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TOP>小説おき場>The Night Tail Story>ウチらの卒業試験

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【ウチらの卒業試験】
 赤毛大鈴関西弁と、抜群の存在感をもって、一部では非常(識?)なほどの人気を誇るのが、一家の長女たる「魅魔沙希」。
 めずらしく、今回は彼女のセージへの転職のエピソードをご紹介いたします。


ウチらの卒業試験

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    プロローグ

 その男は、その時はまるで軽い気持ちであったに違いない。
 しかし、根が正直で、さらには周囲の反応にまるで無頓着であったことが、その日の彼にある種の不幸--それは持続しないものであったことが幸いではなるのだが--を招き入れることとなった。

「ねぇ、そこの君? かあいいね」

 ほんの軽い気持ちで声をかける輩は、実はどの都市であっても珍しい代物ではない。とりわけ、共和国の首都であり、魔法に関しての研究の都として名高いジュノーは、その性格上街の往来のかなりを、まだ歳若い学徒が占める。浮ついた機運も、それを否定することは不適当と思われた。

 プリーストであるその男はまだ若く、たまたまジュノーに立ち寄っただけの旅行者であったと思われる。そうでなければ、よもやこんな事態には陥らなかったであろう。

 偶然目に入ったのが、おそらくは彼が今まで会った中でもとびきりの美少女であったことは誰も否定はしない。

「よかったら俺と付き合わないか?」

 最初はきょとんとした表情、それは二人連れの一方、まだあどけなさの残るローグ娘だった。しかし、彼が目当てとしたのはもう一方、このジュノーにあっては、十中八九セージを目指して魔法アカデミーに在籍すると思われるマジシャンであった。

 その赤毛の長髪に両の大鈴を翻し、振り向いたその仕草、猫のように強く、印象的な瞳に、男が自分の見立てに間違いが無かったことを確信する。しかし、その瞬間確かに存在した周囲の「ぎょっ!」という注目の視線には、まるで気付かなかった。

「ええで。ただし……

 そう、相手が悪かった。

「ウチと勝負して勝ったらな」



《TOP:《BACK:-[0]-1-2-3-4-:NEXT》:LAST》

    1

--ガラガラガラっ!

「うぉっ! 痛、たたたっ!」

 突然、頭上から大量の石を頭に受け、決して豊かとはいえない頭髪の持ち主は悲鳴混じりに両手で頭を庇った。

「くぉら~~~っ! な、何をするんじゃっ!」

 たまりかねた怒声の主は、ジュノーアカデミーでも権威ある魔法研究担当のジョルダ教授だった。

「どぉわははははっ! どや、課題どおりの石30個や。これで文句ないやろっ!
 ほなら、今日は終わりやな、次の課題用意しとってや!」

「ま、待たんか、こらっ!」

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 脱兎……

 高笑いとともに、研究室を逃げ出した若いマジシャンの娘を止める老教授の声も遠くなり、いつの間にかそのマジシャンの隣を並走してローグの娘が姿を表した。

「あははっ、おもろかったのぉ! 石用意してくれておおきにやで、ライカはん」
「おやすい御用だよ、沙希ちゃん。でも……よかったの? 先生にあんなことして……

 アカデミーでの課題に、シーフ系のスキルで手に入る石を30個用意してくるように言われ、その手助けをしたのは、このライカではあった。それが、まさかあんなことまでさせられるとは思いもよらなかったわけだが。

「かまへん、かまへん。大体が『魔法研究』の課題に、なんで『石』を集めてこなあかんねん。訳わからへんやん? そこからして間違うとるわ。ええ気味やっ!」

「そ……、そだねぇ。やっぱり沙希ちゃんすごいやっ!」

 一抹の不安を感じつつも、出会って間もないとはいえ、ライカはすっかりこの豪気な赤毛のマジシャンの崇拝者であった。


 最初の出会いはアルデバランであった。場違いにも迷い込んでしまった時計塔で、まだまだ未熟で、襲ってくるカビと必死で戦っているところを、周囲が物珍しそうに嘲笑する中、通り合わせたこの大鈴のマジシャンだけが応援し、しかし手助けするわけではなく見守ってくれた。

「よぉ頑張ったのぉ!」

 と、なんとか倒した後に、ヒールで回復してくれながら一緒に喜んでくれたことが、彼女にとっての人生の転機となった。
 以来、ことあるごとに行動を共にし、時には無謀ともいえる冒険にも飛び込んだりもしたものだ。

 その沙希が、セージを志すというので、ジュノーに赴くことになった時も、周囲の反対を押し切って一緒について来た。
 右も左も分からない見知らぬ都市の中ではあったが、沙希と居ると退屈しようもなく、いつしかこの奇妙なコンビは、ジュノーでも知らぬ者のない存在となっていた。

 もちろん、それが大手を振って賞賛されるべき類のものであるとは限らないのではあるが……



    2

「うぎゃ~~っ!!!!!」

 穴よ穿て、とばかりにその不条理なまでに高いハイヒールが若いプリーストの顔面に炸裂した。
 むろん、意志を持たぬただの無機物であるところのライトパープルのハイヒールがかような単独犯行に及ぶはずもなく、白くしなやかな右ふくらはぎが共犯者として第一に上げられよう。もっとも、当のふくらはぎは悪びれもせず、自分に強靭な遠心力をもたらした肉感余りあるその太股にその罪を押し付けようと画策するだろうが。

(注 これは同じ作者の手による某物語中の一説ではあるが、この場面の鮮烈な光景を適切に表現するためにあえて掲載した)


--ゴロゴロゴロ……

 見事な吹っ飛び方に、それを見守る黒山の人盛りには生唾を飲み込むための一瞬の静寂をもたらした。

「やったぁーっ、かっこいいぃ!」
「ふん、とぉ~~ぜんやっ!」

 駆け寄るローグ娘に、親指を立てて応える姿は、凛々しくもあり悠然としたものであった。しかし、その得意げな笑顔はまた見るものを魅了して止まないほど魅力的であったことも確かだ。そんなアンバランスな言動と、そして容貌とが、奇妙にも街の住民たちにとっては爽快さをもって迎えられ、過程はともかく、多くの人々の人気を集めるものとなっていた。

「うぉーっ、これで何回目だぁ?」
「呆れるほどスカっとしたよぉ。ありがとうよ!」

「がははははっ、せやろせやろっ!」

 彼女らを取り巻く人の群と同時に、悲惨にも支柱に打ち付けられて目を回しているプリーストにも、なおいく人かの人々が駆け寄っていた。

「まあまぁ、あの娘に言い寄るとは、おたくも豪気なもんだ。誉めてやるぞ」

 これもまた賞賛と言えなくも無い。

「めったにないいい経験をしたろ、よかったな、にいちゃん!」

 慰めているのか、追い討ちをかけられているのか分からない。

 いずれにせよ、この不幸(ということでいいか)なプリーストは、これまで彼が培ってきた「美少女=可憐」という人間観を綺麗さっぱり解消させざるを得なくなり、この後数年に渡って婦女子との挨拶程度の会話すら不可能になるという事態に見舞われたわけだが、その功罪については、この物語の中で多少なりとも関知することは、たとえ数万の行数を付け加えたとしても、一切まったく天地がひっくり返ったとしてもあり得ないということを、ここで明記しておく。さらば、名も無きプリーストよ。ル~ルルル~~♪

 ともあれ、久しぶり(?)の祭りのような喧騒を、遠めに訝しむ視線の持ち主がここにいた。

「何事です、あれは?」
「はい! えと……あれは」

 その疑問を口にしたのは、頭にティアラを冠し、腰まで届く長い紅髪のマジシャンであった。理知的な瞳は、その物腰以上にそれが裏づけのある自信と、また高貴さを印象付ける。そしてその落ち着いた雰囲気で、先ほどの大鈴の持ち主とは方向性において異なるものの、彼女もまた、それと比べて遜色の無いほどの美貌の持ち主でもあった。
 その彼女を取り巻くのもまたマジシャンたちで、同様に魔法アカデミーの生徒の一群であることは明らかだった。

「この辺りでは有名な娘ですよ。ああやって勝負を持ちかけては叩き伏せてるんです。確かに美人だけど、あの性格でしょ? 今ではあのプリーストみたいによそ者でもなければ彼女に言い寄るようなバカは居ないですよ」

「それも、マジシャンのくせに魔法も使わないんですよ。たとえ相手がスキルを使ってきても、いつもあんなふうに殴る蹴る。いったい、どうしてあんな娘があたしたちと同じアカデミーに通っているのか、まるで理解できません」

 どうやら、万人から評価を得る存在というわけではなかったらしい。一方ではこの無法なマジシャンを快くは思っていない者も、決して少なくはなかった。

「そうかしら……
「え?」

--ビクッ……

 そう口にし、切れ長の瞳に興味深そうな光をたたえたそれを、周囲は気を削がれたように見つめた。

「魔力の質も大きさも段違いだわ、あの娘……


    3

(とっくにウィザードにでもなってると思ってたのに……あの娘)

 そんな疑問が頭から離れず、目前の教授の話もなかば上の空で聞いていた。

 とはいっても、当の教授にしても、その気配に気付いていながら何も指摘できずにいた。そのはずで、すでに目の前の生徒であるカーラの知識はこのアカデミーの多くの学生のそれをはるかに凌駕ししていた。そのために教授自ら個別指導に当たっていたわけでもあるが、たとえ上の空であっても、意地悪く質問で諌めようとしたとたん、完璧な回答とともに、逆襲にも似た質問の嵐に晒されることが、すでにどの教科であっても明らかなことが、実績によって証明されていた。

 実際、彼女が今アカデミーの生徒として席を置いているのは、手続き上の必要性だけで、数日前にアカデミーに入学したと同時に彼女にとって煩雑なだけの単位の取得はすべて免除され、異例の跳び級の結果、明後日に迫った卒業試験によってセージへの転職が約束されていたのだ。

「魅魔……沙希、ご存知ですね、ライルリース教授?」

--ぴくっ

 講義とはまるで関係のない、それはまたおよそ考えうる限り、この優等生からの質問とは思えないほどかけ離れた内容のように思えた。

「あ、う……む、知ってはいる……いや、知らぬ者とてないじゃろうな、様々な意味で名前はこのアカデミー中に知れ渡っておる」

(さては、既に何か粗相でもしでかしたか、あの問題児)

 そんな懸念が頭をよぎった。もちろん、目の前の才女への気遣いがそう思わせた。アカデミーの歴史を振り返ってみても、前例のないほどの短期間でのセージへの転職を果たそうかというこの娘もまた、いくつかの理由で教授たちにとっては頭痛の種であった。
 その天才は無論のこと、前代のマジシャン転職官でもあるカーラは、当然のことながらミッドガルドは魔都ゲフェンの後ろ盾を得、同時に実力においても並のマジシャンと比べるべくもない。
 このジュノーにて新しいセージとしてカーラを擁することは、ある種誉れでもあるわけだが、同時に気の抜けない存在を懐に招き入れる危険をはらんでいた。最重要であり、加えて要注意人物でもあったのだ。

(大体が、ゲフェンの秘蔵っ子なら順当にウィザードにでもなればいいものを)

 アカデミーの大方の教授たちの、それが共通見解であった。

「わたしの記憶によれば、彼女がマジシャンになったのは、もう随分前のことだったはずですが、未だに一次職のままでいたことが不思議でしたもので」

「むぅ……

 どう答えていいものやら。このとき、カーラとしては他意はなく、言葉どおりの疑問を口にしただけであったが、先ほどの理由でいらぬ勘繰りをしていたライルリースは言葉を濁した。

「さてのぉ、アカデミーに入学した時には既に魔力は充実しておった。修行を怠っておったわけでもあるまいが……

「それは、わたしも感じたことですわ。とっくに二次職になっていてもおかしくないぐらい……

(そう、まるであの娘みたい)

 今度はカーラの方が言葉を飲み込んだ。器たるその身には不相応な高い魔力の相……、そんな事例に実はカーラこそ心当たりがあった。と同時に、多少は自嘲してみる。

(長くマジシャンで過ごし過ぎた……わたしも他人のことは言えないわね)

 そう考えてみれば、別段不思議がることはない。ただ、転職官としての使命に殉じた自分とはまた違う理由があるのだろうが……

「ともあれ、あれは問題が多くてな。なんとかアカデミー卒業間際までこぎつけたが、簡単にセージとして世に輩出していいものかどうか。ケルソス教授あたりは、最後の試験の選定にあたって、何やら思うところがあるらしい」

「まぁ、そうなんですか」

(到底達成不可能なほど困難な課題を与えて、頭を打たせるつもり、ということね。ふーん、面白いわね)

 端整な顔立ちが、興味深そうに笑みへと様相を変え、同時にそれは自らの思いつきに満足したかのように加速した。

「そういうことならライルリース教授、わたしからひとつお願いがございます」

「ふむ?」




    4


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「ねえ沙希ちゃん、本当に付いて行っちゃダメ?」
「仕方ないやろ、これはウチの試験なんやさかい」
「う゛~~~」

 不満顔のローグ娘を諌めつつ自らも苦笑してみる。沙希はこの日、セージへの転職のための最後の試験に赴くことになった。その内容は、あえてライカには明かさず、大した試験でもないのですぐ帰ってこれることだけを約束したものだ。

(さすがに危険やからのぉ)

 もちろん、危険どころではない。ましてただの一次職であるマジシャンに課せられるべき内容ではなかったのだが。

(あの狸じじいども、嫌がらせもここまでしよるとはのぉ、ぶっとび過ぎてかえって可笑しいわ)

「ほなら、ちょいと行ってくるわ、おとなしゅう待っとるんやで」
「うん、ガンバだよ、沙希ちゃん」
「まかせとかんかいっ!」


 そう言ってジュノーを後にし、いったんは馴染みであるアルデバランに赴いた沙希は、ここで自分の目を疑うこととなった。

「なんや? なんであんさんがここにおるんや?」
「そんなに驚くことはないでしょう? マジシャンがアルデバランに居て何の不思議があるというのかしら?」

(言いよるのぉ、どう見ても待ち伏せしとったとしか思えんような登場の仕方しよってからに)

 アカデミーで何度か姿は見かけたことはある。鳴り物入りで入学してきた元ゲフェンのマジシャン転職官のカーラのことは、沙希であっても自然、見聞きしないでもなかった。
 この天才が、いったい何の用があって沙希の前に現れたというのか?

「せやな、不思議でも何でもないわ、せいぜい筋肉時計とでも遊んどくんやな。あんさんなら楽勝やろ?」
「ずいぶんと意地悪なことを言うのね、あなた? いまさら時計の魔物なんかを相手にするわけがないことぐらい、あなただって分かってるでしょうに」
「ふん、どうでもええことや。あいにくと、ウチはあんさんなんかと関わっとる暇はないからのぉ、放っといてんか?」

 沙希とて、自分のアカデミーでの立場は理解していた。何かと理由をつけて嫌がらせの類を仕掛けられたことだってある。そのことごとくを軽くあしらってきたものだ。何より、自分自身に絶対の自信を宿した我侭娘だと自他共に認めている。小物の労する些事に真剣に取り合うようなことでもなかった。
 しかし、相手がこのカーラとなれば、そうも言ってられないであろうことは彼女にも容易に想像できた。アカデミーから見れば、やっかいな落ちこぼれに過ぎない自分に関わりを持とうなどという輩には見えなかったのだが。

「そういう訳にもいかないのよ」
「さよかぁ……かなわんのぉ」

(厄介ごとはごめんやで……

 自分自身のことは遥か遠くの棚の上に放り上げるのが、沙希という娘の性分でもあった。


「あたしにも同じ課題が与えられたのよね」

(はてさて、こいつは何の冗談や?)

 同じ最終試験だから協力しましょうと言ったカーラを、沙希はあからさまに拒絶はしないことで、つまり沈黙をもって了承することになる。


    5

(ここやなっ)

 グラストヘイムに足を踏み入れるのは、沙希にとってはまったくの初めてという訳ではなかった。それでも、比較的マジシャンのスキルでも対処しやすいモンスターが出るといわれている場所に限っており、騎士団へは初めてだった。もっとも、沙希ですら頭の上がらない彼女の兄たちがさすがに許してくれなかったというのが一番の理由ではあったのだが。

「本気で入るつもりなの?」
「いまさら何を言うとるんや。入るに決まっとるやろ」

 はからずも同行することとなった傍らのカーラの言い様は、心配するというものではことさらなく、むしろ興味津々といったところだった。そして、その返事をまるっきり疑っていない。

「何が目的でこんな手の込んだ仕掛けをしたんかは知らんけど、あんさんもここいらで帰ったらどうなんや?」
「冗談でしょう?」

 そのカーラの返事もまた、沙希は疑ってはいなかった。天才と噂の高い元転職官は、見た目通りのプライドだけは確かなようだ。同じ条件の沙希が入るというのに、自分からは決して、まるで逃げ出たかのような選択をするはずがない。

 奇妙な一致……

 その性格に反して、両者は互いの在り様を驚くほど正確に把握していた。


「火炎顕(あきら)かにして壁と為せ! ファイヤーウォール!」

 詠唱する声、それ自体にも力強さを感じられる。それはいまだマジシャンとはいえ十二分に実戦を潜り抜けた経験に裏付けられた自信に満ちたものだった。

 しかし、その短い詠唱の終わるよりも先に投げかけられたそれは、沙希の口から発せられたのではない、いま一方によるものだ。

「雷鳴纏(まと)いし虚空の刃、彼の敵を屠る真空の矢となりて顕現せよ、ライトニングボルト!」

 物陰から突然現れては尋常ならざる疾さで迫り来たのは、騎士団を守る亡者の鎧、レイドリックだった。寸瞬の間も置かず火壁で牽制した沙希の、それとほぼ同時に追撃の魔法を打ち込んだカーラ……

--ガシャン、ガラガラ……

(こいつ……

 予め打ち合わせをしていたわけではない。沙希が行うであろう行動を、さも当たり前のように予測した上で、必要十分な攻撃魔法を行使してみせたカーラの力量に、ある程度は予想していたものの、いや予想以上ですらあったことに沙希は驚いた。

「やるやんか?」
「これぐらいはね」

 当代に1人しか就くことを許されぬというマジシャン転職官を長年勤めていたというが、それだけに魔力の大きさは疑いはしなかった。しかし、逆に実戦経験には乏しいと思われるのが普通だろう。
 事実、最初はそうであったのかも知れないが、常に同じマジシャンでも上位の存在として尊敬を集めることを余儀なくされたカーラが、そう、そのプライドがそれを良しとはしまい。

(相当激しい修行でもやりおったか?)



    6

「いたわよ……
「せやなっ」

 声を潜めたカーラの呼びかけに、同じく沙希が短く答えた。

(まったく、やっかいな試験をよこしおって……

 レイドリックやレイドアーチャーの相手も早々に、騎士団は2Fに赴いたところで、本来の目的に遭遇することになった。
 厚みのない躯体は、空間を捻じ曲げる不可思議な魔法によるものと目される。普段は我が物顔に騎士団を浮遊しているだけ、と聞いているが。

「やれそう?」
「行くしかないやろ? こいつらからハイヒールをせしめてこいっちゅうのがウチらの卒業試験やからのぉ」
「まったくよねぇ、よほど嫌われているのね、あなた」

 普通なら、マジシャンが相手をするには辛すぎる相手ではあった。

「同じ試験もらったくせに何言ってるんやっ! いくでっ! 雷鳴纏いし虚空の刃……
「わっ、いきなり!」

 打ち合わせもなく雷矢の詠唱を始めた沙希の先走りに、多少は慌てたものの、

「火炎顕かにして壁と為せ! ファイヤーウォール!」

 魔法の詠唱を察知してこちらに襲い掛かってくるジョーカーを牽制してカーラが火壁を出現させた。多少は戸惑ったものの、あろうことかその火壁をすり抜けて沙希に迫る。

「なんですって!」

--ピシャー……

 沙希のに放ったライトニングボルトがジョーカーを襲うものの、それだけでは倒しきれなかったようだ。

「そうくるかや? ほなら……寂なる氷塊の験(しるし)、フロストダイバー!」

--ビキーッ!

 今にも沙希に襲い掛かる寸前、ジョーカーは氷結の魔法によって凍りついた。それを確認し、カーラがとどめの魔法を詠唱する。

「雷鳴纏いし虚空の刃、彼の敵を屠る真空の矢となりて顕現せよ、ライトニングボルト!」

--バリバリバリッ
--ギシャーッ

「どやっ?」

 悶絶する魔物に勝ち誇る沙希だが、

「いきなり打ち合わせもなく攻撃しないでよ。慌てるじゃないの!」
「なんとかなったやろ? ええやんか(けらけら)」

「まったくもう……

 かといって、そう強く追求することをカーラは控えた。ジョーカーを相手にするにあたって、もっとも注意すべきところは、自ら変化させてくる属性への対処だった。火壁をすり抜けてきた先ほどのジョーカーの属性はおそらくは『火』……氷結の魔法を打ち込んだ沙希の対処は正しかった。

(たしか、ペーパーテストの結果は最低だって聞いてたけど、いったい、どうゆうことかしら?)

 疑念よりは、むしろ興味深い……

「よっしゃっ! 1つめゲットやっ」

 ほどなく、倒れたジョーカーから剥ぎ取るようにして課題であったハイヒールを奪い取る。

「って、何履いてるのよっ!」
「せっかくやし、使えるもんは使わんとな。どやっ? 似合うか?」

「はいはい……」(この娘は……


    7


「ほなら、もう1匹行こかぁ!」
「え? ハイヒールはもう手に入れたじゃない、課題はクリアでしょ?」

「何言うとるんや! これはウチの分。カーラのがまだやないか!」
「あ、あたしはいいわよっ」

 しかし沙希は許さなかった。


「ファイヤーウォール!」
「ファイヤーボルトッ!」

 目的はジョーカーのみとはいえ、他の魔物と遭遇せずに索敵を続けることは難しく、たかだかマジシャンでしかない二人にとって気の抜ける状況ではもちろんなかった。
 恐ろしいほどの疾さで迫るレイドリックや、遠距離から執拗な攻撃を仕掛けてくるレイドリックアーチャーへの対処に油断は許されなかったのだ。

 しかし、はからずもこの二人の連携はうまくかみ合い、これまで難なくとは言わないまでも、驚くほどの長い時間、この騎士団での滞在を可能にしていた。
 同じマジシャン同士でペアを組むのは通常ではあまりよい連携は難しいとされている。普通は支援系のスキルを備えたアコライトやその上位職であるプリーストなどと組むものだ。そうでなくても、互いに異なる役割を担う近接職とのペアの方がずっとやりやすいものなのだ。

(なんて勘のいい……

 カーラが興味をもった沙希に対する評価は、要約するとそうなる。先ほどのジョーカーへの対処もそうであったが、知識として理解するよりも、ずっと簡単に、そう心の奥底で掴んでいるかのように的確に魔法を駆使できる。それでいて魔力は本物だった。「天才」という言葉はこの娘にこそ相応しいのだろう。
 だからそこ興味をもったのだ。ジュノーではほとんど魔法を使わずにいた赤毛のマジシャンに。

 逆に沙希の方でのカーラの評はいささか単純なものだった。

(なるほど、天才やな。上手すぎるわ)

 今、二人の連携が可能なのは、互いの実力が近く、相手の動きがまるで自分であるかのように見えているからに他ならない。火壁を挟んでの射線の取り方、魔法のタイミング……。おおよそは先行する沙希にカーラが合わせ、そしてその追撃の在り様を沙希は信頼していた。


「ねぇ、聞いていい?」
「ん、なんや?」

 いくつかの敵を打ち倒し、勝ち誇る沙希に向かってカーラは問いかけた。

「どうしてウィザードじゃなくてセージに転職しようとしているの? 同じ魔法職でも、あたしの見立てでは、あなたはウィザード向きだと思うんだけど?」

「はぁ? ええやん、そんなんウチの勝手やろ? それ言うんやったら、生粋のゲフェン子のカーラはどうなんや? あんさんこそウィザードにならへんなんだら周りがうるさいやろうに」
「あたしは魔法の研究のため、ちゃんとした理由よ。魔法職には、自分に見合った役割があるものよ。自分で意識してなくても、あなたほどの力があれば……

「役割かや? それこそ……ん、話は終わりやっ」

 ほどなく、彼女らは2匹目のジョーカーと対峙する。

「これでしまいやな」
「ええ、早く終わらせましょう」

「もちろんやっ。ライトニング……
「ファイヤーウォール!」

 最初と同じ連携でジョーカーに攻撃をはじめる。今では沙希が敢えて火壁とは異なる属性である雷矢を仕掛けたことも自明の内だった。

 しかし、

「いけないっ!」

 カーラは驚愕の悲鳴を上げることとなった。最初の雷矢はもとより、火壁も、またその後の氷結ですらジョーカーに対してまったくダメージを与えた風ではなく、相も変わらず突進してきた。

「わかっとる、聖属性やな!」

 マジシャンの使う4大属性魔法および念属性魔法すべてを無効にする聖属性を帯びたジョーカーには、いかな才能豊かなマジシャンであっても為すすべもない。

「逃げるわよ、早くっ!」
「冗談やないっ!」
「!」

 カーラの指示を無視し、沙希は杖を両手に構えてジョーカーに殴りかかった。

「この骸骨の杖なら不死属性や。殴り倒すんやったら文句ないやろっ!」
「ば、バカ!」

 到底魔法使いとは思えない。いや、それはジュノーで初めて見たときの印象ではあったわけだが、ジョーカーほどの高位の魔物に正面からぶつかるのは、カーラとて我が目を疑わざるを得ない光景だった。

--バシッ!

「うあーっ!」

 しかし、その大きさに比してジョーカーは素早く、沙希の攻撃は無常にも空を切るばかり。逆に体当たりで吹き飛ばされてしまった。

「い、いったいのぉ! やっぱり無理かや」
「わかってるなら無茶しないでっ!」

--クァーッ!

(や、やばいっ!)



    8

(しゃあない、ここは逃げるか)

 そう見切りをつけ、テレポートで緊急回避しようとしたそのとき、

「アイスウォール!」

--ピキーッ!

 突然の詠唱とともに出現した氷壁によって、今にも二人のマジシャンに襲いかかろうとしたジョーカーが行く手を遮られ、また続けざまの氷壁によって身動きを封じた。

「アイスウゥール? いったい誰が?」

 しかし、沙希にはどうやらその突然の救援の主に心当たりがあるようだった。

「いっつも、ええとこで現れるのぉ」

「聞き覚えのある声がすると思ったら、いったいこんなところで何やってるんだ、沙希?」

「!」

 その声は、二人の真後ろからのものだった。振り向いたカーラは、目に驚きの色を見せながらも、それを声に表すことはなかった。

(ハイウィザード!)

「騎士団やさかいな、おるとは思うとったわ」

「リオン=マクミラン? 転生されたとは聞いてましたわ」
「知っとったんかいな。カーラは有名人やさかいええとして、なんやつまらん」

「高位のウィザードでも、転生まで果たしたのは僅かに数人。あたしが知らないわけはないわ」
「妹が迷惑をかけてたみたいだな。申し訳ない」

「いえ、そうでもございませんわ」

 転生上位職への礼に従い、深々と頭を下げたカーラをよそに、

「まあええわ、さぁ今のうちやっ!」
「ちょ、ちょっとぉ。沙希さん?」

 ずかずかと氷壁に閉じ込められたジョーカーに向かって沙希はまくし立てた。

「どやぁっ! 観念してさっさとハイヒールよこさんかいっ! 大人しゅう言うこと聞かへんなんだら……そやな、よだれが止まらんようなるまでくすぐったるか!」

……や、やっぱり迷惑かけてただろ?」
「いえ、あの……(汗)」



「ほぉ、卒業試験にジョーカーのハイヒールか、えらく大変な課題を出すもんだな。そんなにセージの転職は難しいのか?」

 事情を話すカーラに、リオンは半分あきれたように応えた。

「まぁ、ウチらは特別や。普通の試験じゃつまらんからのぉ」
「よく言うわねぇ、それこそ逃げ出すところだったのに」

「がははははっ、まあ結果的にハイヒールも手に入れたんや。他はどうでもええやろ。さぁ、さっそく……
「うぁっ! ちょっと沙希さん! 何を。あーっ!」

「言うたやろっ、このハイヒールはあんさんのやっ! 大人しゅう履いてもらうでっ!」
「突然何をっ!」

--ドサ! バタバタ……

 嫌がるカーラを組み伏せ、沙希は無理やり手に入れたばかりのハイヒールを履かせた。

「ひ、ひどいことするわねぇ……

「だははははっ!」


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    9

「あなたがウィザードにならない理由が分かったような気がするわ」

 ジュノーに戻り、ライルリース教授に報告を済ませると、カーラは沙希と別れる前に話しかけた。

「身内に、それも兄弟にあんな立派なウィザードがいるから? だから自分は別の道を?」
「なんや、まだ気にしてたんかいな? ええかげん、あんさんもしつこいのぉ」

「気になることは放っておけない性質なのよ」
「迷惑な性格やなぁ。ま、半分だけ正解にしといたるわ」

「何よ、その『半分』って?」
「へへん、そのうち機会があったら教えたるわ。とにかく、これでウチも晴れてセージに転職やっ。だっははははっ!」

「サキちゃーっ!」

 この娘の高笑いは相当遠くからでも鳴り響くらしい。沙希の帰りを待ちわびていたのだろう、ライカが駆け寄ってきた。

「おぉ、ライカはんか。どやっ、無事に卒業試験クリアしてきたで」

 腕をあげてポーズを決める沙希に、ライカは思いもよらぬ報告を告げた。

「大変だよぉーっ。掲示板に沙希ちゃんのことが書いてあるよ?」

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--「魅魔 沙希」 上記の者、先の筆記試験において芳しくない結果のため、追試験を実施する--

「な、なんやてぇー?」

「あらまぁ。しかも明日じゃない、大丈夫?」
「本当だよ? 大丈夫なの、サキちゃ?」

「だ、大丈夫やっ。まだ、あと1日あるわ。そ、そやっ、ライカはん、あとで相談が……

--ピーン!

「はっ! ちょっと沙希さん、あなた、まさか」
「ん? なんでもないで、うんうん」

--バコッ!

「ウギャーッ!」
「さ、サキちゃ!」

 突然何者かに頭を殴られ、沙希が悲鳴をあげた。

「い、痛いやないかぁ、何するんじゃ! どわっ!」

 振り向いた沙希は、間髪をいれずに再び悲鳴を上げる。

「何を見え見えなことを企んでるんだ、沙希?」
「え……エスタ兄ぃ。な、なんでここに?」

 そこに立っていたのは、エスター=フォイス。若手の中でも既にトレードマークとなったとんがり羽耳セージの名は特に知られていた。

「明日の追試のために呼ばれたんだ。試験官をやってくれって、な。そういうわけだから、手出しは無用だし無駄だよ、えっとライカちゃんだっけ」
「は……はいです」(サキちゃ、ごめん)

「うぁ~~、最後の望みまで絶たれてしもうたぁ。ウチが卒業でけへんかったら、どうしてくれるんやぁ!(涙)」

--バコッ!

「ぎゃんっ! ま、またやぁ!」

「堂々と情けないことを口走ってるんじゃないっ! 心配するな、試験官を引き受けたのは明日だけだ。今夜のうちにお前の頭の中にセージに必要な知識のすべてをしっかり叩き込んでやるから安心しろっ!」
「む、無茶言うなやっ! 分厚い教本にして何十冊分あると思うてんのやっ? 無理や~絶対無理やぁ~! なぁ、助けてえなぁ、ライカはん、カーラぁ……

--ズリズリ……

 エスターに首根っこを掴まれ、ジタバタと抵抗するも空しく沙希は明日の追試に向けて、想像を絶するスパルタのために連れ去れていった。

「さ、サキちゃん、ナムナム……
「し、死なないでね……

「それにしても……リオン=マクミランにエスター=フォイス? 魔力が高いのも当然なわけね、とんでもない一家に生まれたものだわ、あの娘。でも、それなら……

(ウィザードでもセージでも条件は同じ。なおさらもう半分の理由が知りたくなったわ)


    エピローグ

--バコッ!

「あぎゃーっ!」
「わめく暇があったら覚えろっ!」

 その夜、追試を控えた沙希の宿からは、悲鳴とも怒声ともとれぬ喧騒がやむことはなかった。
 文字通り兄による暖か(すぎる)いゲンコツとともに知識を「頭に叩き込」まれた沙希は無事に追試に合格し、辛うじてセージへの転職を果たすことになる。



    了

「あとがき」

 さて、あるかどうかは分かりませんが、ご期待にお応えして今回は沙希が中心のお話です。

 現在沙希を首班とするギルド「ハイヒールの下で、」のルーツ的な位置づけにもなるのでしょうか。

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 はた迷惑で豪快かつ強引なこの娘の性格は変わりませんが、カーラとの馴れ初めを物語にしてみました。
 実はこの2人はセージ転職の同期だったんですねぇ。

 そう、無理やりです。

 しかしながら、なかなか好対照な2人の関係は今後のストーリーでもきっと面白い展開を見せてくれるはず。今回はちょい役でしか登場しなかったリオンやエスターの代わりに、こんどは美咲を挟んでいろいろ遣り合ってくれることでしょう。


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