料理屋を営む二人の老夫婦で、そのまま空いてる部屋に運んでくれたという。 「セレンちゃん、今日も可愛いねぇ。いつものヤツ頼むよ!」 「はぁ~い、ごゆっくりしていって下さいね」 2階の宿の方はあまり流行っていないと言っていたが、1階の料理屋の方はけっこう繁盛しているらしい。ところ狭しと店内を行き来して注文をとっているセレンは、元気そうで、ミサキはほっと胸を撫で下ろした。 「あの子が手伝ってくれるようになって客が増えてねぇ、大助かりさぁ」 おかみさんがにこやかに笑ってそう言った。 「あ、ミサキ姉さまぁ!」 そんなセレンがこちらに気がついたようだ。給仕もほったらかしてミサキに駆け寄っては首にしがみ付く。 「よかったですぅ、ほんとによかった……」 「う、うん。セレンもね」 (本当によかった、セレンが無事で……) 何もかもあっという間の出来事で、今でもいったい何があったのかはっきりとは思いだせなかった。しかし、今こうして自分にしがみつく少女を抱きしめながら、自分を突き動かす衝動は確かにあった。しっかりしなきゃ、と。 (セレンをお願い……) それはミサキの耳には届かなかった思い。 しかし心には届いたに違いない、死を覚悟した二人の願いだった。 今にも泣き出しそうなセレンを、しっかりと抱きしめる。 「うんうん、まずは何か食べないとね、ちょっと空いてる席に座って」 「あ、あたしも何か手伝います。あ、あの……宿賃も……」 「そいつぁダメだっ!」 「ひっ!」 --ドタドタドタ 聞こえていたのか、厨房にいたはずの旦那さんがミサキの前に飛び出してきた。 「は、あの、でも……」 唐突に指先を自分に突きつけられて、ミサキは狼狽した。 「いいかい、嬢ちゃん。ここアルデバランでマジシャンがすることと言ったら決まってるんだ」 「は、はぁ?」 3 「こ、ここは……どうしてあたし」 石でできた通路に佇み、おどおどするだけのミサキは、不安と、そして混乱のためにキョロキョロと周りを見回した。 --時計の針でも集めてきなって 陽気にそう言った宿屋の旦那さんは、有無を言わさぬ強引さでミサキを街の中心にある時計塔の中に押し込んだ。聞けば、この時計塔は、魔法職を目指す者なら必ずといっていいほど、一度は立ち寄る修練の場でもあるという。 時計の針というのは「クロック」という大きな柱時計の姿かたちをした魔物を倒したときに得られる品のひとつということだった。時計塔独特の品で、結構な値段で街の管理局が買い取ってくれる。何でも、ミッドガルド全体の「時」を司る時計塔が、今は魔物によって侵食され続けているわけだが、その機能を修復するための重要な材料になるとのことだった。 たとえ若いマジシャンの修行の場とはいえ、アルデバランとして、それは重要な意味をもった使命でもあるということになる。 「そういえば、マジシャンの子がいっぱいだったなぁ」 時計塔の前には、ゲフェンですらそう見かけないほど多くのマジシャンが行き来してて、何かの準備や相談をしたりしていた。どれもが魔法学校を出て修行中のマジシャンなのだろう。 「知ってる子がいたらどうしよう」 今はミサキもマジシャンの姿だが、魔法学校時代に雑用をしていた頃のノービスのミサキを憶えている人もいるかも知れなかった。ちゃんと勉強もせず、いきなりマジシャンになってしまった自分が、どんな風に見られるか、ミサキはそんな不安でいっぱいだった。 「うまくできっこない……」 自然、塔の中でもミサキは他の誰かと出くわしたりしないか、とびくびくしながら、当然のことながら、魔物の出現を恐れた。 「あ、」 通路の曲がり角に差し掛かったところで、恐る恐る角の先を覗いたところに見つけたのは、 「あ、あれがクロック?」 巨大な柱時計が宙に浮いている。旦那さんが言ったとおりの姿に、怯えながらもひそかな戦慄を身に感じた。 「倒さなきゃ……」 (とにかく魔法で……) 「火炎の業をもって……かの…うああああっ」 杖を構え、形式のとおり覚えたての呪文を詠唱しようとした途端、狙いのクロックが急にミサキに向かって突進してきた。 「きゃああああっっ!」 --詠唱が間に合わない! ミサキはとっさに横に倒れこんでクロックとの追突を避けた。なおも向き直り、こちらに向かってくるクロックの目は怒りに燃えていて、 「わっ、ご、ごめんなさぁい!」 追いかけるクロックに恐怖し、走って逃げる。 「ど、どどど、どうしよう。あんなんじゃ、魔法が間に合わないよぉ」 少女の拙い足では、迫るクロックを振り切って逃げるのは難しく、なお悪いことにその通路は行き止まりだった。 --ヒューン 宙に浮いたまま、それゆえ足音というものはなく、風をきる音とともに迫るクロック。 「え、えとえと……」 壁を背に、ミサキは恐怖に顔を引きつらせていた。とはいうものの、あの真夜中の襲撃の時と違って不思議と落ち着いている自分を感じていた。あの時は逃げる猶予すらなかった。何もかも一瞬の出来事だったのだ。 「あの時に比べたら……」 ミサキは今一度クロックに向き直って杖を掲げた。あの時見せたシルヴィの戦い方が脳裏に浮かぶ。 (逃げるもんか!) もう、ほとんど諦めていた自分の夢、ノービスのまま生涯を終わるのだろう、とそんな宿命を受け入れていた自分自身の--そして「必ずマジシャンにしてあげる」と、そう願ったエフィの気持ち--そんな様々な思いが今、ミサキの中で湧きあがってくる。 (そうだ、あたしはマジシャンになったんだ) はからずも、魔物を前にしてミサキは初めてマジシャンとしての自覚に目覚めた。 「火炎顕(あきら)かにして壁と為せ! ファイヤーウォール!」 ミサキの前に出現した火壁に、勢いのついた怒れるクロックが激突した。 --キシャアーー! もともとは木材であったためか、全身を火に覆われて奇声を上げて苦しんでいるようだ。 「火炎の業を持ってかの敵を撃て、ファイヤーボルト!」 --バシバシバシィッ! 続く火矢での追撃は、まるで意識しなかったかのように詠唱が口をついて出てきた。 「はぁはぁ……た、助かったぁ」 --プシプシュ…… 黒焦げになって崩れていくクロックを、ただ安堵の瞳で見つめながら、ミサキはその場にへたれ込んだ。 4 「あら? 可愛らしいマジさんね、お1人?」 --びくっ 「は、はい?」 きっとひどく驚いた風に見えたに違いない。後ろからの声にミサキはおっかなびっくりといった様子で振り返った。見れば、黒い長髪を後ろに束ねた聖衣姿、2次職であるプリーストの女だった。鋭い目をしていて、何やら値踏みするようにミサキを見ている。 「ふーん」 「あ、あの……何か?」 塔に入ってからは、極力人の気配は避けてきたつもりだった。相手がゲフェン時代のミサキを見知るマジシャンではなかったことは幸いだが。 「まだ初心者のようね? 大丈夫?」 心配してくれているようで、少しは安心した。 「は、はい……あまりよくわからなくて、す、すみません」 「あらっ、私に謝るようなことじゃないわよ。でも1人じゃ大変でしょ、お手伝いしましょうか?」 「え、え……と」 (どいうしよう……) 見かけよりは親切な人のようだ。たしかに、プリーストが傍についていてくれたら、少しぐらいの怪我ならヒールで治してもらえるし、まだ拙い魔力も聖職者の力で強化してもらえる。楽にはなるだろう。 「で、でも……」 「遠慮はいらないわよ。時計塔ではマジシャンには親切にするのがきまりなんだから」 「はぁ?」 そういえば宿屋の旦那さんもそんなことを言っていた。なんとなく、この街にマジシャンが多い理由が分ったような気がする。確かにまだ若いマジシャンばかりが目立った。ミッドガルドでも北を護る要衝として知られるアルデバランだが、同時にそこに存在する時計塔は若いマジシャンにとって修行の場でもあったのだ。 「特にまだ修行中のマジシャンにはね……あっ!」 「え?」 女プリーストの表情が一瞬にして変容し、ミサキも後方を振り向いた。 突然、両手で抱えれるほどの大きさではあるものの、箱の形をした魔物が恐ろしいほどの速さで迫ってきていた。 「み、ミミック!」 「わっ!」 悲鳴に近い声を上げてプリーストが杖を構えるより早く、ミサキはとっさの詠唱を行った。 「ファイヤーウォール!」 すぐ足元に火壁を放ち、跳び退ると同時にファイヤーボルトの追撃を加えた。 --バシバシバシィッ! とりあえず火壁で足を止めて、その隙にボルトで倒す。クロックに追いかけられながら、なんとかミサキが身に付けた魔法の連撃だった。 「こ、怖かったぁ」 「あ、あなた……」 突然のことで慌ててしまったことは仮にもプリーストとしては恥じるべきだったろう。それでも急な襲撃に備えてバリア(キリエエレイソン)を施そうとしたその、初心者であるはずのマジシャンが、その詠唱を待たずしてミミックを倒してしまった。 (これって……) 「おーいっ、ミリィ! そこに居るのかぁ?」 連れがいたのか、このミリィと呼ばれたプリーストには。逆の通路から長剣を抱えた男の騎士が駆け寄ってきた。 「はぐれてしまって心配したんだぞ、大丈夫だったか?」 「ええ、心配は要らないわ、スレイ。ここは私の庭みたいなものよ」 「そうかそうか、それなら安心だ。ところでそこのお嬢さんは?」 「え、あの……」 出くわすとしたら、同業のマジシャンだとばかり思っていたら……はからずも、実際に対面したのはプリーストに騎士。いずれもミサキが目指すウィザードと同格の2次職たちだった。 あくまで修行中の段階と目されるミサキたちマジシャンをはじめ1次職とは違って、各都市の厳正な審査によって選ばれたウィザードや騎士といった2次職ともなれば、その身に使命を持つ明らかに格上の存在だった。人の住まうこの国を護るということはもちろん、将来起こり得る異変や魔物たちとの戦いのための研究や調査、後進たちの育成などもその役割に入っている。 「そうかぁ、初心者のマジシャンかぁ、修行の手伝いを買って出たのかい、ミリィ?」 スレイは人のよさそうな若い騎士だった。 「違うわよっ!」 「え?」 親切そうな騎士の驚きとは裏腹に、女プリーストは明らかに不機嫌そうな声で言った。 「私の見込み違い。この子に手伝いなんか必要ないわっ」 「え? なんて?」 「行きましょ! ほら、早く」 「どうしたっていうんだ、ミリィのヤツ。悪いね、嬢ちゃん」 「いえ、どうもです」 「じゃ、またな」 足早に先行するミリィを騎士は慌てて追いかけていった。 (初心者だなんてとんでもないわよ……) 5 「ミサキ姉さま、まだ帰ってこない……」 あたりはすっかり暗くなり、夕食を求める客たちもちらほらと、その目的を異にする面々(酒が目当ての)にその在りようを変えつつあった。 「心配だねぇ、それよりセレンちゃん。そろそろ遅いから部屋にお戻り」 「で、でも……」 それでも不安そうなセレンに、旦那さんの方が声をかけた。 「なぁに、時計塔に来るようなマジシャンなら、それなりに修行して準備は整っているはずだぁ。なぁんにも心配は要らないって。がっははははっ」 「そ、それが……」 ---- 「え、えぇええっ! それじゃ、魔法学校を卒業して1週間も経っていないってぇのかい?」 「う、うん。あの時まだ2~3日って言ってたし、そのあと3日も寝てたんだしぃ。あ、そういえば、あの夜に最初の精霊との契約を見せてもらったんでした。格好良かったですよぉ」 誇らしげに話すセレンとは裏腹に、宿屋の夫婦はは実は気が気ではなかった。 「こいつぁ、しまったぁ。ついいつもの調子で……」 「おまいさん!」 「あ、ああ……誰か助けを出した方がいいかも知れん」 --ガラン…… 「あ、ミサキ姉さまぁ! おかえりなさい!」 入り口のベルが力なく鳴り、疲弊した様子でうなだれたミサキが入ってきた。 「た、ただいま……」 「ミサキちゃん! 大丈夫だったかい?」 「す、済まないねぇ、知っていればこんな……」 無事に帰ってきたことに安堵し、二人はほっと胸を撫で下ろした。 「え? 何のこと?」 「い、いやいや、こっちのこと。それよりよく無事で……」 「なんとか……でも、ごめんなさい、そんなに時計の針集まらなくて……」 「いいんだよ、そんなの。疲れてるようだね、先に部屋にお戻りよ。後で食事を運んであげるから」 「そうそう、お部屋に戻ろ、姉さま」 「うん、」 よほど疲れたのだろう、ミサキはセレンの助けを借りながらも重たい足取りで2階に上がっていった。 「何はともあれ、無事でよかったよ、ね?」 「ん? ああ……」 「どうしたい? おまいさん?」 訝しむおかみさんに、旦那の方は気のない返事を返した。 「なあ、セレンちゃんの言ってたことは本当だよなぁ?」 「何言ってんだい。嘘をつくような子じゃないよ。第一、何の得があるってんだい?」 「そ、そうだな……」 「?」 不思議に思い、旦那が手に持っている物を覗き込む。 ミサキが手渡した皮袋の中には、今日彼女が獲得した戦利品が詰まっていた。たしかに時計の針は少ない。しかし、その代わり……。 袋の中の大部分は、その価値も薄いとはいえ特定の魔物が落とす……それは虫眼鏡や古い本のページといった物で占められていた。 (……天才だよ、あの子) 6 「ファイヤーボルトッ!」 --バリバリッ! 火壁の向こうでは、炎に巻かれたクロックが消し炭となって崩れ落ちた。 「こんな感じかなぁ……」 ミサキが時計塔に入って3日目、ようやくここでの狩り方が分ってきた。最初の頃は、普段はただ浮かんでいるだけのクロックに、いきなり火矢を詠唱しようとして、結局かなわず追いかけられながらも辛うじて唯一ミサキができる火壁から火矢への連撃で倒すのがやっとだった。 奇妙なものだ。向かってくる魔物を倒す方がミサキにはまだ、ずっとやりやすかったのだ。 普段のクロックには攻撃性はなく、こちらが手出しをしなければただ浮かんでいるだけということに気付いたのは、ずいぶん後になってからだ。 火矢の詠唱を始めた途端に襲ってくるクロックには、まだまだ呪文を思い出しながら紡がれるミサキの詠唱は遅く、ずっと詠唱途中で諦めざるを得なかった。結局襲われてから火壁を張ることになるのなら、最初から前に火壁を張っておけばいい。ミサキ以外のマジシャンは、みんなそうやって楽々とクロックを倒していた。 あまり知能が良くないのだろう、自分が攻撃されると思って激怒したクロックは見境がない。火壁があるのも構わず、まっすぐ突っ込んでくる。 そうと気付いてからは、余裕もでき、狩りも楽になった。もっとも、ミサキ自身が他のマジシャンとの接触を可能な限り避けようとしたりしなければ、その戦い方なりを見てもっと早く気付いていたであろうが。 ミサキにとっての幸いは、結果的に楽な相手よりも、はるかに手強く、危険な魔物や、無知ゆえに凶悪化させてしまったクロックばかりを相手にすることともなり、それを退ける経験を積んだことで、驚異的な速さで技量を高めていったことだろう。そして、本人にはまるで自覚がなかったとはいえ、そんな無茶な修練を可能にするだけの運と、そう感覚というものが、ミサキには備わっていた。 とはいうものの、他のマジシャンの戦いぶりを見る機会はなく、ミサキは、未だに自分は初心者であり、未熟であると信じて疑わなかった。 ともあれ、ここはマジシャンが数多く集う時計塔であり、いくらミサキ自身が避けようとしていても、いつまでもそういうわけにはいかなかった。 それを見かけてしまったのはまったくの偶然だった。たまたま通路から様子を伺おうと小部屋に入ろうとした矢先のことだ。 塔の中でミサキが初めて出くわしたそのマジシャンは、目の前のクロックに目を奪われ、後ろから迫ってくるライトワードに気付かなかった。 分厚い本の姿をしたその魔物は、時を司る時計塔という特殊な環境の中で、通常考えられるよりもずっと短い期間で魔性を帯びるようになった書物のなれの果てだった。 「あ、危ないっ!」 咄嗟のことで。ミサキは、ライトワードとそのマジシャンとの間に火壁を放って侵攻を遮った。もっとも、邪魔された魔物はさらに怒りを爆発させ、ものすごい速さでミサキ目掛けて突進してくる。 「ファイヤーウォール! ファイヤーボルトッ!」 --バシバシッ! 時計塔初日から散々な目に合いながらも、主に倒してきた相手の1つだったので、今となっては慌てる様子もなく、難なく倒す。 「大丈夫?」 びっくりしてペタンと座り込むマジシャンのもとに駆け寄る。ミサキと同じ種類のローブを纏った、同じ年頃の女の子のようだった。やわらかい銀髪を後頭部で結わえた、どことなく清楚な雰囲気が漂っている。 (どこかのお嬢様かしら) 「うわぁあ~」 ともあれ、近寄って手を貸そうとするミサキを、驚きの声が迎えた。 「せ、先生みたいっ!」 「え?」 ミサキの両手を取って感激したようにまくし立てる。 「格好良かったですよぉ。一瞬、あたしの先生が助けに来てくれたのかと錯覚してしまいました。あ、あたし感激ですっ!」 「あ、あの……」 (な、何? この子) 内心ミサキはうろたえる。とても、ついさっき魔物に襲われたばかりとは思えない。 「あたしはラ・フィンといいます。あなたは?」 「あ、あたしはミサキと……」 「ミサキさんね、助けてくれてありがとうございます。ぜひぜひ、お友達になってください」 「えと、その~~」 まるで何かに押し切られるような急な話の展開に、戸惑わないでいる方がおかしいだろう。ミサキは、まさにそんな状態だった。 「ダメですかぁ?」 「そんなことは……」 「じゃ構いませんね、よかったぁ。あたしのことはフィンと呼んでください」 何というか、強引というわけでもないのだろうが、素直すぎる性格のようで、まっすぐミサキを見つめては思ったことをぶつけてくる。 「あたし、こないだ塔に入ったばかりで、まだ上手く狩ができなくて悩んでいたんです」 「そ、そうなの?」 ちょっとまえの自分と一緒ね、とミサキは苦笑した。 「一緒に狩りしませんか? ミサキさんのを見てるだけで勉強になります」 「勉強になるだなんて……もっと上手な人はたくさんいるでしょうし」 「そんなことはないですよ!」 強く否定されてしまった。 「なんていうか……、同じなんです。あたしの先生と」 「先生? 魔法学校の?」 「そうじゃなくて。先生というのは--あたしが勝手に呼んでるんだけど--修行に出てからであって、色々教えてもらった人のことで。魔法とか、魔物の習性とか……いっぱい」 「そう?」 (ちょっと羨ましい……かな) ミサキは、その瞳を輝かせている少女を羨ましく思った。そうやって教えてくれる人なんて、自分にはいなかった。たしかに、魔法学校ではメシル老師をはじめとして、とてもよくしてもらった。でも、今フィンが言っているようなことを教えてもらったことはなく、もちろんそんな暇もなかったわけだが。 「この塔に入って、何人も上手な人はいましたけど、今さっきのミサキさんほどの人はいませんでしたよ。何より、華麗っていうか、う~ん、格好いいんです。こう……、パッと跳び退ってバリバリバリ~~っって。 だから、お願いします。もっと見せてくださいっ!」 7 結局、ミサキはその日1日、フィンとともに狩をすることになった。初めは戸惑いもあったが、初対面であるにも関わらず、陽気に接してくれる彼女との狩は楽しかった。 いちいち感激されるのは、少々気恥ずかしかったが。 「その先生とは、赤芋盆地で助けてもらったのが最初なんですよ。うふっ、ちょうど今日ミサキさんに助けてもらったのと一緒ですね」 もう夕暮れになっていた。時間を経つのを忘れるほど、半分以上おしゃべりをしながら過ごしていたような気もする。こんなに楽しいひとときは本当に久しぶりなような気がする。 ミサキは、今はゲフェンのマジシャン転職官になっているはずのエフィのことを思い出していた。そんなに日は経ってはいないのに、ずいぶん昔のことのように感じる。 「いい先生だったのね」 「はいっ。あたしの尊敬する大魔法使いさんです」 (大魔法使いか……) 魔法学校での生活でしか世間を知らないミサキには、誰でも知っているゲフェンの「老師」と呼ばれる6人ぐらいしかそんな人は知らなかった。もちろん、世間でいう俗な「称号」というものは適当なもので、もともとミッドガルドには「大魔法使い」という階級はない。 優れた魔法使いはいっぱいいても、どこからが「大魔法使い」なのかは、区切りがあるようなものではないだろう。 フィンの言う先生が、なるほど立派な魔法使いであることは間違いないであろうが。 自分もそんなふうに呼ばれるような魔法使いになれるだろうか? 想像するぐらいは構わないだろう。たとえ、それが夢にもできないほど儚い願いだとしても。 「今日は本当にありがとうございました。とても勉強になりました」 「こちらこそ、とても楽しかったですよ」 「えへへ、良かったです。またご一緒してくださいねミサキさん」 「ええ、そのときはよろしく」 そういってミサキとフィンは互いに手を振りながら別れた。 「さ、帰らなきゃ」 そう口にして背を向けたミサキを、ついさっき別れたばかり声が呼び止めた。 「ミサキさぁ~~ん!!!」 振り向くと、激しく頬を高揚させて駆け戻ってくるフィンの姿があった。 「ど、どうしたの? フィンちゃん?」 「ハァハァ、ミサキさん、もう少しお時間よろしいですか?」 「それは、別に構わないけど」 息を切らしてミサキの手をとったフィンの顔は、今日一日見た中でもとびぬけて魅力的な笑顔で、そして嬉しそうだった。 「あたし、びっくりしちゃって」 「先生がこの街にきてたんです。ぜひぜひミサキさんに紹介させてくださいっ!」 「え、でも……」 「ささ、こっちこっち!」 「ちょ、ちょっと……」 人はそれを運命とも呼ぶのかも知れない。 そう、その日であった1人の少女は、ミサキの運命を繋ぐ導きの手の持ち主だった。 戸惑うミサキは、その何者も抗うことを拒絶する強い導きの手によって夕暮れの街を駆けた。 エピローグ --ドクン…… その人は、 翡翠の色をした風をその身に纏い、 あたしの前に現れた。 何者にも屈しない意志を思わせる口元は、引き締まったものではなくて、 そう気負う必要すらない自信の表れなのだろうか。 幾多の苦難を見据え、希望を絶やすことのなかったはずの瞳は、 あくまで涼しく、穏やかで 茶褐色のローブに金色に縫い彩られたその文様…… それは、その身に伝説を刻む者であることの証。 (なんて存在感……これが) 転生職、ハイウィザード 了 [PIC] 「あとがき」 「時計塔の魔女(前編)」です。いよいよマジシャンらしくなってきたミサキです。 最初にこのエピソードを公開した時に比べて、多少手直しをしています。というのは元ネタのラグナロクオンラインを知らない人にもある程度理解しやすいよう説明を加えたり、勢いが勝って書きなぐった部分を多少でも整理したかったというのが理由なのですが、あまりきちんとできたとは思えません。(所詮、その程度の文章力さぁ/悲) ともあれ、前編があるということは後編もあるわけで、どちらかというとそっちのが修正箇所は多そうです。 |
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