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TOP>小説おき場>The Night Tail Story>神楽譚「封印の書」

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【神楽譚「封印の書」】
 幼い頃に他家に預けられて育った咲希は、長じて再会した兄弟たちとも何かしっくりこないことに負い目を感じていた。自分の在処を糺す確かな絆、それを求める彼女は、ひとつの使命を自ら決意する。


神楽譚「封印の書」

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    プロローグ

「あれ? これ……何だろ?」

 それを見つけたのはまったくの偶然だった。
 魔物を倒すために、罠を設置しようとしたその場所に、半分土に埋もれていた。危うく踏み潰してしまいそうになって、あたしとしたことが、ちょっと慌ててしまったよ。

 見たところ、それは品のある封緘印で丁寧に閉じられた、なかなか見事な書簡だった。
 それが、こんなところに落ちているなんて、何かここであったのかなぁと、あたりの森を見回して考えてみる。

 よし、もし大切なものなら、あたしが届けてあげるとするか。
 そう考えて、何気ない気持ちであたしはそれを拾い上げた。

(へぇ、以外と重いや)

 そう感じた瞬間だった。

 書簡の封緘が自然に解け、霧のような漂う光がそこから発せられると、何かをあたしの前に映し出そうとした。

「え、何? あたし、また何かヘマをやっちゃった?」

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    1

 一家の中でも、あたしは「みそっかす」だった。少なくとも、あたしはずっとそういう気持ちを抱きながら、そう思って過ごしてきた。
 他の兄弟たちのような「才能」がないから、あたしは「そこ」に連れてこられたに違いない。

 そう思ってしまっても仕方ないじゃない?

 兄弟たちのことは、こんなところにまで噂で伝わってくるほど、本当なら誇りに思って当然だった。だけどそれが余計に、あたしが「そうではない」ということを思い知らされちゃう。
 あたしもちっこかったから、最初はそれを、半分当たり前のように受け止め、神楽の家でずっと年かさの家人ばかりに囲まれて育てられてきたことを不思議に思うようなことはなかったわ。


「咲希ちゃん、お帰りぃ」
「うん、ただいま」

 それが、少し違うと感じ始めたのは、今あたしの目の前にいる紫遠が頻繁にあたしを訪ねてきてくれるようになってから。1人だけ兄弟から引き離されて、東の都フェイヨンに留め置かれたあたしを、何かと気遣い、顔を見せにきてくれた優しい娘だ。

 娘……、きっとあたしはこの紫遠でさえ、少し距離を置いてしまっているのかも知れない。

 1つ上の姉にあたるはずの彼女は、どういうわけかあたしより背も低く、どこか頼りなさ気で、どちらかというと妹と言われた方が当たっているような気がした。
 あの頃はあたしもアーチャーで、紫遠はマジシャンだった。今は二人とも2次職であるハンターだし、紫遠もウィザードになってる。

 あたしにはない、一家の誇る才能の持ち主の1人。ずっとずっと、あたしは彼女が羨ましかったんだよ。あたしとは違って、たくさんの兄弟たちの中で可愛がられているに違いない、そんな紫遠が……

「どうしたの? 今回はずいぶんと戻るのが早かったじゃない?」
「う、うん。どうせぶらぶらしてただけだから」

 ハンターになって間もないあたしには、まだ何の使命も与えられていなかった。それをいいことに、何かと理由をつけては一家から距離をおこうとしているあたしが、そこにいたわけよ。

 2次職のハンターに転職して、初めてあたしは神楽の家を出ることを許された。あたしを縛る家の戒律から解き放たれ、そしてあたしは初めて、本当の兄弟たちと対面することになった。そのときはまだ、紫遠以外は顔も知らなかった兄弟たち。

 これって、今度は逆に神楽の家を追い出された? 決してそんなわけではないけれど、その時は不条理なもやもやを感じたもんだった。でも、他に行くところもなかったし、それであたしは、兄弟たちの元にやってきた。

 それは首都プロンティアの王城の一角に居をおいていた。

「あたし、ちょっと用事があるから」
「うん、今夜また、旅の話を聞かせてね、きっとだよぉ」
「う、うん、わかった。じゃ、また後でね」

 そう言ってあたしは城の奥に進み行った。

「紫遠も相変わらずよねぇ」

 姉をして、そのどこかぼーっとした風情の紫遠に苦笑してしまう。ま、箱入り娘だもんね、あの子。

 羨ましいとは思っていても、あたしは紫遠が嫌いじゃなかった。嫌いになる理由なんてどこにもないわ。本当に素直で、あたしにとても優しくしてくれる。

 ただ「違い」を感じているだけ。

 そして、それはあたしの問題なんだ。


--コンコン

「どうぞ」

 扉の奥で、立ち入りを認める返事がして、あたしは小さくため息をついた。

(いっそ留守ならよかったのに)


    2

 その部屋は、今の家長であるFlowLightの執務室だ。まあ、あたしたちの一番上のお兄にあたる。実際に各地を跳びまわって活躍してる兄弟たちとは少し違って、城の中であれこれと難しい仕事に追われているって話だ。

 う~~、緊張するよぉ。

「入るね、兄貴」

 豪奢なドアを押し開け、あたしは中に入った。

「どうした? 咲希?」
「え、えーと……

 ガラにもなく、もじもじとしてしまうのは、明らかに各上の存在である兄貴たちを目の前にしているから、であって。普段のあたしは、そんなしおらしい姿なんか、見せようもない。

--少しは女の子らしくしたらどう?

 そう言ってくれるのは紫遠だけ。
 だってだって、他の姉妹だって、女の子らしいっていっても紫遠ぐらいで、焔はまったくそんなこと気にしてる風じゃないし、沙希姉に至っては、あたしから見てもとんでもないんだぞ。

 ま、ともかく。あたしは用事があってここにきたのだ。

「リオン兄貴もいたんだ」
「まあな、私もついさっきアルデバランから戻ったばかりだ」
「そう、だったんだぁ。あははぁっ」

 作り笑いを浮かべて、あたしは「何か」から逃げようとしてたみたい。

 でも、少しホッとした。リオンの兄貴は、本当なら近寄り難いんだけど、兄弟の中でたった一人、あたしと同じ色の髪をしている。紫遠からはそのことでずいぶんと羨ましがられたもんだ。本当は逆なんだよ、紫遠。

 あたしは、この尊敬すべきハイウィザードのことを、まだ緊張してまともに話もできないでいたけど、もっとよく知りたかった。

「用事というのは、」
「ふむ?」

 それでも、あたしは話を始めた。

「森の中でこれを見つけたんだ。ちょっと変なところがあって、兄貴たちに見てもらいたいんだ」
「ほぉ?」

 あたしは森で見つけた書簡を手渡した。

「今時珍しいな、魔印で封緘した書簡なんてそうそう見れるもんじゃない」
「そ、そうなんだぁ」

 ひとめでそれを言い当てた。さすがは長兄、物知りだ。

「封印が解かれている。見たのか?」
「え、あの……うん。手にとったらいきなりモヤモヤが出て……、ご、ごめん」

 そんな大そうな封印がしてあったのなら、きっとあたしが思っていたよりずっと大切なものだったんだ。やっぱりヘマしちゃったのかなぁ、うう……

「うーん……

 やばっ、叱られちゃうんだ、あたし。

「まあいい……で、内容は?」
「あ、うん、でも……

 書いてあるんじゃ? とそう思って問い返そうとしたけど

「この手の封印は読み手を選ぶんだ。あらかじめ定めた相手でないと、封印は解かれないし、一度解かれたら、魔法も消滅してしまう。ほら?」

 兄貴が広げて見せてくれた書簡の中身は、真っ白で何も書いてなかった。

「かなり熟練の魔法の技の持ち主だな。この封緘のあて先は、誰か個人じゃなくて、同じ血の刻印の持ち主を想定したものになっている」

「それじゃ……?」
「お前が解くことができたってことは、もともとここに届けられる予定だったのさ。ま、お手柄だな、咲希」

「あ、うん。あはっ……

 てっきり勝手に封印を解いてしまって叱られるものとばかり思っていたから、ホッとしていいやら、誉められて嬉しいやら。

「だが、それだけ強力な封印となると、内容の方が気になる。何て言ってた?」
「うん、それが、あたしびっくりして、ちゃんと……
「いいから、覚えていることだけでいい」

「うん、最初にモヤモヤっと煙みたいのが出て、声がしたんだ」


    3

--古くからの友の血筋にこの書簡をしたためん。願わくば、我が頼みを聞き入れんことを欲す。

--この書を携えし者は名を「ミサキ」……その身に「血の刻印」を持たぬという不幸をまとい、しこうしてこの地で育つ者。さりとて、その才顕かにして心健やかなり。

--この者の未来に御力を賜りたく、切に願う。

--書を護る者より……



 一字一句間違えないでこんな難しいセリフを覚えるなんて、そんなことはあたしには不可能だった。

「あたしバカだから、だいたいこんな感じ……あはっ、はははっ」

 しかし、二人の兄貴はちらっと顔を見合わせた後、

「繋がったな?」
「ああ……

 意味深な会話であたしの知らない何かを悟ったようだ。

「それにしても『書を護る者』か、食えない爺さんだ、これでは断れん。ま、これがなくても、やることは変わらなかったが……

 話の意味は掴みかねたけど、どうやらこの依頼を引き受けることに変わりはないようだった。あたしは安心するのと同時に、部屋に入る前から決めていたことを口にした。

 それは、あたしにしても、ものすごく勇気のいることだった。

「あ、あのさ…兄貴?」
「何だ? 咲希」

「(うあっ)……その仕事、もしできたら。あたしが引き受けたいんだ」
「ほぉ、どうしてそう思うんだ?」

 意外そうな顔をして兄貴は問い返した。そ、そうだ、ちゃんと言わなきゃ。

「あたしさあ、まだハンターになったばかりで、ちゃんとした使命も何もないし」

 そうじゃないってばぁ、話したいのはもっと違う

「これまでずっとみんなから離れて、神楽の家で育ったから。兄弟とか何とか、あんまよく分らなくて。でも、なんとなくこの『ミサキ』って子が気になるんだ。
 あたしは会ったことないけど、時々みんなの話の中に出てくる美咲姉のこととか、ほら、同じ名前だし」

 美咲姉、2番目の姉の名前だ。どういった事情か知らないけれど、あたしがものごころつくよりもずっと前に姿を消してしまったらしい。
 一度だけ、紫遠にその、あたしにとっては顔も知らない姉のことを尋ねたことがある。紫遠だって、あたしと1つしか違わないからそんなに詳しく知っていたわけではなかったけれど、みんなの話しぶりからは、とても優しい姉さんだったらしい。

「なんか、他人事じゃないっていうか、手助けしてあげたいなって……

 そう神妙に話すあたしの話を、ちゃんと聞いてくれているのがわかる。

「さっき、同じ血の刻印の持ち主じゃなきゃ解けないって話……あたし、すんごく嬉しかったんだ」

 そうだ、あたしは嬉しかった。ずっと一家から離れて暮らしていたから、そんな自分がみんなと同じ兄弟の1人なんだってことを確めるような何かがあることが、たまらなく嬉しかったんだ。

 そんなあたしの心境を知ってか知らずか、長兄はしばらくして確認するように、

「そういうことだ。構わないか?」

 しかし、そのセリフはリオン兄ぃに向けられたものじゃなかった。むしろあたしの方に向かって……

「咲希に任せる。どうせ俺は首都を離れられん……
「えっ、ええっ!」

 び、びっくりした。あたしを含めて3人しか居ないと思っていた部屋に、まるで突然現れたみたいにもう一人の声がしたからだ。
 反射的に振り返ったあたしの目に映ったのは、燃えるような赤毛にサングラス。そしてアサシンの職装……ま、まさかこの人。

 レッドアイ……兄さん。兄弟たちの前にさえ、めったに姿を見せない謎のお人、もちろんあたしだって顔を見るのは初めてだったよ。
 ひょっとして、最初からここに居た? ひゃああ、一家のトップ3が揃っているなんて、驚きを通り越してまるで冗談のようにさえ思えたもんよ。
 あたしたち兄弟の中でも、この3人は特別、とそう紫遠には教えられた。確かに、なんていうのかなぁ、格が違うって感じ? 偉そうってわけでもないんだけど、なんか逆らえないっていう気がする。あの長女の沙希姉でさえ、頭が上がらないっていうんだから相当なんだろう。
 あたしが最初、この部屋に入るのをためらったのだって、まったく根拠がなかったわけじゃないのだ。

「この件には非常にデリケートな問題がある。今この部屋にいる我々以外には、できるだけ伏せておいた方がいいだろう」
「同感だ。沙希あたりが耳にしたら、おおもとからひっくり返しかねん」
「くくく……まったくだ」

 なにやら、難しいのか冗談を言い合っているのかわからないような会話が頭の上を飛び交っていた。


    4

「わかった、あたしにまかせてっ!」

 勢いで大口を叩いたあたしを、いったい誰が責められよう。事態は、けっこうややこしい方向に進んでいた。
 ま、偶然か何かは知らないけど、リオン兄貴は、その「ミサキ」と既に会っていた。そのことと、また不可思議な状況についてあたしが飛び込むよりも早くにいろいろと相談していたわけだ。
 いずれにしても、居所が分ってるってことは、探し出す手間がなくなった分だけ楽になったのかな。うん、そう考えよう。

 とはいうものの、その「ミサキ」の素性を教えてもらったときは、さすがのあたしもびっくりした。そして同時に、絶対にやり遂げるんだ、と強く決心したんだ。

 たとえ、あたしの人生を懸けても……


 そのとき、あたしはゲフェンに来ていた。リオン兄貴が教えてくれたアルデバランに向かうよりも先に、ひとつお使いを頼まれたからだ。普段ならのんびり歩いて旅を楽しむんだけど、その時は大急ぎってことで、プロンティアのカプラに転送を頼んだ。それほど重要なお使いらしい。

 とはいっても、フェイヨン育ちのあたしには、ちょっと馴染みのない街の情景で、何がどこにあるのかもよく分らなかった。
 門番の兵士なんかさ、ハンターのあたしを露骨に不振そうな目で見るんだよ、案内を頼む気にもなれないじゃない。

 それにしても妖しげなところだ。ちらっと露店を覗いてみても、見知ったアイテムやポーションに混じって、見るからにおどろおどろした品が並んでたりする。さすが魔都ゲフェンだわ。
 でも、そういった街並はともかく、行き交う人はごく普通で、マジシャンやウィザードはもちろん多かったけど、それ以外の職の人もけっこう多かった。

 そりゃそうよね、ここはさらに西方にあのグラストヘルムを控える。その脅威に備えるために作られた西方の要衝でもあるんだから。
 凶悪な魔物たちとの戦いのための物資の中継点でもあるし、わざわざ魔法職ギルド自らがこの地に根を下ろし、優れたウィザードを輩出すると同時に西方を護る拠点となった。数多くの勇者たちがこの地を経由してグラストヘルムへの戦いに身を投じていったのだ。

「にしても困ったなぁ」

 なんか、みんな急ぎ足で、道を聞くのもはばかられた。うーんどうしようかなぁ。あ、そうだ。

「ねえねえ、そこの人」

 あたしが声をかけたのは、少し歩いては立ち止まり、キョロキョロと周りを見回してるひとりのマジシャンの娘だった。
 でもマジシャンなら、これからあたしが向かう目的地を知らないはずがない。道を聞くのにちょうどいい相手だった。

「え、はい?」

 杖を体に密着させるようにおどおどしてる。

「ちょっと道を教えてくんないかなぁ?」
「あ、はい……あの、どちらまで?」

「うん、魔法学校に用があるんだ」

 そのマジシャンは、少し沈黙して、不思議そうな目であたしを見た。

 うーん、やっぱり変かなぁ、ハンターが魔法学校に用事があるなんて、およそ考えにくいもんね。ま、その通りだから仕方ないんだけど。

「魔法学校なら……街の北西の方向にありますよ」
「そか、ありがとう、助かったぁ!」
「どういたしまして……

 これで最初の役割は果たせそうだ。そこで、ちょっとい気付いたことがあって、もう少し、このマジシャンに話しかけてみた。

「ね、ウィザードに転職するの?」

--ピクッ

 そのマジシャンは、ビックリしたようで、

「そうですけど。どうして?」
「だって、さっきからゲフェンタワーばかり気にしてるようだったから、すぐ分ったよぉ」
「え、ええ、今から試験を受けに……

「そかそか、お互い頑張ろうね」

 お互いって言うのは変か、あたしはそのとき、それから始まるであろう自分の使命のことで頭がいっぱいだった。


    5

「こ~~んにちわああああっ!!!! ねぇ、メシルさんて人がここに居るって聞いてきたんですけどぉおおお!」

 教えてもらった通り、魔法学校に入ると同時に、あたしは大声で挨拶した。行き交う教官やまだノービスの生徒たちが面食らった目であたしを注目する。

「おっとどけ物でぇええええっす!」


--ドタドタドタッ

「この魔法学校に押し入った狼藉者というのはお前か!」
「おとなしくついてきて貰おう」

 ありゃ、手っ取り早く用事を済ませようと思ったんだけど、いけなかったかなぁ。入り口で様子をみてるあたしの前に集まってきたのは学校の護衛役の兵隊さんたちだった。

「ちょっとぉ、あたしはメシルって人に届け物にきただけだよぉ、兵隊なんか呼んでないってばぁ」

「やかましいっ!」

 うーん、困ったなぁ。いっそのこと押し入るか、
 な~んてことは、さすがのあたしも考えたりはしてないんだけどね。

 苦笑して頭を掻いているところに、兵隊の後ろから救いの手が差し伸べられた。

「どうしたの?」
「は、エフィ様 入り口で怪しいやつが騒いでいると報告がありましたもので」

 「エフィ様」だって? どうみても兵たちより遥かに若いマジシャンの子に、えらく丁寧な言い回しじゃないの。しかし、見たところ似たようなマジシャンの職衣ではあっても、着こなしはきちんとしているし、どことなく立ち振る舞いに威厳を感じられた。
 何者だろ?、この子。

「騒いでいるっていいても、声が大きかっただけじゃない。もういいからあなた達は下がりなさい」

「はぁ、エフィ様がそう言われるのでしたら……

 不詳ぶしょう、兵隊たちは通路を空けてくれた。

「ごめんなさい、ちょっと前に騒ぎがあって、みんなピリピリしてるのよ。気を悪くしたのでしたら、許してくださいね」

「う、ううん、いいよ。大声出したのはあたしなんだし」

 あらまぁ、ずいぶんと行儀がいいというか、しっかりした子だ。とても1次職のマジシャンとは思えない。

「メシル老師でしたね、あの方、ちょっと変わってて、昼間はほとんど地下の書斎にいらっしゃるの。ご案内いたしますから、こちらへ」

 大丈夫、魔法使いの「変わり者」だったら、あたしの一家にごろごろ居てるんだから、今更驚いたりなんかしないわ。


    6

「これを渡すようにって」

 その老翁は、予想していたよりもずっと爺さんで、でも風貌はともかく語り口はしっかりしてて、なかなか侮れないっていう雰囲気をもっていた。まぁ「老師」と呼ばれるようなお人が、耄碌(もうろく)爺さんじゃ、魔都ゲフェンも危ういってことになるんだろうけどさぁ。

「ほほぉ、お嬢が届けてくれたのじゃな、かたじけない」

 「お嬢」ぉ? 何たわけたこと言ってんだよぉ。いったい、どんな風にこのあたしを見てそな呼び方を思いつくっていうのさぁ。前言撤回、やっぱり耄碌じじぃだ。

 老師は、あたしが届けた書簡を受け取ると、中身を確認した。今度は森で見つけた例の書簡みたいに、おかしな仕掛けはしてなかったようね。

「頼みごとの返事かの? いや、これは……、もうここまで話が進んでおるとは、さすがじゃのぉ。」

 ん? まあ、内容はあたしも知らないからいいけど、ちょっとかみ合わないような気がしたが、流しちゃえ。

「にしても、えらく急な話になったもんじゃ、こうしちゃおれん!」

 こらこら、あたしをこんな薄暗い地下室に置いていくんじゃないわよ。
 いきなり飛び出していった爺さんを目で訴えながら、あたしは、

「やっぱり、灯りを消していった方がいいのかなぁ」

 我ながら、人のいいことを口にして、さっきまで老師がいたテーブルに近づいた。ロウソクと同時に、今は閉じているが、ついさっきまで開かれていたであろう1冊の書物に目を留めた。

「『書』……ねぇ」


    7

 まぁ、ゲフェンでの用事も済んだことだし、あたしは早々に次の目的地に向かうことにした。本当は、こっちの方が重要なのだ、あたしにとっては。

 再びカプラの転送を利用してやってきたのは、北の都、アルデバランだ。リオン兄貴が教えてくれた、「ミサキ」がいるはずの場所。



「ちょっとぉおおっ! 話が違うじゃない! ここは『宿屋』でしょっ」

 あたしは大声を張り上げて、目の前のオヤジにまくしたてた。

「違わないわいっ! もう宿は廃業したんだ、ここは『食堂』だっ! そんなに宿に泊まりたいんなら、他をあたってくんな」
「あたしは『ここ』じゃなきゃダメなんたってばぁ、話の分らないオヤジだなぁ!」

 なんて頑固者なんだぁ。兄貴たちから「絶対に、」って言われてきたんだから、何がなんでも宿はここにしなきゃいけないってのに、それじゃあたしが困るでしょうが。

「ダメなもんはダメ、あきらめな」
「このぉおっ、わからずやああっ!」

--ぐりゅぐるぐりゅ……

 カウンターを挟んで、あたしとオヤジが睨み合った。どうしてくれようか……

--カラン

 ドアベルが鳴った。お客さんか? そういや食堂だっけ

「ぃよぉ、おかえりぃ! ちゃんとウィザードになれたかい?」
「は、はい。おかげさまで」
「そうかそうか、そいつぁよかった。よっしゃぁ、今夜はお祝いだ、ご馳走作ったげるぞぉ!」

「あ、こらオヤジぃ! あたしの話がまだ終わってないぞ、いいかげん考えなおして、あたしを泊めろっ!」
「ダメだだめだダメっ!」

 うぁあ、また振り出しかよぉ。

「あのぉ……
「おぉ? どうしたい、ミサキちゃん?」

(え? ミサキ……

「部屋はまだ余ってるみたいだし、泊めてあげても……

 あたしはもう一度、今入ってきた人物を見た。ポニーテールに結わえた茶髪、シニョンキャップがやたら似合っている。同じウィザードでもあたしが知ってる紫遠よりもずっと大人びていて、清楚なイメージがあった。

 この子が、いやこの人がミサキ……ねえさん。

「ねぇ……えと…、ほらあ、このねえさんも言ってくれてるだろぉ、泊まらせてよぉ!」
「こればっかりは誰が何を言ってもダメだ!」

「う~~ん、仕方ない、あんまし使いたくなかった手だけど」

 あたしは荷物の中から、もうひとつの手紙を取り出して、オヤジに見せた。

「ほら、紹介状」
「誰からの紹介だって一緒だぜぃ、ったく……うげっ!」

「ふふんっ 何が『誰の紹介でも一緒』だって?」
「あ、あんた、あのお人の身内かい?」

 黙って見せ付けるVサイン。持ち前の笑顔で大加速っ!

 えっへへへっ、どうよ!

「くぅ~~~、仕方ねぇ、奥の部屋が空いてるから勝手に使いな」

「さんきゅぅうっ! そいじゃ世話になるね。ねえさんも……あ、えと、よろしくっ!」
「ええ」


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エピローグ

 これから、ここがあたしの部屋。
 あんまし掃除してないだろ、まったくぅ。

 肩に担いだ荷物を床に放り投げ、窓側のベッドに身を投げた。

 けっこう今日は跳びまわったよなぁ。

「『ねえさん』……か」

 思わず口走ってしまったそれを、胸の中でかみ締めた。

「あっ、忘れてた!」

--ドタドタ

 あたしは部屋から飛び出した。
 部屋のある2Fの廊下からは、吹き抜けの食堂が一望できた。

 その手すりから身を乗り出して、

「あたしは神楽! 「神楽咲希」っていうんだ!!」

    了

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「あとがき」

 じゃじゃん、

 神楽の咲希ちゃん登場です。一家の中の姉妹としては二人目の「サキ」の名をもつこの子は、実は魔力に乏しく、そのためかどうかは知りませんが、遠縁にあたるフェイヨンの「神楽家」に里子に出されてしまってました。
 というのが前提で、この咲希の視点から、彼女自身が自分の「絆」を探す物語を語ってもらいます。

 読んでもらえば分るとおり、そのストーリーは密接に「美咲の物語」とリンクしています。同じアルデバランという舞台が中心ということもありますけどね。

 さて、この「神楽譚」シリーズでは、文体を咲希による1人称にしてみました。心理描写をたった1人に絞れるだけ、楽なようでもあり、その1人の視点だけで情景をすべて語ってみせなきゃならない分、難しい面もあります。
 しかし、その口調だけで強烈な個性が際立つ沙希や焔といったキャラクターに負けないだけの個性を発揮させるには、ちょうどいい手法だろうとも思えます。

 ともあれ、この元気いっぱいの咲希は、作者としても大好きなキャラです。美咲だけでなく、咲希の活躍もご期待くださいませ。


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