MODE: GUEST
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プロローグ どう言ったらいいのかなぁ? 誓ってもいいけど、あたしはこの場所に来るのは初めてだ。まったく見覚えなんかないわよ。 古いテーブルに積み上げられた本の山、壁一面の棚にもびっしり…… うへぇ、見てるだけで息苦しくなるぐらいだぁ。 でもね、 なんとなく、あたしは知っているような気もするのよね。この場所っていうんじゃなくて……そう、匂いみたいなもの。 これとよく似た雰囲気を、あたしはきっと知っている。 そのときは、そんな気がしたんだ。
1
しまったぁ。 まったくセレンって娘はいったいどういうんだろ、あれよあれよという間に勝手に話を進めてねえさんの新しい杖を探しにふっとんじゃったじゃないの。あたしなんか、あまりの展開の早さに目を白黒しているうちにあっさり……。 とはいうものの、セレンがいなくなって、いささか困った状況に、今あたしは陥っていた。 「やだよぉ! なんであたしがそんなことしなきゃいけないのさぁ?」 「そんなこと言ったってねぇ、セレンちゃんが居なくて、店の方も大変なのよ」 「だからって、あたしでなくてもいいじゃんかぁ!」 そうなんだ。あの娘の留守中、下の食堂の手伝いをしろって言うんだよ、このおばさん。よりにもよってこのあたしをだよ。信じられる? 「他に頼める子がいなくて、だからお願いっ!」 「ダメったらダメ!」 そうだよぉ、セレンがしてたみたいなひらひらしたエプロンなんか……、うぁ想像しただけでも悪寒が……。 「がっははははっ、そいつぁ無理ってもんだぜ。セレンちゃんの代わりが咲希ちゃんに勤まるわけないに決まってるさぁ」 むかっ、そりゃ看板娘のセレンのようになんか、無理だし、嫌だけど、他から言われるのって腹が立つじゃない? このオヤジぃ……。 「でもねぇ……」 「そこまで言うんなら……」 あぶないとこだった。売り言葉に買い言葉ってやつで、勢いで引き受けちゃうところだった。そんな無鉄砲を救ってくれたのが、 「ちょっとよろしいかしら?」 「おやぁ? あんた、ミサキちゃんのお客さんの……」 「カーラと申します。お話のところ、お邪魔して申し訳ありません」 品のある丁寧な言葉遣い。それに、そこはかとなく漂ってくる威厳ってやつ? 確かにセレンは可愛いと思うけどさぁ、それとは違って、相当な美人なことは確かだよ、このカーラって人。それに目をつけたのか、 「そ、そうかい? あんたが代わりに手伝ってくれるっていうんなら何の問題もないさぁ、正直、咲希ちゃんじゃ心もとなくて……」 「どああっ、何よなによ、その言いぐさってないじゃんかあっ!」 な、なんか……さっきよりずっと腹が立つ。 しかし、カーラの方もそんな用件じゃなかったようで、 「申し訳ありません。お忙しいのは承知しているのですが、少し神楽さんをお借りしてよろしいでしょうか?」 「へ?」 「ぜひ、手伝っていただきたいことがあるのです」 あたしかよ? いったい何っだって?
2
「本当は、『時計塔の魔女』であるミサキに頼むつもりでいたのよ。でも、ミサキは今あんな状態だしね」 「へぇー、そうだったんだ」 まぁ、ガラにも無いウェイトレスなんかさせられるよりは、ってんであたしはカーラの依頼を引き受けることにした。ねえさんのことは心配だったけど、その点は「こりゃいよいよ臨時休業だあぁあ!」な~んて嘆いていた店のオヤジやおばさんがいてるからいいや。 「あの子、少し変わったわね。大人っぽくなっててびっくりしたわ」 「そう? そういえばカーラさんは、ねえさんのノービス時代を知ってるんだよね」 あたしの知らないねえさんの昔かぁ、興味あるじゃない。 「えぇ、可愛いらしかったわよぉ」 「うんうん」 あたしは大いに頷いた。そうだろそうだろ、あたしだってそう思うぞ。セレンや、このカーラ程じゃないかも知れないけどさぁ、なんか愛嬌があるし。あたしならぜったいねえさんの方がいいや。 そういや、ギルドに入ってから、何度も顔を見せにくるソーマってプリースト。あれってねえさんがお目当てなんだよね。セレンが撃退しちゃうからろくに話もしないで帰っちゃうけどさ、あははっ。 「あたしがマジシャン転職の儀を行うとき、いつも部屋の入り口とかで隠れて見てるの。キラキラ目を輝かせてね。離れていても、それが伝わってくるぐらい……。本当に才能があったのよ、まだノービスだっていうのに、内に魔力の波動が駆け巡っていた」 「ふーん」 魔法のことはよくわかんなかったけど、カーラの話すそれは、懐かしいような羨ましいような、そんな感じだった。 「本当によかった。あの娘がウィザードになれて」 「うん、」 あたしは、そんなちっこい頃から才能の片鱗を見せていたというねえさんが、実は少し誇らしいって感じ。紫遠を見て羨ましいって思ったけど、ねえさんにはそうは思わなかった。 「もし、あのままノービスでいたら……」 へ? 「きっと悲惨なことになっていたと思うわ」 「ちょ、何よ、どういうことぉ?」 悲惨なことって……。不安を掻き立てるようなことをカーラは口走った。 「内なる魔力が収まりつかなくて、身体ごと崩壊してしまったかも……」 「えーっ! そんなに危なかったのぉ? なんで、どうして?」 カーラは、そんな取り乱したあたしを少し不思議そうな目で見た。う、やばいかも。あたしの一家の中での使命は、実は内緒なんだ。誰にも知られないようにしなきゃ。 「セレンって娘といい、あなたといい、変わってるわねぇ。姉妹でもないのに、『ねえさん』って呼ぶし」 「い、いやぁ。なりゆきってヤツでさぁ。今じゃその方がしっくりくるから」 「ふーん、そう? まぁ、そういうことにしておくわ。 最初見たとき、妙にミサキが落ち着いているように感じたのも、あなたたちがいたからかしら。『お姉さん』だもの、しっかりもしてくるわけよね」 「えへへへ、」 そうか、カーラに指摘されるまで気付かなかった。 ねえさんたちと一緒にいて、毎日、あたしは楽しかった。甘えてたんだ、あたし。そりゃ、神楽の家にいたときは、みんな厳しくて、誰も甘えさせてくれなかったし。一家に戻ってきたところで、姉の紫遠は頼りないし、長女の沙希姉貴ときたら、おっかないもんなぁ。 「ほんと、おかしなものね。あの『神楽』の弓手なのに」 ドキッ、な、なんですって! 「ひっ、……神楽を知ってるの?」 「フェイヨンでもっとも古い弓手の一族。有名な弓手を何人も世に送り出したと聞いてるわ。でもあたしの調べたところだと、もうとっくに廃れて、名前に『神楽』を冠する資格のある直系の弓手はもはや存在しないはず」 やっぱり油断ならない、この人。というより、魔法の研究をしてたはずじゃなかったの? どうしてこんなことまで詳しいのよ。 そんな動揺しているあたしを、逆にびっくりしたような目でカーラは見た。 「まさか本物だったの? 弓手の、ひとつの名門ですもの、名前だけ真似てる人も大勢いたから、てっきり……」 「何も変わんないよぉ。古臭いしきたりが残ってるだけだし。あたしはあたしだし」 「そういうものよ。でも、『時計塔の魔女』の代わりにあなたを選んだのは正解だったわね。神楽は神座(かむくら)、巫女の血筋なら、ひょっとしてあたしの目的に何か役に立つかも知れない。まぁ、げんかつぎみたいなものね」 目的って、ただの護衛じゃなかったの? それにしても…… あたしは、後方の原野に累々と横たわるゴブリンの死体の山を眺めて感嘆した。 「楽しいおしゃべりでしたね。息のあったコンビでしたわ」 おしゃべりは別にいいんだけど、しゃべりながら、次々に襲い掛かってくる魔物たちを余裕で片付けちゃった。あたしの弓の攻撃も巧妙に計算して……。 やっぱりこの人、ただものじゃない。
3
「ところでさぁ、まだ目的地には着かないのかよぉ?」 もう、随分と歩き回っている。というか、このエルメスプレートって所。見渡す限りの荒野、ときどき出くわす魔物のしたって、あたしやカーラにしたら、みんな大したことないヤツばっかりだけど、こう何にもないんじゃ、あたしだって疲れたぞ。 「慌てないあわてない。もともと、そう簡単に見つかるとは思ってないもの」 「そうかよぉ、どこだっっけ、その……?」 「キルハイルの別荘?」 「そうそう、その別荘ってやつ」 あたしと違って、まるで疲れた風でもない。この凄腕のセージは、きっと情けない顔をしているに違いない、あたしを見て多少気の毒には思ったようだ。 「そうね、もう遅いし、今夜はここで野営をしましょうか」 「やったぁ、助かったよぉ」 「くすっ、仕方ないわねぇ」 --パチパチ 魔法職と一緒だと火の苦労がいらないのがいいよねぇ、便利べんり。あたしは昼間倒したグランドペコの肉を焚き火にかざして夕食の準備をした。食料には困らないねぇ、ここは。とはいっても旅に出るときに用意した水がちょっと心もとない。明日あたり井戸かオアシスでも見つけないと、干上がってしまうぞ。あたしがそれを指摘しようとしたとき、カーラはすでにそれを察知していたかのように。 「ここから西に進んだところにオアシスがあるわ。明日、そこで水を補給しましょう」 「なんだよ、そんなに詳しい地図があるじゃんか」 考えてみれば変な話だ。カーラが今開いている地図には、地形だけでなくオアシスの場所や旅人が非常用に用意した野営地まで随分と細かいところまで記してあった。 「地図には、その別荘は載ってないの?」 「載ってないわ。このエルメスプレートのどこかにあることは確かなんだけど」 さして困った様子でもない。それが当たり前のことだっていう意味なのかな。 「もう百何十年も前、ジュノーでも指折りのセージがこの地に築いたとされるキルハイルの別荘。そこには古い魔道書や歴史書、今では手に入らない文献などが保管されてると言われているわ」 「へぇ、そうなんだぁ」 「ええ、ジュノーで調べた限り、間違いはないわ。とても巧妙な結界で護られていて、だから今まで誰もたどり着いたことはない。伝説に名高い『エルメスの賢者』がそこで生涯を研究に費やしたと言われているわ」 おいおい、そんな当ても無い話に、あたしは付き合わされてんのか。 「でもさぁ、それってそんなに昔の話なんだろ? もう朽ち果てて残ってない、とか」 あたしの指摘に、カーラは説明するのにちょっと困った顔をして。 「魔法の加護を受けた建物は、そんな100年やそこらで崩れてしまうほどヤワではないのよ。ゲフェンの中央にそびえるゲフェンタワーも、その頃に建てられたものだけど、頑丈そのもの」 「ふーん、まぁ、あんたが言うんならきっとそうなんだろうけどさ。それにしても、それじゃあたしたち、まるで墓荒らしみたいじゃん」 「は、墓荒らしぃ!」 --くすくす 「おかしなことを言うのねぇ、あなた。そうね、それに近いかも」 「でしょでしょ? あはははっ」 墓荒らしでも何でもいいや。もともと魔物の跋扈する今の時代、それぐらいで遠慮してちゃ生きていけない。幽霊の類なんてグラストヘルムやピラミッドに行ったら、ほっといても出会えるわけだし。 そんな他愛もない話をしながらも、ふとカーラはあたしを見て、 「神楽さんは、別荘のことは何も知らなかったの?」 「え、あたし? ぜ~~んぜん、初めて聞いたよ? どして?」 「そうなの? だって、あなたの頭のヘアバンド、それってグランドペコの羽根でしょ? エルメスプレートには詳しいんじゃないかって思ってのに」 カーラは、あたしの頭のヘアバンドを指差してそう言った。逆にあたしは、 「へぇ、これ貰い物だから、材料が何かなんて知らなかったよ」 「あら? 頂いた物だったの?」 「そう、兄貴がさぁ、あたしのハンターへの転職祝いにくれたんだ」 「お兄様?」 「『様』なんてつけるような人じゃないぞ。おっちょこちょいでおかしな兄貴だから。まぁ、優しいけどさ。そうそう、その兄貴もあんたと同じセージなんだよ」 「あら、そうなの? それじゃ、会えばきっと分かるわね」 「ん? 知ってるの?」 「そりゃね。あたしはこれでも長年、ゲフェンでマジシャン転職官をしてましたから。現役の魔法職なら、ほとんどはあたしの手でマジシャンになったはずよ」 「ひゃぁ、それは恐れ入った話だよぉ。そうかそうか、兄貴も姉貴も、み~~んなあんたの世話になったんだぁ。びっくりびっくり」 意外な話に、妙に面白く、あたしはこのとき、カーラが笑いながらも、その目に浮かんだ疑問に気がつかなかった。
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「うあーっ、カーラぁ、これヤバイよ、どこか隠れるところ探さなきゃ」 「そうね、とにかくはぐれないように注意よ」 「わかってるってば」 翌日、やっぱり当てもなくエルメスプレートを彷徨ってるあたしたちは、突然の砂嵐に襲われた。っていっても、砂漠でもないそれは竜巻といった方が正しいのか。砂じゃなくて枯れ枝や飛礫(つぶて)、いたたたっ。 「も~~っ、いい加減にしてくれよぉ!」 吹き荒れる嵐、身軽さが身上のあたしたちハンターとしては、カーラのような魔法職が羽織っている軽い仕立てのローブすら身には付けていない。せいぜい両手の篭手当てで顔を守るのが精一杯だった。 --バシッ 「うあっ!」 「大丈夫? 神楽さん!」 「痛ぁ……」 あたしとしたことが、気をつけていたつもりだったけど、飛んできた放木を避け損ねた。まさか、あんなにでっかいのまでやってくるなんて。 「大変、怪我をしてるじゃないの。手当てしないと……」 幸い両手で庇っていたから、頭に直撃はしなかった。そりゃ、一瞬、クラっときたけど……それでも腕にそれなりの傷は負ったらしく、カーラから見れはかなりの深手に見えたようだ。 フェイヨンの森で、そりゃ人には言えないぐらい厳しい--そう、神楽のオババときたらまるで容赦なかった--修行を積まされたあたしとしては、ポタポタ腕を滴り落ちる血を見ても、「ありゃ、やっちゃった」ぐらいにしか思わなかったんだけどね。 --ピタッ 「え?」 慌ててカーラが駆け寄ってきたところで、驚いたことに急に風が止んだ。 「な、何よいったい、どうなってんのさぁ?」 「これは……」 舞い上がった土ぼこりがおさまっていくにつれて、カーラが見据える方向に、あたしにも見えた。 それは立派な塀に囲まれていて、古い、荘厳な様式の建物だった。 「それじゃ、ここが」 「ついに見つけたわ。100年以上も、来る者を拒み続けた、キルハイルの別荘よ」 「なんでまた突然」 「きっと、さっきの竜巻が、この別荘を護っていた結界だったのね。だから誰もここに近づけなかった。さぁ、行きましょう」 「あ、おい待ってよぉ」 目的地を見つけて、カーラは目の色が変わったように一目散に走り出した。もう、そんな大それた結界を張ってあったんでしょ? 中にどんな仕掛けがしてあるか、わかんないじゃんかぁ、危ないよぉ。 「きゃぁ、すごいすごい。私の予想通りだわ。これなんか『ユミルの奇跡』あのジュノーの地下にあるユミルの心臓の建造に携わった技師の手記よ。ジュノーアカデミーの大図書館にも無いって言われていたのに、こんなのとこに写本が残されていたなんて驚きだわ。それにこれっ……」 あ~あ、てんであたしの注意も聞かないで、一直線に書斎とおぼしき部屋に飛び込んでは、さっきから悲鳴と一緒にあたしにはわけのわかんない講釈をしてくれている。 書斎っていっても、何よこの本の量は? 2階に突き抜けた巨大な空間で、階段が左右に2つ。下も上も本棚でいっぱいだった。1階にはでっかいテーブルもあって、そこも積み上げられた本の山……、よっぽどの本好きだったんだねぇ、その賢者さん。 「でもなんか、変なのよねぇ」 あたしは、そのテーブルの上の本を手にとって、そうつぶやいた。カーラは気がついてないのかなぁ。そんなに昔から放置されてたにしては…… 「思ったより綺麗なのよね、ここ。この本なんか埃もかぶってないし」 そうなのよ。これも魔法の力なのかな、と不思議なことはあんまし深く考えないのがあたしなんだけど、この屋敷に入ってから感じている妙な感覚に、あたしは多少敏感になっていた。 どっかで見たことがあるような気がするんだけどなぁ…… 「見た」というのはちょっと違う。ここと似たような雰囲気を、あたしはどこかで感じた覚えがあるような気がしていた。普段はぜんぜんそうは見えないんだけど、時々、ふとこんな場所が似合いそうな人が、身近に知っているような……うーん、思い出せないなぁ。 そうしながら、あたしはその手に取った本を開いてみた。紫色に染めた皮表紙で、なかなか手触りがいい。古そうな本だけど、中の紙は少しも汚れてなくて、真新しい紙とインクの匂いが漂ってきそうだ。 「どれどれ……え?」
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------- ……部屋のある2Fの廊下からは、吹き抜けの食堂が一望できた。 その手すりから身を乗り出して、 「あたしは神楽! 『神楽咲希』っていうんだ!!」 ・ ・ ------- --バタンッ! な、何なになに! いったいどうしたっていうのよ。あたしは、今までにないほど驚いて、その本を閉じた。 なんでこんな古い本にあたしの名前が出てくるっていうの? それも、この場面って…… あたしは怖くなって、でも手放すこともできずに両手でその本を握り締めた。どうしよ、もう一度開いて確める? いやいや、とてもそんな勇気はなかった。 「どうかしましたの、神楽さん?」 突然の物音と、本を持って震えているあたしを、カーラは奇妙に思ったのね。階段から降りてきて、あたしの方を見た。 「あら? その本……」 「ダメ! あ、いや……」 本に手を伸ばしてきたのを振り払って、あたしは後ろ手に本を隠した。 「この本はその……何でもないから」 変だ、あたし。あんなに怖かったのに、今はこの本を見られちゃいけないって気がして必死だった。中に何が書いてあるのかわかんない。でも何かとても大切なものに違いないんだ。 「ふーん……」 ちょっと細めた瞳が興味の色をたたえていた。美人がそんな目をしたら怖いよ、カーラぁ。 「独り占めはよくないわ、見せなさい」 これは命令。上品で威厳のあるカーラのひと言は、有無を言わせぬ迫力があった。普通なら、抗うのは無理っぽい。この数日、一緒に旅をしてきたけど、明らかにこの熟練のセージの方が強いのはあたしにだって分かる。ましてこの距離じゃ、背中の弓を構える暇もなくやられちゃう。 「だ、ダメだってばぁ」 じり、じり、と近づいてくる彼女に、あたしはどうすることもできずにいた。 「さぁ」 「うあっ!」 --バシッ! 「きゃっ!」 悲鳴? これはあたしじゃない。ということは…… --プスプス…… 目を開いてよく見ると、跳び退ったカーラと、そのさっきまでいた場所の床に今できたばかりの黒い焦げ跡。 「あなた……そう? あなたが『エルメスの賢者』だったのね?」 驚いた風のカーラが見据えるその先は、あたしの後方に向けられていた。どうやらこの別荘の主のご帰還らしい。って100年以上も前の伝説の賢者だって? 「こんどは『賢者』かよ? まったく、今日はよくよく、変な名前で呼ばれる日だなぁ」 この声って……
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振り返ったあたしは目を疑った。まさかこんなところで会うなんて。 「あ、兄貴!」 「エスター=フォイス?」 カーラが名前を呼んだのと、あたしが叫んだのはほぼ同時だった。 「突然で悪かった。何しろ妹の窮地に見えたもんでね。久しぶり、カーラ殿」 エスター=フォイス、あたしの……上から4番目の兄貴がそこにいた。 「おまえも久しぶりだな、咲希」 「う、うん!」 あたしは、一目散にエスタ兄貴の後ろに身を隠した。 「おいおい、いったいどうしたんだ?」 「それが……」 「あらあら、まさかこの人だったなんて、とんでもないお兄様をお持ちなのね、神楽さん」 さっきまでの雰囲気は残したまま、カーラは両手を腰に置いて呆れ顔をつくった。 「妹が世話になったみたいだな」 「それほどでも? でもどうやら今しがた嫌われてしまったみたい」 「ふーん、そうなのか、咲希?」 「いや、その……」 そこであたしに振らないでよぉ。あたしだって訳がわかんないだから。 でも、エスタ兄貴は事情を察したようだ。 「そういうことか……それじゃ仕方ないよなぁ。とりあえず」 いくぶん困った顔をしたようだけど、このとんがり帽子の兄貴はカーラに向き直った。 「不法侵入ってことで、ひとまずここは引き上げてくれないかな?」 --ピクッ こ、これって殺気よねぇ。さっきよりずっと鋭く、それはあたしたちに向けられた。それがふぃっと消える。 「ふぅ、やめとくわ。現役のセージの中でも5本の指に入るといわれるあなたとやり合う気はないから」 「恐れ入ります」 ほっ、助かったぁ。でもでも、あんなに強かったカーラがそんなことを言うなんて。この兄貴って……あたしはこのどちらかというと人の良さそうな、それで今は苦笑いをしているセージの顔をまじまじと見た。。 「まさかここの遺跡がお手つきだったなんて、本当に残念。まぁ、それは仕方ないとして、今度会うときはこうはいかないわよ?」 「できれば、遠慮したいもんだなぁ」 「ふん、とぼけるのがお上手ねぇ。ま、それでもいいわ。それじゃ神楽さん?」 「ひっ?」 「あなたとの旅は楽しかったわよ。またご一緒したいものだわ」 「うあっ、それも遠慮しとくよぉ」 「くすくす、つれないわねぇ。それじゃ、またいずれ」 そう言い残して、カーラは姿を消した。 「やれやれ」 ほっとしたのはあたしだけではなかったようだ。頬を指で掻く仕草をして、何やら思案気だ。 「久しぶりに会ったが、えらい人に見込まれたもんだなぁ、咲希」 「ご、ごめん……」 やっぱり、これはあたしのせいなのかなぁ。でも不可抗力だよ、あんなに怖い人だとは思わなかったもん。 「カーラは先代のマジシャン転職官だ。現役世代のすべての魔法職の魔力と質と知り尽くしている。敵に回すと厄介なことになりそうだ」
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「ねぇ、『エルメスの賢者』って兄貴のことだったの?」 「バカ言うな。知らないぞ、そんなのは。確かにこの別荘は、その名で呼ばれた賢者キルハイルの持ち物だったわけだが」 カーラの去った後、あたしはこの不器用な兄貴の入れたお茶をすすりながら疑問を口にした。 「ふーん、じゃその遺産を今は兄貴が?」 「最初に見つけたのが俺だからな、早いもの勝ち」 「うげっ! それじゃカーラと変わんないじゃんかぁ」 今更、というように兄貴は両手を叩いて驚いた仕草をして見せた。 「ふむ、そういう見方もできるか。気がつかなかった」 「言うわねぇ、セージってみんなこんな風なのかぁ」 「それはでっかい誤解だな、咲希。少なくとも沙希は研究なんかこれっぽっちも興味はないみたいだぞ?」 「それ、全然自慢になんなぁい」 あたしたちは揃って爆笑した。そういや、長女の沙希姉貴もセージだった。カーラとは全然雰囲気が違うけどさ。あ、いや、別の意味で怖いか、あの人。 「ところで、どうやってこの場所がわかった? そう簡単にはあの結界は抜けられないはずだが?」 「うーん、よくわかんない」 あたしは、カーラから受けた依頼と、ここにたどり着くまでの経緯を説明した。話を聞くと、兄貴は頭のとんがり帽子を被りなおして、 「なるほど、迂闊だった。一家の血に反応したか、まさかお前を引き連れてくるやつが居るとは思わなかったからな」 エスタ兄貴が施した結界は、同じ一家の者だけに反応して道を開くようにできていたらしかった。それでいきなり竜巻が消えたのかぁ。 「しかし、次はもう少し強力な結界にしないとな。この別荘はそうそう開かれていい場所じゃないからな」 「そうなの?」 「古いジュノーの知識の、それも秘められた部分の多くが保管されている。公になれば、歴史が吹っ飛びかねない。今は友好的な共和国とミッドガルドとの関係も微妙になるだろうしな」 「うあぁ、おっかないおっかない」 話のほとんどは意味不明だったけど、さほど深刻そうな風には話さないのよね、この兄貴は。 「それでさ、この本」 あたしは、さっき手にした不思議な本のことを指して尋ねた。 「読んだのか?」 「あ、ごめん……」 きっとそれが元凶だったに違いない。あたしは大変なヘマをしたに違いないんだ。兄貴も、困った表情をしている。 「まあいい。この本は特別だからな。開く資格のある者が、その必要のある時にしか開くことはできない。お前が開いたのなら、その必要があったからに違いないのだし」 「何だよ、そんなおかしな本、聞いたことないよ」 「そうだな、調べたかぎり、たった4冊が作られ、居所がわかっているのはそのうちの3冊だけ。まあ、不思議な本さ。しかし、俺たちにとっては、おそらく命より大切な代物だ。よく護ってくれた、咲希」 「え、あの……」 誉められた? そうなの? 「この本の題名は『The NIght Tail Story』という」 「?」 「『Night Tail』というのは、俺たち一家の始祖の名前さ」
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「兄貴たちは元気だったか?」 もう誰も入れないよう、結界を張りなおすとかで、あたしもアルデバランに帰らされることになった。不思議な体験をしたばかりで、あたしとしてはもう少しこの気さくな兄貴の話を聞いていたかったんだけど、そうもいかないらしい。 「相変わらずだよ。エスタ兄貴がもう何ヶ月も帰ってこないって、心配してたよ?」 「そうかそうか、そのうちプロンティアにも顔を出すさ」 持ち出す本を選びながら、兄貴はふと気がついたように、あたしを呼んだ。 「今は美咲のところに居るんだったな」 「へっ? どうして知ってるの? プロンティアの兄貴たちしか知らないはずだよ」 「当たりか、まぁそんなところだろうと思った」 「エスタ兄貴、なんでもお見通しなんだねぇ」 「これでも『賢者』だからな」 「うあぁ、よく言うよ」 「あはははっ、それじゃ、手ぶらじゃ何だから、土産でももって帰るか?」 「土産?」 そう言って、兄貴は古い箱から取り出したものは、ちょっと意外なものだった。 「何これ……リボン?」 手渡されたのは、けっこう長い、真紅のリボンだった。何よこれ、あたしにこのリボンでもつけろっていうの? ぜ~~たい、似合わないぞ! 「耐魔の聖糸が織り込んである。ちょっとしたもんだぞ?」 「これを、どうしろって言うのさぁ?」 似合わないって分かってるけど、兄貴がつけろって言うなら、うーん…… 「『監獄の妖精』によろしく言っておいてくれ。頑張ったからな、ご褒美ってやつだ」 監獄の妖精? また訳のわかんないこと言ってるよ、この人。 エピローグ 「うあわぁ、それってカリオンの杖じゃん。どうしたのさぁ、それ!」 揚々とアルデバランの宿に帰ってきたあたしは、それを見て思わず叫んでしまった。 「カリオン? 咲希ちゃん、この杖の名前、知ってるの?」 きょとんとしてあたしを見つめる瞳が4つ。あちゃ、まずったかなぁ。でも間違いない。宝玉の両側に羽根の装飾、ずっと前にエスタ兄貴が手にしてた杖だ。いったいどうしてそれが姉さんのところにあるんだろ? 「うーんと、前に同じのを見たことがあるってだけ」 「ふーん、そうなの?」 「うんうん、それだけ」 「セレンが手に入れてきてくれたのよ」 納得した風のミサキねえさんとは違って、セレンの方はまだ何か言いたそうだった。そっか、杖があるってことはこの娘……。 「咲希ちゃん、ちょっと……わっ」 そう言いかけたセレンをあたしは後ろから両手で抱きすくめた。エスタ兄貴の言ってたことってこれかぁ。 「ねぇねぇ、セレン。あんた『監獄の妖精』って知ってる?」 --ビクッ 「し……知らないわねぇ。な、何のことかしら?」 とぼけてるとぼけてる。ははーん、そいうことかぁ。 「あんたにお土産よ、とんがり帽子のセージさんから」 「な、なんですって?」 「ほらっ」 あたしは例の真紅のリボンを手渡した。 「うわぁあっ、綺麗なリボン、すごーい、ありがとぉーっ」 ふふん、これで誤魔化せた。何だかんだ言っても、単純なんだから、この娘。 「あらまぁ、よかったわね、セレン。でも誰から? お知り合い?」 「へっ? あの……ちょっと修行中に、うん……」 こんどはセレンが困る番、いい気味。でも、そんな光景を見ながら、あたしはハタと気がついた。 セレンには耐魔のリボンをあげたのに、あたしには何にも無いじゃん。ねえさんにしたって、大事なカリオンの杖を譲ったわけだし。 ちょっと、兄貴、それってないんじゃない? 今度会ったら、あたしも何かおねだりしてやろ、うん。 了 「あとがき」 今回のお話は、前作「おてんば妖精と伝説の杖」とは時を同じくして、神楽の咲希ちゃんが遭遇した冒険のお話です。そして両方に登場したカーラ、それからエスター。おてんば妖精ではあえてさらりと流したエンディングの補足も兼ねてます。 またまた元気な咲希ちゃん登場ですが、この後物語の中心にどっかりと居座ることになるカーラとのからみが、今後のストーリーの展開を占ううえで、重要なエピソードともいえるでしょう。「敵にまわすと厄介な」カーラには、しっかり敵にまわってもらいましょう。(笑) 「裏話」 ゲーム上での私のキャラの何人かには、すでに定番装備というのが定まっています。せめて装備ぐらいで変化をつけないと、みんなおんなじ顔ですから(笑) 特徴的なのがシニョンキャップにツインリボンの美咲、とんがり羽耳のエスター、大鈴の沙希といったところでしょう。趣味装備ともいい、半分実用でもある、なかなかのコーディネートだと自負しているところです。 そして妖精たるセレンにはご存知のとおり「かわいいリボン」があったわけですね。どうやってリボンを手に入れたかについて、強引にそのエピソードを組み入れてみました。 と、同時に、実際彼女らの趣味装備の大半が、エスター自身がその発光までの間に稼ぎ出したという事実もまた、暗に物語っていたりもするわけです。苦労人ですねぇ、エスターも。(笑) |
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