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TOP>小説おき場>The Night Tail Story>戦乙女- Tales of Misaki

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【戦乙女- Tales of Misaki】
 フィンの誘いで足を踏み入れたギルドはミサキの想像とは違い、そして当のギルドは大きな任務を控えていた。初めてのギルド、新しい仲間、そして大規模戦、試される力……


戦乙女~Episode of Misaki

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    プロローグ

 戦況が変わる一瞬、明らかに異なる空気の、その肌を刺す刺激--それは激闘の最中であるだけに、高揚して入るものだが--の変化。確かにそのようなものは存在する。

 しかし、それを肌に感じ取れる者は、実はそれほど多くはない。何より幾多のもの戦闘を生き延びてきた経験が必要であり、同時に昨今のように多人数による集団戦での広範囲に及ぶ個々の事象をあまねくその理の内に収めることは、どんな個人にとっても困難なことであろうからだ。

 そのとき、

 その確かな一瞬は清涼な風を思わせ、既に老兵と自戒するも久しいその身にさえ、新鮮な感動を呼び覚ましたものだ。

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    1

「お連れしましたぁ!」

 軽いノックの後、用件のほとんどの部分を省略したかのようなセリフで飛び込んできたのは、ウィザードのフィン、まだまだこのギルド「守護天使」では新人であった。
 フィンは自分の歓喜をまるで隠そうとせず、まるで自分がそうできるのが嬉しくて仕方ないといった風であった。

「この人が『ミサキ』さんです。本当に、同じギルドで一緒になれるなんて、あたし感激ですっ!」
「フィンちゃん、そんなに引っ張らないで……

 フィンに手を引かれ、そして突き出されるようにして前に躍り出たウィザードは、まだ若い娘で、妙におどおどした様子だった。それは幼さとは少し違う、もっと何か世間慣れしていない感じが、育ちの良さからくるものなのか、もっと好意的に言うなら厚い庇護の下で守られて育った箱入り娘、とかいう印象を受ける。

 それは、実際の彼女の生い立ちから見ればまったく見当違いも甚だしいのだが……


[PIC]「あ、あの……、よろしくお願いします」

 ミサキは戸惑っていた。よもや自分がギルドへの加入を促されるなどとは、思ってもいなかったからだ。事情が事情でなければ、決して自分から入ろうなどという気は起こさなかったであろう。

--あたし、リオンさんから頼まれてるんですよ。ミサキさんをあたしと同じギルドに誘ってくれって。だから、何が何でも入ってもらいますからね。

 そう言ってなかば強引に引きずられてきたわけだが、自分がどのようなギルドに入らされようとしているのか、まったく見当もつかなかった。そもそも「ギルド」とはいったいどのような組織であるのかさえ、ほとんど知らないといってよかったのだ。

「フィンから話は聞いているよ、あんたが『ミサキ』かい? いい腕してるんだって?」
「あ、いえ……まだウィザードになりたてですから」

 謙遜するミサキを値踏みするような視線で見つめるのは、黒い翼の頭飾りを着けた女のアサシンだ。自分と比べて、それほど年かさという風には見えなかったが、ゆっくりと椅子から立ち上がりながらそう声をかけた仕草は堂々としており、挑発的とさえ言えたであろう。

「あたいがこのギルド『守護天使』のマスターの『アガタ』だ。覚えてときな」
「は、はい……

 ミサキにとっては苦手なタイプ、粗野で自信家な印象をうけるそのアサシンは、少しでも不審なところがあれば見逃さずにはいない、と鋭く自分を観察していることが伺えた。

 それにしても、そのアガタを抜きにしても、この部屋に集まっている4~5人のギルドメンバーは、どうひいき目にみてもいささか腕っ節の強い、いや粗野を通り越して野蛮とさえ言った方が当たっていた。どこが守護「天使」なのだろう?
 名前と雰囲気がこうも違っているとは……

「か、頭(かしら)ぁ、そんなに脅かさなくてもいいんじゃありませんか? フィンちゃんの知り合いだし、例のハイウィザードのダンナのお墨付きだっていうじゃないですか」
「けっ、リオンってハイウィザードかい? フィンが世話になってたっていうから信用はしてやらないこともないがよぉ、あたいはどうもああいったエリート臭いヤツが嫌いなんだよ」
「そ、そりゃ言いがかりだって。ねぇ、かしらぁ」

 穏便に話をしようと割って入ったプリーストを一蹴し、再びミサキに鋭い視線を戻したアガタではあったが、思わぬ反撃を受けることになる。

「マスター、なんて言い方するんですか!」
「うっ、フィン……
「リオンさんは、あたしが一番尊敬する魔法使いですよ。それにミサキさんだって、あたしがこれまで見てきた中で一番上手な人なんですから……あ、リオンさんの次ぐらいに、うんうん」
「あ、あのなぁ、フィン……

 どうやら、この姐御肌のマスターでも、フィンには甘いようだった。

「まあいいじゃろうて。なぁかしら、誰の紹介やどんな経緯があっても構うことはねぇ。この守護天使の仕事に役立ってくれさえすりゃ、文句はないじゃろ?」
「そ、そうだなムーバ、まったくその通りさ」

 ムーバと呼ばれたのは、アガタのすぐ近くの席に座っていた老騎士だった。「騎士」とそう見受けられるのは、傍らに立てかけてある長剣があったからで、無数の傷や使い込まれたであろう肩、胴を覆う鎧も、一般の基準からすれば驚くほどの軽装といってよかった。
 ごく稀に、重厚な鎧兜を嫌い、身軽さと己の技を磨き上げることを誇りにしている騎士がいるとは聞いたことがあった。
 見たとおりかなりの高齢で、後輩たちのギルドの相談役をかって出た、かつての剣豪といった雰囲気だった。

「というわけで、ミサキ」
「は、はいっ!」

 アガタは、この新人候補に向き直った。

「明日、ちょっとした試験を受けてもらうよ。なあに、実戦で使えるかどうか確かめさせてもらうだけだからね。昼過ぎにまたここに来ておくれ」
「わかりました、頑張ります」

「ああ、期待しているよ。フィン、今日はもういいから帰ってもらいな」
「ぶーっ、試験があるなんて聞いてないですよぉ。でもミサキさんならきっと大丈夫、頑張りましょうね」
「え、ええ、ありがとうね、フィンちゃん」
「えへへ……



    2


 二人の若いウィザードを帰らせた後、部屋では、ちょっとした喧騒になっていた。

「ミサキかぁ、かわいらしい娘だったねぇ」

「何を浮かれてるんだい、ソーマ? あたいはもっと、頼りがいのある凄腕のウィザードを期待してたんだけどねえ」
「いいじゃないですか、おかしら。常日頃俺は思ってたんですよ、このギルドには『華』が足りないってね、フィンちゃんだって居心地が悪かったでしょうに」

「まったく、これだから男どもときたら……それよりムーバ、急に『保留にしろ』なんてサインを出したりして、どういったわけなんだい?」
「な、なんだって! 急に試験だなんておかしいと思ったら、ムーバのダンナだったのかよ」

 びっくりした風なソーマにアガタは再び、

「そうだよ、ウチも大所帯になってきたけど、フィンが入ってくるまではみんな血の気の多い特攻野郎ばかりだったからねぇ。これじゃ命がいくつあっても足りやしないってんで、後衛職を中心にしたフォーメーションのためにフィンの他にも使えるウィザードが欲しいって言ったのはムーバじゃないか」

「ふむ……、少し気になることがあってな」
「まぁ、あんたがそう言うのなら構わないけどさあ、いずれにせよ明日の任務次第だね」

 言葉少なに、あまり詳細を語ろうとはしない老騎士ではあったが、マスターであるアガタをはじめ、ギルドのメンバー全員が彼の言葉には最大限の配慮を置くというのが暗黙の了解となっていた。



 翌日、時間よりもやや早く、ミサキは指定された場所に向かっていた。

「頑張らないと……

 リオンによる口ぞえがあったと聞いてしまっては、その期待に応えないわけにはいかなかった。また、フィンのあの嬉しそうな様子を目の当たりにすると、残念がらせるのは忍びない。
 本当は、これまで可能な限り一人で狩りをしてきた。他者とパーティを組んで魔物と闘った経験は皆無といってよかった。自信はまるでないのだ。

 気負いは確かにある。しかし、そんな自分を諌めつつ、ミサキは昨日初めて叩いたドアをノックした。あの時と違って今度はフィンは同行していない。心細くないといえば嘘になる。

「失礼します」

「やぁ! 待ってたよ、ミサキ」

 そんなミサキを待ち受けていたのは、昨日彼女を迎え入れたギルドメンバーの中でも、たしかソーマとかいう名前のプリーストただ一人だった。

「あの……他の方は?」

 ちょっとした不安を覚えておろおろするミサキに、ソーマはとんでもない、といった様子で説明した。

「あ、あぁ大丈夫だいじょうぶ。ちょっと急な要請で、みんな予定より早く現地に向かったのさ。俺は君と一緒に後から追いかけるために残ったんだけどね」
「そうだったんですか。あたしのために、申し訳ありません」

「気にしない気にしない。今日はぜひ頑張ってもらいたいからね、俺はプリーストのソーマってんだ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします。ソーマさん」

「『ソーマ』でいいよ。じゃ、さっそく追いかけますか。少々道は険しいけど、大丈夫。俺にまかせてくれ」
「はい」




    3

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「ロードオブデスだってっ!」

 一方、予定を繰り上げて現地であるニブルヘイムに入った守護天使の一行だったが、その理由となったクレユによる緊急要請の内容に愕然としていた。アガタの怒声が響き渡る。

「聞いてないよ、今回の任務はニブルヘルムから帰還する商隊の護衛だけじゃなかったのかい?」
「申し訳ありません。突然街に現れまして、ああいったロード(神)クラスの魔物が出現した場合は、近くに居る冒険者はその討伐に力を貸すことが義務付けられています。我々とて例外ではありません」

 額に冷や汗をかきながらも、今回の依頼主であるニブルヘルムの広報官は懇願した。

「こりゃ、やっかいなことになったねぇ。あたいらだけじゃ手におえる相手じゃないよ。他の連中はどうなってんだい?」
「同じようにたまたま街に来ていたパーティが分担して対応に当たってます。今のところ本格的な戦闘にはなっておりませんが、いずれは時間の問題かと……

(まったく、こいつは追加料金でも請求しないと)

 心の中ではそう言いながらも、強大な敵の出現にひそかに背筋を流れる戦慄を、それを心地よいものに感じてしまうのが彼女の為人でもあった。もとより、粗暴といい無鉄砲な連中ばかりを束ねているのは彼女本人なのだ。

「仕方ないねぇ、みんなぁ、聞いてのとおりだ。今日の獲物は大物だよっ!」



「おっかしいなぁ……
「どうかしました、ソーマ?」

 先行したギルドの面々を追いかけてニブルヘイムへの道を急ぐミサキとソーマであったが、違和感を感じたソーマはしばし足を止めた。

(魔物の数が少なすぎる。以前はもっとこう……

 たしかに、道に不案内なミサキを連れて、多少なりとも厳しい道程を覚悟していた彼だが、拍子抜けするほど魔物と遭遇することは少なかった。また、あえて戦いを避けて道を急いできたということもあったのだが。

「急ごう……街で何かあったのかも知れない」


 街への入り口に至って、二人は明らかな異変の兆候に見(まみ)えることになった。

--ドゴーン!
--パパパパパッ!

「こ、こいつは……
「闘い? こんなに離れているのに」

 昼なお暗い死者の街にあって、時折遠くから聞こえてくる爆音、さらには何かが崩れる音……。それらが、閃光によって映し出される街の建物の影の向こうにあった。

「ロードオブデス……間違いない。なんてこった」
「ロード……?」

 ミサキは初めて聞く名前に、いやその名を口にするのもおどろおどろしく、驚愕の表情のソーマに問い返した。

「ニブルヘルムを支配する最悪の魔物……神クラスの、いや死神っていった方がいいか、この場合」
「そんな魔物が……

 驚きと恐怖、あきらかにそれはあった。ソーマだけでなくミサキの中にも。しかし、この時、ミサキはえも知れぬ興奮を感じていたことも確かだった。それは数瞬の後にソーマにも知れることになる。

--キシャーッ!

「あっ! 危ない!」

 突然の咆哮……黒い鎧とマント、大柄のその魔物は死者の国を徘徊すると呼ばれる妖精デュラハンであった。虚空から突如として現れたかと思えば、ミサキめがけて襲い掛かってきた。それに気づいてソーマが声を上げたが、同時にキリエエレインによる防御を試みようとした。

「聖ルピカの加護なる守護の……」(ま、間に合えっ!)

--ガキッ!

「えっ!」

 よもや間に合わないと思われたソーマの詠唱よりも早く、ミサキを包んだ淡桃色の光がデュラハンの攻撃をはじき返した。続く詠唱はあっという間に行われた。

「雷神トールの威光宜しくかの敵を蹴散らせ、ユピテルサンダー!」
「ファイヤーボルトっ!」

 たなびく雷光とともに弾き飛ばされた魔物は、続けざまの火矢によって焼け落ちた。

「ミサキ……?」

 淡桃色の光の中で見せるその横顔は、これまで気弱そうにしか見えなかったそれの、想像するどの表情とも異なっていた。背筋を伸ばし、凛とした顎のラインはあくまで冷ややかで、そして自分が今倒した魔物の方を見やる視線がゆっくりとソーマの方に代わる。

「ソーマ?」
「あ、いや何でもない……

(なんて顔をするんだ、この娘)

「ところで、マスターたちはあの中に居るのかしら?」
「ああ、きっと居るさ。あのお祭り好きのおかしらが、放っておくはずがない」

 間違いない、という風にソーマは答えた。

「じゃ、行きましょう」
「えっ?」

(くすっ)

 まただ。強大な敵が居ることを確信し、なおその口元に彼女が見せたかすかな笑みを、ソーマは見逃さなかった。

(これが、本当にウィザードに成り立ての新人かよ)



    4

--ガキッ!
--シャーッ!


「下がれ、ラトスっ! ジュウもだっ! フィンの護衛に回れ、近づけさせるなよ!」
「が、合点でぃ!」

 怒声混じりに部下に指示を出すアガタの声には、いや、焦りの色を隠す余裕はなかった。出来うるなら相手をしたくはなかったのだが、壊滅しかかっている他のパーティーを見捨てる訳にもいかなかった。
 慎重にルートを選んだつもりではあったものの、自分の見込みが甘かったことを今さら悔いても仕方ない。いずれにせよ、このままでは自分たちですら生還は難しいように思われた。

 度重なる重厚にして凶悪な攻撃、死者の王の呼びかけに応じて次々に召喚されるニブルヘルムの魔物たちの攻勢は凄まじく、幾度となく迎え撃つ戦士たちを蹴散らしていた。
 その中で、必死に防戦を続けるアガタたち守護天使のメンバーたちは、疲弊も激しく、不死の王に近づくことさえできなかった。

 何より、ウィザードのフィンを加えての新しい陣形はまだ確立しておらず、何人か所属するプリーストによる支援も、ともすればフィンへの護衛が遅れがちになるのは無理もないことであったかも知れない。

「ち、まずいねえ……
「慌てるな、かしら!」

 自分たちのメンバーが、明らかに上手く連携がとれていないことは、それを指揮するアガタにもよく分かっていた。それと知る傍らのムーバも、予想しなかったわけではないとはいえ、状況が状況だけに難しい顔をする。

(訓練不足じゃな、仕方ないこととはいえ……

 もとより、このような大規模戦をも、今後展開していかなければならない、と。それゆえ魔法職をも含めたギルドの再編を促したのはムーバであった。彼の古い知り合いの子女ということで預かったフィンはもちろん、よくやっている。以前のように前衛職ばかりであったなら、とっく不死の王に壊滅させられていたであろう。
 しかし、そのフィンの魔法を十分には生かしきれず、ときには彼女自身を危険な状況に晒してしまいがちだった。

「このままじゃ、ジリ貧だ! そうするんでい、おかしら!」
「おだまりっ!」

 状況の悪化は誰の目にも明らかで、リーダーであるアガタは選択を迫られていた。

(撤退、これ以上犠牲はだせないしね)

「よし……
「まて、アガタ!」

 意を決し、撤退命令を出そうとして、それをムーバが制した。

「な、なんだい、ムーバ! もうこれっぽっちも猶予はないよ!」

……
「ムーバ?」

 しかし、ムーバはしばしの沈黙の後、何かを耳で聞き分けるように峙(そばだ)てた。

「これは……
「え?」

(空気がかわった!)

 これまでとは違う、あたらしい風、いや実際には少し違うその場の雰囲気の変化を、それを意識できるものとして感じ取れたのは、おそらくムーバただ一人だけだったであろう。
 しかしそれは、すぐに誰もが分かる現象として現れた。

--ガキッ!
--キシャーッ!
--ドゴーン! バリバリバリ!
--ウォオオオオッ!

「な、なんだっ!」

 突然、これまで防戦一方であったはずの戦場に、魔物のものと思しき奇声が鳴り響いた。それに加え、何やら無数の「ガキッ、カン!」といった何か硬いものが弾かれる音。

--ギャーッ!
--ゴロゴロッ!

「うおっ! 何だいこりゃ!」

 驚くのも無理はない、メンバーたちを襲っていたはずの魔物が、あろうことかアガタたちの後ろから弾き飛ばされてきたのだ。そしてほどなく崩れ落ちた。

「ミサキさんっ!」

 フィンの歓喜にも似た声が戦場に響いた。

「なっ!」

 振り向いたアガタとムーバは、それぞれに我が目を疑う光景に絶句した。そのフィンをはじめ傷つき動けなくなったメンバーや、支援を担当するプリーストは一様に淡桃色の光に包まれ、魔物たちの攻撃を防いでいるようだった。

「ユピテルサンダー!」

--バリバリバリッ!

 そして次々に彼らに取り付く魔物たちが閃光とともに弾き飛ばされる。
 その後ろ……同じように淡桃色の光の中から澄んだ詠唱が戦場を駆け抜ける。

「精霊ウィンディーネの加護をもって我は請い願うものなり、凍土を覆う荒れ狂う吹雪となりてかの敵を蹴散らせ……

--ゾクッ

 身体の正面で杖を横に構え、どこを見るとはなしに、ただ前方に視線を投げかけながら、無表情ともとれる冷ややかな口元から紡ぎだされる呪文に、アガタは、そしてムーバでさえ背筋を伝う冷たい戦慄を覚えた。

「ストームガスト!」

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 かつて、時計塔の中で起きた異変時に、彼女が見せた初めての上級魔法は、その頃に比べるまでもなく、も威力も効果も雲泥の差であった。
 ロードオブデスが、自らの命で呼び寄せたニブルヘイムの多くの魔物たちが、吹き荒れる氷刃の中で凍りつき、あるいはパラパラと砕け散っていった。


「すごい……あれが昨日部屋にやってきた同じウィザードなのかい? まるで別人じゃないか!」

(しかし……

 アガタにして、なぜムーバが魔法職の参入を強く勧めた訳が今わかった。
 攻勢にあって、圧倒的な殲滅力を、窮地にあって起死回生の可能性を。これが……ウィザード。

「しかし、まさかこれほどとは……いや、あの娘が、か。長く生きていると、たまにこんな光景に出会うこともあるもんじゃ。
 居るものじゃよ、『戦乙女』というやつは……

「戦乙女……?」

 ギルドの古参、いやマスターである自分自らが師とすら仰ぐ老騎士の言葉に、興味深さと、何より野心めいた笑みを浮かべて応じた。

「勝てそうかい?」
「かしらが一番分かってじゃろう?」

「あぁ、負ける気がしないね。野郎どもっ! 一気にケリをつけるよ、あたいに続きなっ!」



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エピローグ


「ミサキ姉様、大丈夫かなぁ」

 カウンターに頬杖をつき、何やらつまらなさそうな表情を浮かべるアコライトを、店の老主人は軽い調子で、

「大丈夫だって、ミサキちゃんなら、きっと大活躍だよ」
「そ、そんなことは心配してないです。だって、あたしのミサキ姉様ですもの。あたしが言ってるのは、ミサキ姉様、今さらギルドなんか入る必要なんかないんじゃないかってことでぇ」

(あらあら……

「何の心配してんだよぉ、セレン。あに……あ、あのリオンさんがギルド加入を勧めたんだろ? 何の心配もいらないって」

 慌てて言い直した咲希の言葉じりには気づかず、まだ幼さの多分に残るアコライトは精一杯の反撃をする。

「『リオン』って誰よ、咲希ちゃん? あたしはそんな人知らないわ。だいたい、あたしの知らないところで勝手にそんな話進めないで欲しいものだわ」

「何だなんだ? 結局寂しいだけかよ」
「さ、寂しいって何よ。違うったら!」

「まあまあ、二人とも。こんなところでケンカをはじめないでおくれよ」

 二人の娘の喧騒に、仲裁に入ろうとした老店主だったが、そこに食堂でもある店に来訪を告げるドアベルが鳴った。

--カラン

「あ、ほらセレン、仕事だよ」
「わ、分かってるわよ、たまには咲希ちゃんも手伝ってよ」

「いやあ、悪いわるい、柄じゃないだ、あたし」
「もう……あ、いらっしゃいませぇ! えっ!?」

 営業スマイル、一瞬で客にも評判の看板娘に戻ったセレンは、しかし視界を覆わんばかりの花束を前にびっくりして目を白黒させた。

「えーっと、ここにミサキが住んでいるって聞いたんだが?」

 まだ若い男の声、それは目下抱えきれないほどの花束に隠れて顔も見えなかった。

「そ、そうだけど。誰だい、あんた?」
「いったい、ミサキ姉様に何の御用なんですか?」

 怪訝そうに、咲希とセレンが揃って問いただした。

「いや、まあ……。今度彼女が俺たちのギルドに加入した、まあお祝いってやつさ。留守なら仕方ないなぁ、渡しておいてくれないか?」

 言うも早々に、大のおとな両手でようやく抱えていたほどの仰々しい花束が、セレンに押し付けられた。

「ちょ、ちょっと……むぐぅ」
「じゃ、頼んだよ」

 そう言って店を後にした男の姿は、その服装から、どうやらプリーストであるらしいということぐらいは見て取れたものの、最後まで顔もはっきりしなかった。

「な、何よ何よ突然」
「加入祝いって、こんなことするんだ、知らなかったよ」

「そんなわけないでしょ! 本当にもう」

「おいおい、セレン何を? ええっ!」
「セレンちゃん! そこは……

 咲希と老店主が驚いている隙に、セレンは何のためらいも無く押し付けられたばかりの花束を厨房の隅のダストシュートに押し込んだ。

「いいのかよ、そんなことして」
「とうぜんですっ!」

(まったくぅ、だからギルドなんかダメだって言ったのに……


    了


「あとがき」

 ミサキの初めてのギルド加入の様子です。ええ、文句なしにフィクションです。でも、現実に当時、最初のギルハンがニブルヘイムでのボス狩りでした。何事にも、元ネタというのはあるもんなんですよ。

 さて、守護天使ネタはもうひとつ考えてあります。一部の人から「早く書いてくれっ!」と要望の高い次回作「守護天使『回廊の守護者』」をお楽しみに。

「裏話」

 今は無きギルド「守護天使」ですが、サラ鯖でもっとも格好いいギルドマスターのもと、連日楽しいギルド活動を送っていたことが思い出されます。
 結果だけを言いますと、ミサキはその後いくつかのギルドを経験しましたが、この物語では最後まで「守護天使」の一員であったことにして話を進めていきたいと思います。


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