MODE: GUEST
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プロローグ ときおり、夢に見る それは、ありもしないただの夢物語 不思議な浮遊感の覚めやらぬ、 ある種の気配を感じて目覚めたあたしが その目に焼き付けた 暁を背に、 手渡された大切な何か 彼らだけの間で引き継がれた たまらない程の、 衝動があたしを襲い 駆け出したところで、終わる…… そんな夢 1 「ミサキ姉さまが大怪我を負ったですってっ!」 そんな大声を張り上げ、悲痛にも似た表情で部屋に飛び込んできたプリーストの少女は、ほどなくひとまずの安堵のうちに気を落ち着かせた。彼女の知る、いつもどおりの優しい笑顔が一番最初に出迎えてくれたからだ。 「大袈裟ねぇ。いったい、どんなふうに伝えたの、ソーマ?」 「いやぁ、俺はただ。迷宮の森で戦闘中に、ミサキが大変なことになったって……、それだけですよ?」 ソーマ、そう呼ばれたプリーストの男は、一方は呆れ顔の問いかけの、それは心地よく、さらにもう一方からは明らかな嫌悪の色合い確かな突き刺さるような、それは身を縮ませたくなる、そんな二つの視線に挟まれ、複雑な面持ちで答えた。 「まったく、人騒がせにも程があります。それに、それをいいことに、ちゃっかり部屋に上がりこんで。ソーマさんはこの部屋には立ち入り禁止ですって、この前ちゃんと言いましたよっ。さ、出てって、出てって」 「わ、わかったわかった。じゃ、ミサキ、いい機会だからゆっくりしておくといい。お頭(かしら)には、俺からちゃんと言っておくから」 「ええ、お願いしとくわ」 追い立てられるように、部屋を後にするプリーストを視線で呪い、その少女はうってかわった表情で振り返った。 「もう、『お頭』ですって? どうしてミサキ姉さま、あんなガラの悪いギルドになんか……、ふぅ。 本当に大丈夫なの? ミサキ姉さま?」 「ええ、大丈夫よ。少し身体が痺れてるけど、どこも怪我はしてないわよ。ちょっとヘマしちゃっただけだから」 「姉さま、いつも無茶するから……」 「心配かけてごめんなさいね」 セレンが不安がるのも無理はない。外傷はないとはいえ、今のミサキは歩くのもままならない様子で、部屋のベッドの上で辛うじて上体を起こしているに過ぎないのだから。 --ドタドタドタッ 不意に、騒々しく階段を駆け上がる音が部屋の中にまで響いてきた。その数瞬の間もおかず、扉が軋む音を省略して、あまり芳しくない音とともに開け放たれた。 --バンッ! 「ねえさんが大怪我したってぇ~~~っ!!!!!」 先ほどのセレンの倍以上のけたたましさで飛び込んできたのは、緑色の髪をしたハンターの娘だった。 「咲希ちゃんまで……、本当にもぅ」 少し困ったような、それでいて自分を心配する二人に謝意のこもった笑顔を返す。 そんな笑顔を、二人の娘たちはそれぞれに大切に思っていた。 2 「どこでそんな話を聞いたの? 咲希ちゃん?」 「そりゃあ、さっき下で、何っていったっけ、ほら、ねえさんとこのギルドのプリのあんちゃんから」 「ソーマさんねっ! まったく、あの人は懲りないんだから」 「えらく嫌われたもんだ。なんかあったのかよ? セレン?」 「何かあってたまるもんですか、知りませんっ!」 露骨に嫌そうな口調のセレンに対し、呆れ顔の咲希は問いただしたものの、けんもほろろにたたみ返された。 セレンとしては、自分が一番大切にしているミサキに、ギルドが同じだからといって、このところ何かにつけて顔を見せる若いプリーストの存在に、初めて会った時から直感的な嫌悪感を持っていた。それは独占欲に近いものではあったのだが……、当の本人はそれに気付きはしながらも、あえてそれを隠そうとも思わない。 根が正直なぶん、その矛先を向けられたソーマはたまったものではなかった。 いや、相手がセレン、このそろそろ街でも評判になりつつある美貌の看板娘にこうも嫌われたのでは、他意はなくとも男として立つ瀬がないというものだった。 独占欲といえば、何かにつけて顔を見せるのが、今やってきたばかりのハンターの咲希に対してもそうだった。何がきっかけか知らないが、「ねえさん」とミサキのことを呼ぶようになって、馴れ馴れしいにも程があった。 しかし、それがソーマに対してほど露骨に嫌悪をあらわさないのは、当のミサキが咲希を気に入ってしまい、自然にその呼ばれ方を受け入れてしまったからだった。 もともと、セレン自身にしたところで、ミサキとは本当の姉妹ではない。ただ、初めて出会ったときから感じた何かが、そういった血のつながり以上の結びつきとなって自分とミサキとの間を近しいものにしていた。 それが負い目になるわけでもなかったのだが、目の前のハンタ娘とミサキとの間にある信頼にも似た雰囲気が、逆に苦々しく思ってしまうのも、まだ若いセレンには無理からぬところではあった。 (咲希ちゃんと話していると、妙に安心するのよ。ほら、あの子元気いっぱいだし) そう言ったミサキの言葉に、不承不承、咲希の往来を許している自分がいた。 「でも、いったいどうしちゃったのさ?」 あらためて、咲希がことの経緯を問いただした。見たところ顔色も良さそうだし、少し疲れて横になってただけ、のようにも見えた。 「それが、魔物との戦闘中に、急に杖が……」 「この杖? うわぁ、こりゃひどいや」 大事そうにベットの脇に立てかけてある愛用の杖に、今にも縦に裂けそうなぐらいの大きな亀裂が走っていた。 「魔力が暴発しちゃってね、ギルドのみんなにも迷惑かけちゃった」 「ミサキ姉さまのせいじゃないですよぉ。それよりお体の方が心配です」 「ええ、ちょっと身体がびっくりしちゃったのかな。少し痺れてるだけだから、大丈夫だいじょうぶ。それより杖が……」 よほど大切なものだったのだろうか、自分の身体よりも杖の方を心配してため息をもらすミサキを、二人は不思議そうに見つめた。 --コンコン…… 続けざまの喧騒を耐えた部屋の扉は、それらとは趣を異にする穏やかなノックに、まるで安心するかのようだった。 「せめてここまでは案内してくれると思ったのですけど?」 いまだ開け放たれた扉は、実は本来の役割を果たしているとはいえなかった。 「あ~~~っ、ごめんよぉ。えっと、ねえさんにお客さん」 「遅いですよ、咲希ちゃん!」 「あはははっ、あたしの方が慌てちゃってさぁ、ほんとにごめん」 手を合わせて謝る咲希に、セレンも膨れっ面で反すにとどめざるを得ない。たしかに憎めない娘ではあった。この緑の髪のハンターは。 「杖のことは気にしなくていいわよ、ミサキ。それより、大変だったようね」 顔見知りだったようで、落ち着いた風情の客は頂にティアラを冠し、腰まで届く長髪は目を奪うほどの赤毛で、立ち振る舞いからしても貴賓さが滲み出ているかのようだった。 むしろ驚いた顔をしているのは初対面のセレンよりも、顔見知りであっただけにミサキの方が大きかった。 「か……カーラ様っ!?」 3 決して顔を忘れたりするはずがない。久しぶりの再開とはいえ、ミサキが驚いたのはまったく別の事柄に対してであった。 「セージに転職してたんですか……」 「あら? そんなに変?」 「いえ、そんなことは……、ただ、意外だなぁって」 それもそのはずであった。カーラは、魔都ゲフェンにおいてミサキの憧憬の対象であり続けた、先代のマジシャン転職官であった。今はその役をミサキも旧知のエフィに委ね、一介の個人として活動を始めたはずだが、そのゲフェンとの関わりの深さからいっても、ウィザードになっているものとばかり思っていた。 「ゲフェンでは、新しいマジシャンを送り出す傍ら、長い期間を魔法の研究に費やしてきたわ。もう、それが当たり前になってしまった。 すると欲も出てきてね。ゲフェンだけでは知ることのできない、未知の興味を満たすには、セージになってジュノーに入るしかないって、まあそうゆうことよ」 「そうだったんですか?」 真面目で研究熱心であることは、幼かったミサキにしても伺い知るところだったが、魔法のまだ知らぬ境地をもとめていたとは、どちらかというとなりゆきに任せて右往左往してきただけのミサキにとっては、恐縮するしかない。 「あ、申し訳ありません。せっかく頂いたのに」 「いいのよ、気にしなくて」 カーラは、先ほどの亀裂の入った杖をあらためた。それは、ミサキがマジシャンとなってゲフェンを後にするときに、他ならぬカーラ自身が持たせたものだった。 「さすが『時計塔の魔女』と呼ばれるだけはあるわよね」 杖を手に取り、小さくつぶやいたそれを、ミサキは聞き逃さなかった。 「あ、そんなの。他の人が勝手に呼んでいるだけですから……」 (もう、フィンちゃんたら、ところ構わず広めるんだから……) ミサキがウィザードに転職して時計塔に戻ってきた頃あたりからだろうか。いつの間にかそういった通り名が広まっていた。噂の出所は分からないが、それを加速させたのは者に心当たりは確かにあった。 「謙遜しなくていいわ。もともと、私は噂の『時計塔の魔女』に用があって来たのよ。それがよく知ってるミサキだっていうじゃない、びっくりしたのは私の方よ」 「あ、あの……」 昔馴染みの再会に、居心地の悪さを感じながらも、セレンはその会話に割って入った。事情はまだ飲み込めてはいないが、ミサキがこれほど恐縮し、また信頼しているふうの、このカーラというセージに、聞いておきたいことがあった。 「ミサキ姉さまの身体は、じゃ大丈夫なのですか?」 「あら?」 カーラとしては、身寄りのないと認識しているミサキを、「姉」と呼ぶ少女を多少訝しんだ目で見たが、事情は後から聞けばいいことだ。不安そうな瞳に誠実に答えを用意した。 「大丈夫よ、一時的なものだから」 そして、杖と魔法使いの関係について講釈を始めた。そのあたりは、自ら研究を続けると宣言した彼女の為人でもあるのだろう。 「杖というのは、持ち主の魔力をその身に蓄え、また調整する役割を持ってるの。時には増幅することだってあるのよ。それだけに、長年愛用した杖というのは、持ち主の身体の一部といってもいい存在になる。 今回のことは、既に蓄えられた杖の魔力とミサキの魔力の性質が違うものだったから、そのストレスに杖の方が耐え切れなくなった。その余波で、ミサキ自身が一時的に体内の魔力の調整ができなくなっているわけ。身体が痺れたように感じるのはそのためね。時間がたてば、自身の魔力の回復に応じて体の方もよくなるわ」 「まあ、銘を戴くほどの魔術師なら、自分専用の杖を早く手にいれなさい、ってことかしら」 「そ、そうですよね。そうだ、それがいいです!」 急に瞳に力を宿したように、セレンは立ち上がった。 「ミサキ姉さまにふさわしい杖を、あたしが手に入れて見せます! カーラ様、なにか心当たりはございませんか?」 4 「店売りのアークワンドで十分」と口にするミサキを、セレンは「ダメです!」の一言で一蹴した。 周囲の止めるのも聞かず、カーラが唯一教えてくれた情報をたよりに、今この街にいる。 商人ギルドを擁する極東の港街「アルベルタ」。 三方を海に囲まれたこの街は、それ自身が天然の防壁となり、ミッドガルドでももっとも魔物との軋轢も少なく、安定して経済の発展するところとなっていた。ただし、首都であるプロンティアから離れすぎており、とちらかというと海を隔てた異国の都市との貿易にその比重がおかれがちだった。 「ど、どうしよう……」 勢いで飛び出してきたはいいものの、初めて見る街で、何がどこにあるのかすら分からなかった。 『有名な杖は、もうとっくに誰かの魔力が染み付いちゃってるからねぇ。手付かずというと、私の知る限りたったひとつ』 カーラが言うには、その正式名が伝わっておらず、それゆえただ「伝説の杖」と呼ばれているらしいとのこと。難攻不落の迷宮の奥に隠されていることで、今まで誰の手にも渡ったことがないという。 「ミサキ姉さまにふさわしい杖は、その『伝説の杖』以外にありませんわ」 決意もあらたに立ち上がったはいいものの、途方にくれていることに変わりはなかった。 「とにかく、誰かに杖があるという迷宮の場所を教えてもらわなきゃ」 首都プロンティアに比べれば、それほど往来は激しくなかった。それでも、いやそれだけに、まるで不案内そうにきょろきょろとしている若いプリーストは、傍目には目立った。 「何かお探しですか、お嬢さん」 「ひっ、えと……」 急に声をかけられただけにしては、不必要なまでの驚きで、それはなかば悲鳴に近い。セレンは後ずさりながら答えた。 それもそのはずであった。頭に「激安」の看板を立て、とんがったメガネと明らかに付け髭とわかる白いカイゼル髭。黒メッシュのタンクトップに、昼間だというのに数十個のイルミネーションを全体に施したカートには、流暢な勘亭流で「男気っ!」と書きなぐってあった。 見るからに不審人物のランキングのそれも上位に位置するに違いない、そいつは風体に似合わず慇懃な口ぶりで話しかけてきた。 「商都アルベルタには売ってないものなんかございませんよ。お探しの品がございましたら、わたくしめがご一緒にお探しして差し上げましょう。ささっ、何をお求めで……???」(ずいずいずいっ) そういって遠近感を無視するような超高等テクニックで顔(だけ)を近づけてくる。 「あ、あたしは、べ、別に……」 あまりの出来事に、身の危険だけは感じるものの、どうしていいか混乱し、狼狽するセレンに、助けが入った。もちろん、言葉より先に、 --○○○キック!!(なのだ) 「ぬぁ、ぬああああっ!」 --バタン! 「ま~~~た、お前か! そんなことろで指名手配写真のネタを提供してるんじゃないのだっ!」 容赦なく、背後からキック(それは使用者の身長が足りなかったために跳び蹴りになった)を敢行し、今まさに両手を組んで罵倒を浴びせたのは、1人のスーパーノービスの少女だった。 「うあああっ、いつかのガキんちょじゃねえかっ! なんでまた、こんなところに居るんだっ! このアルベルタくんだりまで、子供のおもちゃを買いに来たってぇのか?」 「ファイヤーボルト!(なのだ)」 「うわっちちっ!(相変わらず容赦のないことしやがる)」 「大きなお世話なのだ。だいたい、こないだ買った捕獲網、全然効果なかったのだ。責任取るのだっ!」 (そりゃ、あれは間違いで「アコライト捕獲網」を渡しちまったし……ま、まずいなぁ、こいつは) 旗色が悪いことに気がついたようで、その不審人物--名前はウラキ……(以下省略。「監獄の妖精」参照)--は、 「そりゃ残念だったねぇ。ただし、ウチは「クーリングオフ」はやってないんでぇ。そいじゃなぁ、もう二度と俺の前に現れんじゃないぞぉおおおおおおお!」 最後はフェードアウトさながら、猛スピードで顔をこちらに向けたま(き、器用な)姿が見えなくなるまであとずさって逃げてしまった。 5 「大丈夫だったか、ねえちゃん?」 「え、ええ、あたしは大丈夫(あのブラックスミスさんの方が心配だけど)」 突然現れたスーパーノービスは、得意げな様子ではあったが、ふと 「あれれ? ねえちゃん、どっかで会ったことあったか?」 --??? 「そ、そんなことはないです、うん、ないない!」 あらためて、そのきょとんとした表情のスーパーノービスをよく見ると、セレンには確かに心当たりがあった。かつて夢でみた、自分を虫取り網で追い回した、たしか名前は…… 「あたしは焔というのだ。はじめましてなのだっ」 (そうそう、ほむら……、うぁ、そんなことって) 冷や汗をかいて作り笑いをするセレンを、なお不審そうな目で見る焔の方は、実はまったく気付いていなかった。 「うん、よく似てるけど違うのだ。あたしが知ってるのはアコライトだったし」(バカか、こいつは/作者) 「(汗)そうそう、他人の空似」 無理がある、とは自分でも思いつつ、当の焔が気付いていないのだ。そっとしてこう、と決めたのは、いまだセレンの中では追い回された記憶が巡っていたからだった。 「ここで何をしてたのだ? 綺麗なねえちゃん」 「セレンでいいですよ。ちょっと手に入れたいものがあったもので。焔さんは?」 「うん、兄ちゃんのお使いにひっついてきたのだ。それなのに、街に着いたとたん、はぐれてしまったのだ。まったくドジな兄ちゃんなのだ」 「そ、そう? お兄様とご一緒だったんですか」 (迷子になったのは自分の方じゃ……?) と心の中で思ったが、あえてこの能天気そうな娘には言わなかった。 (でも、この子のお兄様っていうとあのとんがりセージさん?) いまだ、自分の夢の中だけの登場人物でしかなかった存在と、現実との奇妙な関係に整理がついてない、そんなセレンではあった。 「探し物なら手伝うぞ? どうせ暇になったのだ」 うーん、ありがたいとも迷惑とも、複雑な心境ではあったが、見ず知らずの土地に急に出てきてしまった不安は、たしかにあった。かといって、焔に同行してもらっても、ま~~たく全体に心強いとは思えなかったわけだが。 それでも、 「伝説の杖というのをご存知ですか?」 「知らないぞ?」 明朗明快、あっさり否定され、気落ちするのも億劫だった。 「それじゃ、一緒に探すのだ。セレンちゃん、ついてくるのだ」 (だ、大丈夫かなぁ……) 6 [PIC] 焔に手を引っ張られ、セレンたちが向かった先は商人たちで賑わう街の中央部。 話は単純で、誰かに杖のことを聞けばいい、考えることは焔とて同じだった。ただし、その方向性において、セレンとは明らかに異なっていたことは確かだろう。 「す~~っ」(ま、まさか) 「お~~い、誰か『伝説の杖』のことを教えるのだああああああっ!!!」 「うわあっ!!」 「きゃ、ほ、焔さぁん!」 --ドシャン、ガラガラガラ…… あたり数件の露天商の、少なくない数の商品に被害を及ぼし、周辺の商人たち、また通行人たちが足を止め(あるいはすっ転んで)てこのはた迷惑な大声の主を注視した。 「わかんないことは誰かに聞くのが一番なのだ」 「そ、それはそうですけど……」 得意満面の笑顔の裏にいったいどんな子悪魔が潜んでいるやら。セレンは、はからずも同行を許すことになったこのスーパーノービスを、どうやって撒こうかと、今更ながら頭をめぐらせていた。 (なんとなく、逃げられないような気がする……はぁ) 「やいやいやいっ! なんだぁ、さっきの大声はぁ!」 「いったい、どうしてくれるんだぃ! ったく」 どやどやと露天商たちにつめよられ、それでも焔はけろっとした顔で、 「杖のことを教えてくれるのか? 親切なおっちゃんたち」 「何が『親切』だ! お前さんのおかげで大事な商品が壊れちまったじゃないか!」 「ん? あたしは大声で尋ねただけだぞ? 声を出したぐらいで壊れるなんて、不良品もいいところなのだ」 「な、なんだと、てめぇ」 「ほ、焔さぁ~ん(おろおろ)」 能天気にも程があろう。これだけ大勢の血走った連中を前にして、なおも意に介さない焔の姿があった。 「よぉ、めずらしいじゃんか、ガキんちょ!」 「ふぁいやーぼると(なのだ)」 「うわっ、あぶねぇあぶねぇ」 すでに条件反射になってしまっているのか、不意に声をかけられたその瞬間、その振り向きざまの詠唱を、辛うじてかわした男が苦笑いを作った。 「なんだ、マシェルか」 「『なんだ』はないだろ! いいかげん、その性分を直したらどうだ?」 「べぇ~なのだ! 『ガキ』なんて言うからいけないのだ」 「相変わらずよのぉ、お前さんは」 マシェルと呼ばれたハンターは、街のど真ん中で起こった喧騒に、興味半分で覗きにきただけだったが、その中心に知り合いのスーパーノービスの姿があったので、一応声をかけただけだった。 よもや、こうなるとは…… 「ちょうどよかったのだ。マシェル、ここは頼んだぞ?」 「へっ? な、何を?」 「さ、行くのだ、セレンちゃん」 --すたこら 「お、おい待てよ! ったく、何がどうなってんだか……うあっ!」 さっさと姿を消した焔たちを追おうとしたが、突然後ろから羽交い絞めにされた。 「そうかい、にいちゃんはあの嬢ちゃんと知り合いかい。もう誰でもいいわい、壊れた商品を弁償してもらおうかい」 「エーッ! じょ、冗談だろ? なんで俺が」 7 「大丈夫なんですか? あの人?」 「し~~んぱい、いらないのだ。マシェルはああ見えて金持ちのぼんぼんなのだ。あれぐらい何でもないのだ」 「はぁ……」 どこまで本気なんだか、先行きの不安は、アルベルタに到着したときの数倍に跳ね上がったように気がした。 「誰が『ぼんぼん』だっ!」 「およっ?」 つい今しがた激怒した露天商を押し付けてきたばかりだというのに、その十数人分の怒りを体現するかのように血相を変えた金髪のハンターが、目の前にいた。 「もう追いかけてきたのか? (油断ならないやつ)」 「(ほ、焔さん…/汗)」 「ご苦労だったのだ」 「ぶほっ! 言うに事欠いて、それかい!」 「あたしに代わって弁償してくれたのだ。ありありなのだっ」 「誰が払うかよ! サンドマン仕込んで逃げたに決まってんじゃねぇか。ほらっ!」 そう言ってマシェルの差し出した手の平を、焔は怪訝そうに、 「なんなのだ? お金は払わなかったはずだぞ?」 「サンドマンに使った罠代だ。きっかり86ゼニー(しかもOD込み)、耳をそろえて払いやがれ」 「うぁ、なんてセコいヤツなのだ」 「当たり前だ、節約こそが金儲けの秘訣だってこと。わかったらさっさと払え」 さすがの焔でさえ、顔をしかめて呆れ顔を作った。 「すみません、それはあたしが払いますから……」 とはいえ、あまりの情けない話に、セレンが罠代を払うと申し出た。 「ん? 誰だい、あんた?」 「さっき友だちになったセレンちゃんなのだ。可愛いからといって手を出すんじゃないぞ、マシェル」 「ふざけんな、お前さんの『友だち』にろくなヤツがいるもんかい!」 ひどい言われようではあったが、なんとなく納得してしまいそうになるのが不思議だった。 「84ゼニーでしたね、それじゃ」 「いいよいいよ、もうそれぐらい目をつむってやるから」 「な、なんだっ。ずいぶんと扱いが違うのだ!(ぷんぷん)」 「当たり前だ! ガキと一緒にするな」 「ふぁいやーぼると!(なのだ)」 「あぎゃっ!」 --バリバリッ、プスプス…… 「(ゆ、油断したぁ)」 「当然の報いなのだっ」 「だ、大丈夫ですか?(ツンツン)」 「大丈夫そうに見えるのか? あんた?」 「いえ、まあ、さっきのBSさんといい、焔さんの知り合いの方って、みなさんご丈夫だな、と……」 8 「あ~~、酷い目にあった。覚えてろよ、ガ……おっとと」 マシェルは、慌てて口をふさいだ。同じ失敗を何度もするわけにはいかない。 「ん? 何かあったのか?」 「いいよ、何にもないない!(大した性格だ、まったく)」 「ところで、アルベルタで何してんだ? お二人さん」 「そうだったのだ。おいマシェル、『伝説の杖』を知らないか?」 やはり暇だったのか、マシェルも加え、なりゆきでぶらぶら歩き出した3人だったが、突然目的を思い出した。 「伝説ぅ? そりゃ、アレのことか?」 「知ってるのか!?」 「本当に?」 ほぼ同時に、セレンと焔は顔を見合わせた。 「よかったのだ、セレンちゃん。これで杖が手に入るぞ?」 「ええっ、よかったです」 「おいおい、喜ぶのはいいけどよぉ」 無警戒に喜んでいるふうの二人を見て、マシェルは苦笑いした。 「さっさと案内するのだ、マシェル」 「ち、聞いてないし。まあいいや、ついてきな」 『伝説の杖饅頭 1ヶ300ゼニー』 『お土産用伝説の杖レプリカ 5kゼニー』 『これで安心、伝説の杖お守り 1200ゼニー』 『もってけ泥棒っ!(何をだ?)』 ・ ・ ・ 「な、何なのだ? これは?」 「ほら、だから言ったろ?」 マシェルが案内したのは、アルベルタから西に数十分ほど歩いた森の中の、少し開けた場所だった。 商都の商店街にも勝る喧騒で、狭いながらもずいぶんな人出で賑わっていた。 「ゆ、有名なんですね、『伝説の杖』って」 「まぁ……な。何年か前までは、杖を求めて大勢の魔法職が迷宮に挑んでいったらしいぜ。国王の勅命を受けたパーティすら挑戦したって話だ」 「それじゃ、もう……?」 「いんや、すべて玉砕。不思議なことに死人は出てねえんだよな。魔物がうじゃうじゃいたっていう話だけどよ。み~~んな叩き出されるように、入り口に舞い戻っちまうんだと」 「なら、まだ杖はあるんだな。行くぞ、セレンちゃん」 「はいっ、」 (ミサキ姉さま、セレンは参りますっ!) やおら、街中の出来事での憔悴感を吹き飛ばし、セレンは両の拳を握り締めた。 「こらこら、能天気な焔はともかく、俺の話を聞いてなかったんかいっ?!」 「はっ?」 さも意外そうに、セレンは振り返る。 「あの洞窟の奥に杖があるんですよね?」 「そ、そうだけどよ……」 「お教えいただいて、ありがとうございます。助かりましたぁ」(ぺこり) 「そ、そりゃ、ご丁寧に……」(だから、人の話を聞けって) 「というわけで出発するのだ。いくぞ、マシェル!」 「おうっ……、って俺かよ? なんで俺まで行かなきゃならんのだ!」 「決まっているのだ。そ~~んな危険な所に、可憐な美少女2人を向かわせる気か? 『俺が護衛してやる』ぐらい言ったらどうだ?」 「エーッ(ひとりはガキじゃねえか)」 意にそぐわないことを言いつけられた子供の口癖のように--だから「ぼんぼん」なんて言われるのだが--不平の声を上げたが、 「なんだ、なんだ。あの3人が『伝説の杖』に挑むらしいぜ」 「がんばんなよ、嬢ちゃんたちっ!」 「おぉ、3年ぶりの挑戦者か、こいつは選別だ、とっときなっ!」 「い、いや、俺は別に……」 会話を聞かれたのか、気前のいい商人たちが矢筒やポーションの類を無理やり押し付けてきた。 「選別までもらっといて、今更辞退する、なんて言えないのだ。観念するのだっ!」 「て、てめぇ」 9 「焔ぁ! どこに行ったんだ!」 ここはまだアルベルタ市街。行動の読めないスーパーノービスの、いや、彼女に巻き込まれるかも知れない不幸な通りすがりの身を案じてか、その名を呼ぶ声が響いていた。 「まったくちょっと目を離した隙に居なくなるなんて、仕方のないヤツだなぁ……ん?」 「とんでもねえガキんちょだったなぁ」 「まったくでぃ。親兄弟の顔が見たいもんだぜ」 焔の奇行に損害を負ったばかりか、なんの因果か1時間ばかりも路上で爆睡するハメになった数人の露天商たちが、もう店は早仕舞い、だと酒を片手に愚痴をこぼしていた。 「それにしても、見かけないスーパーノービスだったよな」 「ああ、なんでも『伝説の杖』を探してたみたいだぜ」 「あの『杖』かよ!」 「いっひひひ……こりゃ、傑作だぁな」 --! (あちゃぁ~、心当たりがありすぎるって) 額に手を置いてにわかに疼きだした頭痛に耐えながらも、 「すまんが……」 「ん? なんでぇ、兄ちゃん、何か用かい?」 「そのスーパーノービスのこと、もう少し詳しく教えてもらえないか?」 (まったく、何をやってんだか……) 10 「いいか? 危なくなったら、すぐに引き返すんだぞ!」 「わかったのだ。いい加減しつこいぞ、マシェル」 「わかってないっ! だいたい、お前と付き合って、ロクな目にあったためしがないんだからな。何かあったら、俺だけでも逃げる」 「うわぁ、ひどいヤツなのだ」 「へ、ぬかせっ!」 背後のそんな会話も、今のセレンには聞き流すだけの代物だった。 気持ちは既にミサキに贈る新しい杖のことでいっぱいだった。しかも、妙なことに薄暗い迷宮に入ったとたん、なにやらワクワクしてしまう、そんな妙な性癖が、実はセレンにはあった。 歩みもどうにいったもので、普通に歩いているようで、その実、後から追いかける焔やマシェルの方が急ぎ足を余儀なくされているぐらいだ。 洞窟に入ってしばらく、まだ分かれ道の1つにも出くわしてなかった。というより、この道は…… 「ここ、さっき通ったぞ?」 「な、何だと? 入り口から入って道なりに歩いてきただけじゃないか? そんなはずはない」 「いえ、確かに通りました。ほら、松明を作るのに、焔さんが作った火壁の跡が……」 セレンは、手にした松明を前方にかざして見せた。たしかに言うように、まだ熱気を残した火壁による黒炭の跡があった。 「エーッ、マジか? じゃ、入り口はどうなっちまったんだ?」 「なくなりましたね」(にこっ) 「さっすが伝説の杖が隠してある迷宮だけのことはあるのだ」(うんうん) けろっとした顔で言う焔と、さほど心配した風でもないセレンに、にわかに不安がよぎる。(こいつら……) 「冗談じゃねえ、戻ることもできないのかよ」 「大丈夫なのだ。戻れないなら先に進めばいいのだっ」 「はい、参りましょう」 (またもとの場所に戻るだけじゃん、大丈夫か? こいつら) いざとなれば蝶の羽根を使えばなんとかなるか、と思いつつ、とりあえず前に進む一行…… (あらら?) --ひょいっ 「そこ、気をつけてくださいね……」 「ん? 何を……うわっ!」 --ドスンっ! 「落とし穴が…」 「てっ、てて……言うのが遅いぜ、ったく」 「変ですねぇ、さっきは無かったのに」 「あはははっ、ドジなヤツなのだ」 「笑うんじゃねぇ……お? 落とし穴の底だってぇのに、こんなところに脇道があるぞ?」 「あらまぁ?」 「でかしたぞ、マシェル。そこが次の道に違いないのだっ!」 11 「どわどわどぁっ~~っ!」 「きゃ~~っ!」 「あはははっ、ゴロゴロリンなのだっ!」 「笑ってんじゃねぇ!」 脇道に入ってしばらく、ゴーッという音が聞こえたかと思うと、背後から巨大な岩が3人目掛けて猛スピードで、転がってきた。 「ダンジョンのお約束なのだぁ」 「って、だから走れっって」 [PIC] もっと魔物の巣窟かと思っていた迷宮の中は、予想に反して落とし穴、巨大岩、突然降り注ぐ酸の滴、などといったトラップばかりだった。 「マシェルは罠が使えるのに、トラップは全然見抜けないのだな、使えないやつなのだ」 「うるせぇ、俺は罠はあんまり使わない主義なんだ」 「あら、どうしてですの? マシェルさん」 「もったいない」(えっへん) 「そ、そう……ですか」 どちらにしろ、追い立てられるうちに、もはや自分たちがどの道をどう進んできたのかも分からなくなっていた。 「それにしても、なかなかやるのだ。無傷なのはセレンちゃんだけだぞ?」 見れば、一番最初に落とし穴に落ちたマシェルはもとより、焔ですら肩当やフードに無数の傷や染みをこうむっていた。いつも先頭を歩いていたはずのセレンだけが、いたって無傷であった。 「はい、逃げるのは得意なんですよ」 「頼もしいのだ」 「えへっ、大したことないですよ。でも、伝説の杖には近づいているのかしら?」 「心配はいらないのだ。トラップがどんどん険しくなっているのだ。昔からお宝は一番の難関を乗り越えた先にあるものと、相場が決まっているのだ」 「そうですね、じゃ、どんどん行きましょう」 「こらぁ、調子に乗ってんじゃねえぞ。さっきから見てたら、先頭のセレンはいつも『ひょいっ』ってかわすし、ほとんどのトラップに引っかかってんのは俺じゃねぇか! 少しは遠慮しろってんだ!」 「自分のドジを棚に上げて、何偉そうなこと言ってるのだ?」 「やかましいわい!」 それでも、幾たびも挑戦者たちを退けてきた迷宮が、そんなお茶を濁したようなトラップだけのはずがなかった。 「うぎゃ、」 「あぁあっ!」 少し開けた場所に出たかと思うと、そこは時計塔でよく見るライトワードの巣だった。 「いきなりランクアップじゃねえか! そりゃないぜ」 突然の侵入者に気付いたのか、入り口付近のライトワードが立ち止まり(といっても宙に浮いているわけだが)、にわかに殺気を帯びてぶるぶると震えたかに見える。 「走り抜けるのだああっ!」 見れば、向こう側には扉のようなものが見えた。そこまでたどり着ければ、なんとかクリアできるはずだった。 「うわああっ!」(きあいなのだっ!) 「あんぎゃぁああ!」(ま、まってくれぇえ) 「きゃーきゃーっ」(た、楽しい/ぇ?) 12 「うおぉ、おいおいおいっ! こいつぁヤバイぞ!」 「ぐだぐだ言ってないで走るのだっ!」 今にも後ろから食いつかれるのではないか、と後方を気にしつつも、前方にはまだまだ無数のライトワードの群。それをいなし、かわしつつ、立ち止まるわけにはいかなかった。 「えいっ!」(くるりっ) 「キリエエレインっ! よっと」 その中で、走りながらも起用に翻ってはキリエを詠唱するセレン。たしかに、逃げるのは得意、と自分で言っていただけのことはあった。 「さすがセレンちゃんなのだ。でもでも、これ以上は危ないのだ」 「で、ですよねぇ」 「やっぱそうだろそうだろ、諦めて帰ろうや、な、な?」 そう言って叛意を促すマシェルを、焔は一瞥して、 (ドキッ!) なんとなく、これから起こることが予想できたようで、セレンは叛意を促そうかと迷いつつ、見て見ぬフリをした。 「な~~にを言ってるのだ、切り札はまだまだこれからなのだ」 「何だと、そんなのがあるんなら出し惜しみするんじゃねぇ!」 「よしっ、わかったのだ!」 --ごそごそ 「お、おいっ! いったい何を!」 「そ~れっ、あんくるくるくる乱れ落ちなのだああっ!」 「うあああっ、な、なんてことを!」 突然、走るマシェルの背中の荷物を漁ったと思ったら、中にあったありったけの罠を撒き散らした。 「な、なななあっ……、も、もったいないことすんじゃねぇ」 あまりの出来事に、今の状況も忘れてあたり一面の罠を拾おうとするマシェルに向かって、 「お~~し、マシェル、後はたのんだのだああああっ!」 「ま、待ちやがれっ、このくそガキっ!」 「あっ!」 「ふぁいや~ぼるとっ!(なのだ)」 --バリバリバリッ 「うああああっ、覚えてろよ~~~~~~っ(ふぇーどおうと)」 (や、やっぱりだぁ) セレンは、やっぱり自分の予感は正しかった、と冷や汗とともに確信していた。 --バタン! --ドド、ドン…… 「ふぅ、危なかったのだぁ」 「間一髪でしたね」 今なお、扉の向こうでは無数のライトワードが激突する音が鳴り止まなかった。 「マシェルの貴重な犠牲は決して無駄にしてはいけないのだ。さ、セレンちゃん、先を急ぐのだっ!」 「は、はあ……」 (それにしても……) その後のセリフが思い浮かばず、セレンは言葉を発するのを諦めた。 13 「うあうあうあ~~~っ!」 「す、すごっ!」 揚々と進むうちに、少し広まった場所にたどり着いた。 「蟻さんなのだ……」 見渡す一面を埋め尽くすほど大量の蟻--それも二の腕ほどの大きさの巨大蟻--の群れが、彼らの目の前にあった。埋め尽くすといっても、現れたセレンたちを襲ってきたりはせず、 「出口は向こう側ですね」 「よぉし、魔法で一掃してやるのだ。ファイヤー……」 「ほ、焔さん、ダメですっ!」 焔が詠唱を始めたとたん、周囲の蟻たちが襲いかかってきた。 「やばっ、」 --バシッバシッ 向かってくる蟻を撃退するも、周囲にいた蟻たちもそれに呼応して激怒し、シャーッと不気味な音を立てて、二人に向かって距離を縮めてきた。 「これは、魔力に反応しているんですね」 「多すぎるのだ。うぅ~~、困ったのだ」 「こうなったら、スチレで殴るのだっ」 「で、でも……あ、あれっ!」 --キュルキュル! 一瞬、セレンたちに狙いを定めて襲いかかろうとした蟻の集団が立ち止まり、きょろきょろとあたりを伺うような仕草をした。 「ど、どうしたのかしら?」 --シャーッ 「ひっ!」 それが突然怒りの音を発し、2人を怯えさせたが、それらは急に向きを変え、薄暗い洞窟のまったく別の方向に一斉に向かっていった。 「今のうちです、焔さんっ!」 「了解なのだっ」 (でも、どうして急に……?) 14 「ここは……?」 松明がなくても、そこは壁や天井の光苔で明るく、そしてセレンでさえはっきりわかる、魔力の波動に満ちた場所だった。 50メートル四方はあろうかという広い空間で、中央には巨大な老木が1株だけが生えていた。 「こんな地中に、樹が生えてるなんて……」 「でも、間違いないぞ、ここが最終目的地なのだ」 --キキッ! 「うぉっ(なのだ)」 「ど、ドケビ?」 どこに隠れていたのだろう、その老木の後ろから、7~8匹のドケビが姿を表し、侵入者たちに向かって襲い掛かってきた。 (確かにもう出口はないみたい。でもこれが?) 「これが最後の難関なのかっ! これぐらい何でもないのだ。セレンちゃん、続くのだっ!」 「ちょ、ま、まって焔さぁん!」 「ファイヤーウォール(なのだ)」 ところどころ、火壁を出現させて牽制しつつ、焔はまっすぐ老木に向かって駆け、最初に襲い掛かってきたドケビをスチレで薙ぎ払った。続くセレンも、先行する焔にキリエをかけつつ、後に続く。 先ほどの、一面を多い尽くすほどの魔物の群に比べれば、それは突破するのもどうさの無いことのように思われたが、 --ヴアァアアン! 「きゃっ!」 「うああっ!」 襲い掛かるドケビたちに囲まれながら、しかし、セレンたちの周囲の地面が奇妙な燐光を発して二人を捕らえた。 「ううう~、お、重たいのだあ!」 「な、何……?」 このとき二人を襲ったのは、彼女らのあずかり知らぬ、いまだ未知の魔法によるものだったが、それを確めるすべはなく、いやむしろ依然襲い掛かるドケビたちが恐怖を連れてやってきた。 「だ、だめなのだ~~」 「ほ、焔さんっ!」 その魔法のためか、激しい頭痛とともに、普段は威勢のいいものの、決して体力のある方ではない焔は朦朧とし、意識を失いかけた。 「こ、こんな……あ、あたしは杖を……」 しかし、セレンは今まさにドケビに食いつかれそうになっている焔を目の前にして、うめきながらも詠唱を開始する。 (お願い間に合ってっ!) 「偉大なる師父アルベルトゥスの御名において、不浄なるものに賛美の声をもって浄化の光を導かん…… マグヌスエクソシズムっ!」 --リーン! バリバリバリッ! --キキ、ギギギギッ! [PIC] 15 しばらくして、そこは同じく、燐光に包まれたその広間……横たわる二人の娘の、まだ生のあることに半ばほっとし、胸を撫で下ろす者の姿があった。 「驚いたな、あの状況でマグヌスエクソシズムを詠唱しきったか」 「わしもじゃ」 (ん?) 驚いて振り返ると、老木の脇には、それまで姿を隠していたのか、異常に長い白髭を蓄えた1匹のノームの姿があった。 「今まで死人を出したことはないのが自慢でな。『おぬしが伝説を継ぐ者』じゃな?」 「何だって? ……伝説? そんなふたつ名を戴いた覚えはないぜ?」 いまではトレードマークにもなっているとんがり帽子を深く被りなおし、杖を持つ方の腕でフードを翻して老ノームへの礼の仕草とした。 「あんたがあの老カリオンか? 盟約により杖を返しにきた。エスター=フォイスだ」 「うむ、」 満足げにノームが頷いた。 「そちたちが成す偉業は伝説となって杖に刻み込まれ、それが作り手たるわしの喜びとなる。それが盟約じゃったな。ゆえに当代の『伝説を継ぐ者』よ」 「はいはい、なんとでも言ってくれ。大体が、本当なら兄さんたちの役目だろうに、なんで俺が……まったく」 「それはわしのセリフじゃ。まったくおぬしらの一族ときたら、杖を手に入れたなら、そう公言すればいいものを、うやむやにするもんじゃから、杖を手に入れようと踏み入ってくる連中が後を絶たん。迷惑な話じゃ」 「退屈しなくてよかっただろ?」 「うるさいわいっ! 死人を出さないようにどれだけ苦労したと思っておるのじゃ。終いには、何年ぶりかにこの地までたどりついたのが、杖を手にする資格もないプリーストにスーパーノービスじゃ、もしこの場をクリアしておったら、いったいどう説明すればよかったんじゃ?」 「もう杖はとっくの昔に持ち去られてました、ってか? 確かにそれは言えないよな。あはははっ」 迷惑顔をくずさない労ノームに向かって、とんがりの主は陽気に笑い飛ばした。 「ま、でも感謝してるさ、手加減はしてくれてたみたいだし。これでも身内だからな」 「お主こそ、」 老ノームは、あの魔力に反応する蟻の群をあれほどすんなりクリアできたことの謎を見過ごしてはいなかった。おそらく、自分の魔力を餌にあの集団を引き離したのだろう。 「妹想いのよき兄貴じゃの」 「てっ、よせやい」 「で、そのプリーストは知り合いか?」 「いや、しかし……」 再び、末妹の傍で倒れている金髪のプリーストを見やる。妹の窮地を救ってくれたのだ、感謝の念がなかったわけでもない。しかも、その容姿にはあきらかに見覚えがあった。 (とんだところで再会だな……) 焔とは違い、何よりもその不思議な雰囲気をエスターは感じ取っていた。しかし、 「……み、ミサキ姉さま」 「なんだって?」 か細い、そのうわごとに一瞬、耳を疑った。彼にとって、決して忘れることのできない名前、奇妙な一致、ただの偶然か、それだけでは判然とはしない。だが、それを耳にした瞬間に心に浮かんだある人物の姿が、彼をしてその直感に身を任せることを躊躇わせなかった。 (そうか……) そのとき、自分の納得したものをあらため、そして姿勢もあらたに、老ノームに向き直った。 「カリオン!」 「うぉ! 何じゃ?」 「エスター=フォイスの名において、盟約の延長を願い出る!」 「ほぉ?」 老ノームの細い目が、あやしくも興味の光を帯びた。 「心配はいらない」 同様に、深く被ったとんがりの奥で不適な笑みがこぼれた。 (--後悔はさせないさ) エピローグ 「本当にありがとうございました、焔さん」 「礼なんかいいぞ? それにしても杖が手に入ってよかったのだ」 「はいっ」 両脇に杖を納めた聖布を抱え、微笑んだその笑顔は、焔にして胸が熱くなるものがあった。 「では、いずれまた」 「わかったのだ。また一緒に遊ぼうなのだっ!」 「え゛……」 「ん? どうしたのだ?」 「い、いえ、なんでもないです(また、あんな目にあうのかしら……/汗)」 「それでは」 「バイバイなのだっ!」 アルベルタの港を背に、行きずりにダンジョンをともにした能天気なスーパーノービスを残し、セレンは杖を待つミサキのもとに帰っていった。 「セレンちゃんの姉ちゃん、喜ぶといいな。何しろ、伝説の杖なのだ。うんうん」 ひとり感慨にふける焔に、後ろから呼び止める声があった。 「ご機嫌だな、焔」 「うあっ! エスタ兄ちゃん、居たのか?」 「居たもなにも、勝手に姿をくらませやがって、どれだけ探したと思ってるんだ?」 呆れ顔で妹を見やる。 「そんなことより……いつの間にあの『監獄の妖精』と仲良くなったんだ?」 「ん~~? 何のことなのだ? 妖精さん?」 「お前まさか……気付いていなかったのか?」 「え? ん? うん~~~っ?」 頭を抱えて悩みこむ焔に、頭が痛いのは自分の方だ、と言ってやりたかったが、 「もういいって」(わが妹ながら、いったい何を考えてんだか?) 「まあいいのだ。ところで、用事は済んだのか?」 「ああ、終わらせたさ」 「ふ~ん、そかぁ?」 終わらせた、とそう言った口調が、なにやらいつもの兄のものではないような、どこか遠くに向かって言っているようで、焔は奇妙なその横顔を見つめなおした。 (つぎは美咲、お前の番だからな……) 了 「あとがき」 さて、セレンの杖探しのエピソードでした。セレンのおてんばな様子を書こうと思っていたのに、途中から参加した焔の圧倒的な個性の前にふっとんでしまいました。ま、こんなもんでしょ。 とはいうものの、このお話。後に描かれるストーリーの中では大変な重要キャラが登場しています。 唐突に現れた元マジシャン転職官のカーラ。この女セージが今後どんな風にストーリーに絡んでくるのか、楽しみです。 ところで、実はこのエピソード。次に書く予定のお話と多分にリンクしていきます。 神楽譚の一説「エルメスの賢者」にご期待ください。 |
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