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TOP>小説おき場>サイコガード>サイコガード CASE 4

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【サイコガード CASE 4】
 突然の呼び出しに渋々引き受けたのは大物すぎる人物からの依頼だった。
 折しも主人公のヨーコはアルジスに出張中。
 というわけで、今回は代役でルディが語り手を努めます。


サイコ・ガード ヨーコ(CASE 4)

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プロローグ

 ヨーコ……

 あれ、いないの、ヨーコ?

 もう、私をおいて勝手にアルジスなんか行ってしまうなんて、薄情なんだから。ここはヨーコの持ち場なんだからね。帰ってきたらこの埋め合わせはしてもらうから、まったく……

 えーと、

 急遽ヨーコの代役ということで私にそのお鉢が回ってきました。名前はルディ・フォイス、州立アルベラン大学に通う女子大生です。ヨーコと同じサイコ・ガードをやってます。よく覚えておいてね。
 今回は、主役のはずのヨーコがマンドル夫人と一緒にアルジス公国の即位式なんかに出かけてしまってるんで、その間に起こった出来事を紹介したいと思います。

 ただでさえ人出不足のセンター(連邦超能力開発研究所)なのに、主力のヨーコがいないとあって、みんな大忙しだったんです。

《TOP:《BACK:-[0]-1-2-3-4-:NEXT》:LAST》

ケース 4 「カイン」

        1

「ちょっと、いきなり呼び出さないで下さいよ!」

 人目をはばかり、大学の化粧室に駆け込んだ私はカードに向かって怒鳴った。IDカードには身分証明やキャッシュカードといった使い方の他に携帯電話といった使い方もできる。さすがに手のひらにすっぽり収まるこのサイズで普通に使用される映像を伴ったテレビフォンにすることは実用的でないのか、音声だけの通話だ。
 近くの端末に差し込むだけでそれも可能になるのだが、今はそんな気分じゃなかった。

「そう言いなさんな、ルディ君。こっちも大変なんだ」
「それはわかっていますけど……

 カードのむこう、センターのミンブル所長の情けなく眉を下げた顔が浮かんでくるようだ。どうせまた、サイコ・ガードの要請だろう。私はまだ学生だということで、呼び出しにはセンター側も気を使ってくれている。都合よくこき使われているのはヨーコぐらいのものね。本人は気付いていないようだけれど……

 そのヨーコが今はいない。「済まない」とは言いながら、今は猫の手も借りたいのが本音に違いない。

……わかりました」

 私は軽くため息をすると、カードに返事した。

「で、どこに行けばいいんですか?」

 仕方ないか、ヨーコが帰ってきたときに「留守の間、大変だったんだぞ!」と責められるのも可哀想だもの。


    ・
    ・
    ・

 ちょっとさっぱりし過ぎているわね……

 シティ中心部のそれほど大きくはないホテルのロビーが待ち合わせ場所だった。華やかというわけではないが、シックな雰囲気の中々上品なたたずまいだ。

--クライアント(依頼人)は相当な大物だからな。くれぐれも粗相のないように

 そう赤毛の所長が言っていたものだから、もっと豪華なホテルで食事を交えながら……というのを期待していたのだが、やや当てが外れた気分。お気に入りの青のツーピースに白のハイヒール、結構決めて来たつもりだったのに。
 ロビーの椅子はまあまあの座り心地で、ぼんやりと外を眺めながら私は依頼人を待った。

「ルディ・フォイスさんですね?」

 --来た

 背後からの声に振り向くと、やり手の商社マンといった雰囲気の男が私を招いた。思ったより若い、茶色の眉筋が整った中々のハンサムで、穏やかな笑みに好感が持てる。
 ただ、どう見ても「大物」といった風ではない。

「はい、センターから……

 派遣されて来た、という私の自己紹介を、右手を上げて男は遮った。

「紹介は結構、ファイルで照会は済ませてありますから」

「依頼人は部屋でお待ちです。こちらへ……

 予想通り、この男はただの案内に過ぎなかった。礼儀正しく私をエスコートする仕草には堂が入っている。

(大物ねぇ……

 勝手が違うなあ。いくつかケースをこなして来たけど、たいていはおろおろした母親とかにつかみ掛らんばかりの勢いですがりついてこられる。幼くしてESPを発現させてしまった子供たちの更生と保護というのがサイコ・ガードの通常の任務になっている。


「だ、だい……

 大声を出そうとして、私は慌てて両手で口を押えた。

 案内されて入ったホテルの一室には、およそ私の想像を超える人物がゆったりとしたソファーから迎えてくれたのだ。南方系の濃い褐色の肌、異様に肩幅の広い体躯を窮屈そうに白いスーツで覆い、まっすぐにこちらを見つめる視線には隙がなかったが、それでいて頼りがいのある慈愛を含んだ眼差しだった。

 お……大物過ぎる……
 いくら私でも、これが誰かは知っていた。

(マイスレン大統領、グレン・ソーマ……

 こちらの緊張を察したのか、最初に口を開いたのは大統領の方だった。

「かけたまえ、ミス・フォイス」
「恐れ入ります……

(落ち着いてよ、ルディ。私は仮にもサイコ・ガードなんだから。平静を失ったら仕事はできないわよ)

 私は、心の中で念じながらこのマイスレン一の大物と向かい合った。

「はじめまして、ミスター・ソーマ」
「気楽にしてくれたまえ」
「はあ……

 大統領の表情は快活だったが、面倒な仕事を押し付けて申訳ない、という苦渋もまた読み取れる。リングを外して心を覗くまでもない、サイコ・ガードとしての経験が私にそう告げていた。もっとも、一国の国家元首が持ち込む仕事が容易いものであるわけもない。

「こんなに若くて美しいお嬢さんとは思いませんでした」
「ありがとうございます」

 多少自惚れてみてもいいか。私の知るグレン・ソーマという人物像は不用意なお世辞とは無縁だった。

「で、依頼内容の方ですが……

 とはいえ、これほどの大物を前にして平静を保つには、私も苦手だ。ヨーコの不在中の代役とでも思っていたが、あの娘には間違っても勤まるまい。
 事務的に話を進めた方が良さそうだ。

「うむ……

 一瞬、渋面を表に出す。

「今回の依頼に関して我々が連邦超能力開発研究所に出した要請は、マイスレン国籍であることと同時に柔軟な思考と口の固いエージェントの派遣というものだ。この意味はわかってもらえると思うが」
「機密……ですか?」

 大統領は肯定のうなずきを見せた。
 創設間もないサイコ・ガードとしては、純粋にマイスレン国籍を持つ者は少ない。まだまだ連邦からの派遣職員に頼っている状態だった。訓練の終わって実践を経験しているのはヨーコと私ぐらい……か。他に二、三人はいたはずだが既に別のケースを担当中だ。

「ミス・フォイス」
「はい」
「リングを外して構わんよ」

「?」

「私の思考を読むことを許可する。事は最重要機密に属する。詳しい内容については部屋の外で待機するカーチス中尉も知らされておらん」

 そう言って、グレン・ソーマは接触テレパスを防ぐための特殊な手袋を外し、褐色の手を顕にする。

 差し出されたその手のひらは熱く、力強かった。


        2

 グレン・ソーマ大統領との会見は驚くほど短かった。もっとも、テレパシーで直接依頼内容を読み取ったわけだから無駄な話を交わして時間をかける必要なんかなかった。
 そのグレン・ソーマといえば、時を置かずしてアルジス公国へ専用機で飛び立っていった。ミランダ公女の即位式に参列するためだが、ヨーコに会ったらよろしく、とだけは頼んである。あの娘の驚く顔が楽しみだわ。

 それはそうと、私は今、非保護者の待つ研究所に向かっている。指定された場所はシティの区画内とはいえ最南端、東に海を臨んだ僻地もいいところだった。
 マイスレン直轄の研究施設なんかなければ、結構なリゾートになっていただろう。海の青と生い茂る緑、白濁した黒茶の岸壁を傍らに、それは立っていた。

「小さいですね……

 案内役として残されたカーチス中尉に、私は話しかけた。誘導ビーコンの届かない海沿いの街道で車を運転してくれていた。大統領直々の依頼といっても事は機密扱い。随行する官僚は彼ひとりだ。

「連邦の援助のおかげでESP保護のためのネットワークも進みましたが、マイスレン独自の研究はまだ遅れているんですよ。もっと大掛かりな施設も他にはありますがね」

 ふーん、モータット地区にはマイスレン自慢の大規模なESP研究所があることは私も知っている。ただ、多分に宣伝的な意味合いもあって、機密保持という点ではそぐわなかったのだろう。

「このラメル研究所にはオーレン博士というESPの権威が今回のケースを担当していて、あなたに協力してくれることになっています」
「助かります。私ひとりでどうしようかと思っていたんです」

 とりあえず、ほっとする。わざわざマイスレン国籍で、と但し書きされたケースだ。銀河連邦所属のセンターの援助を期待出来ずに不安もあったのだが、その手の専門家がついていてくれるなら気も楽になる。

「彼もエスパーなんですよ」
「えっ!」

 中尉の補足は多少なりとも私を驚かせた。エスパーで、しかも研究面での専門家がいるのなら、私なんか必要ないんじゃ。

「ん、どうかしましたか?」

 シート越しに不思議そうに私を見る表情に偽りはない。あまりサイコ・ガードやESPのことに詳しくはないらしい。単純にひとりより二人の方が仕事もやりやすい、と思っているのだろう。

「ええ、楽になりますわ」

 とりあえず、調子を合わせておこう。彼は場所と非保護者がエスパーであることぐらいしか知らされていない。その点では驚くほどグレン・ソーマは慎重だったわけだ。

 もう一度、私なりにその大統領から読み取った内容を振り返ってみる必要があるようね。


 ほどなく研究所に到着し、私は極めてささやかな歓迎をうけることになった。

「期待しているよ、ミス・フォイス」

 出迎えたのはかなりの高齢の老人だった。右手に杖を携えて体を支えているものの、背筋はまっすぐに伸びているし、視線もしっかりとこちらを見据えている。何より、この目だった。
 視覚で感じる以上のものを見つめて来たそれは自然と独特の雰囲気をかもし出す。彼がオーレン博士に違いない。

「よろしくお願いします……、オーレン博士」

 名乗るわけでもなく、私の直感だったが、老博士は満足そうにうなずくと所内に招いた。

「日も遅い、非保護者に対面するのは明日になろう。ルディ君は後で私の研究室へ来てくれんかね? 今後の打ち合わせをしたいのでね」
「はい」

 私の期待通りの人物だ。隙のない振る舞いといい、人当たりの穏やかさといい、中々の好人物であることは間違いない。エスパーとしても年齢相応に年期が入っているとしたら、私なんかより遥かに熟練もしているはずだが。
 なのに、なぜ私が呼ばれたのだろう? 実はもっと優秀なサイコ・ガードを期待していたが、あいにく手の空いているのは私だけだったとか。


 オーレン博士は、そんな私の心情をものの見事に呼んでいた。

「不安そうだね、ルディ君? 私のように専門家で、しかも経験のあるエスパーがいるのになぜ自分が派遣されてきたのか……と?」
「は……いえ」

 オーレン博士の研究室は簡単なコンピュータの端末がひとつに、膨大な光ディスクの蔵書に囲まれただけの書斎のようなものだった。狭いスペースには椅子二つを押し込むのさえ窮屈に思える。

「心配はいらんよ。今回のケースに、君は不可欠の要員だ。君にできなければ、マイスレンではもはや打つ手はない」

 穏やかな口調でそう断言されると、私としても悪い気はしなかった。

「ご期待に添えるとよろしいんですけど」

 博士は目を細めて満足げな笑みを浮かべた。

「それほど困難なケースなんですか?」

 多少の不安を残しつつも、私は仕事についての話題に触れた。

「手を焼いていることに違いはないが……

 やや視線を伏せ、困ったような表情を作る。見ていて可哀想になるほどだった。

「サイコパネルはもとより、テレパシーがまったく用をなさない。このままだと、アナライザにかけることになりそうなんだよ」

「なっ!」

 私は耳を疑った。

「まさか、あれは禁止されているはずです!」

 アナライザ--ここでは精神分析機--は人間の脳から直接情報を読み取る装置のことだ。微妙な精神活動も記憶として残された情報も残らず写し取って、後からその分析を巨大なコンピュータにゆだねる。実際には擬似ESP波を使うらしいのだが、人間の頭に高出力のレントゲンをかけて影を写すようなものだから、被験者が無事に済むはずがない。九割以上が即死、たとえ生き長らえたとしても間違いなく脳障害を引き起こす。

 生者にアナライザを使用することは、マイスレンはもとより、連邦の標準法でも固く禁止されているというのに。

「彼の持つ情報を失うわけにはいかん。大統領も了解済みだよ。閣下の帰国までに何らかの成果がなければ……
「そういう訳にはいきません!」

 私は声を荒げた。

「私はサイコ・ガードです。どんな事情があろうとも、このケースを引き受けた以上は保護する義務があります!」


        3

 非保護者はカイン・ムートという名の軍人だった。マイスレンでも耳に新しい軍情報局直属のエスパー部隊に所属する。階級は中尉、疲弊してやつれた外見からは想像もできないが、二四という年齢からすると士官学校出のそこそこのエリートということになる。

 様々な検査、調査が行われたのだろうか、金髪のはずの髪の毛は剃り落とされ、飾り気のない病人用の白衣を身に付けただけの姿でベッドに寝かされていた。
 聞けば、二週間前に運び込まれてからずっと同じ状態だという。栄養剤の注射でなんとか生きてはいるものの、あらゆる検査機を使っても一切の精神活動は認められない。
 力に目覚めたばかりのエスパーが、ESPの暴走から身を護るために内に閉じ篭り、同じ様に眠ったままの状態になるケースはいくつか知っているが、それなりの訓練をしてきたはずの軍のエスパーには考えられない。

 それに、これほど強固にに思考をブロックした例はどんな資料を見てもなかった。


「テレパシーによる接触は我々も何度か試みた。しかし、同調すらできん」

 非保護者の手を放し、接触テレパスの余韻から戻ったばかりの私はオーレン博士にうなずいた。

「ESP波の変調が激し過ぎます。まるで干渉フィールドの中にいるみたい……

 訓練をしたエスパーなら、心を読まれないように相手のテレパシーを拡散したりすることで思考をブロックできるらしいが、これほど間隔の短いESP波の変調を人間が行うなんてことが可能なのだろうか。
 同調ができなければ思考も探れない。確かにやっかいだった。

「パターンはないんですか?」

 私の問いかけに博士は首を横に振った。

「解析はしてもらっているところだが、こうも手がかりがないと……な」

 手がかりとは非保護者に関するあらゆるデータのことだ。生まれてからの生育暦にESPの発現の様子、何より訓練過程および担当してきた任務の詳細については軍の方で資料提供を渋ったらしく、簡単な一覧しか与えられなかった。

 この辺はグレン・ソーマから直接読み取った私の方が詳しいだろう。今回のケースの要因となったと思われる最後の任務はレムンデル星系への単独潜入というものだ。マイスレンに隣接し、やや連邦中央寄りに位置するこの星系は内紛の危機にあるという。

 連邦からの介入に先駆けてその実態を調査するというものらしいが、具体的なESP戦を想定したものでもない限り、それほど困難な任務ではなかったはずだ。
 カイン・ムートが保護されたのはレムンデル内の一般病院でだが、マイスレンの派遣した第二陣--俗にいうバックアップエージェント--が現地政権よりも先に接触できたのは奇跡に近い幸運ともいえる。

「仮説と実証、それが今回のケースの要点だ。この尋常ではない思考スクリーンは非保護者の持つ本来の能力なのか、それとも何者かによる人為的なブロックであるのか」

 椅子に腰掛けながらオーレン博士は呟いた。

 確かに……


 次の日から、非保護者を離れて私はもっぱらコンソールに向き合うことが多くなった。記録された思考スクリーンの散文的な模様を眺めるだけで頭が痛くなってくる。適当なパラメータを入力してフィルターにかけるといったおよそあてのない作業だ。
 偶然に期待するしかないとは我ながら情けない。

 脱力感が全身を覆うその時になってドアホンが鳴り、金髪のカーチス中尉の来訪を告げた。

「苦労しているそうですね」
「ですね……

 疲労を隠そうという謙虚さは既にない。ため息混じりに振り向いた私の視線に飛び込んできたのは先日のサラリーマン風もどこへやら、豪快に日焼けした肢体をタンクトップに詰め込んだ屈強な船乗りともいうべきカーチス中尉の風貌だった。

……

 絶句して視線を外した私は激しい怒りに襲われた。人が真剣に仕事に励んでいるというのに、傍らでは何もすることがないのを幸いにバカンスに惚けている奴がいる。それも官僚だとくれば市民の憤りは言わずもがな。

「これが例の思考波ですか?」

 何気なくモニターに詰め寄る中尉を横目に、私はげんなりとして答えた。

「ええ、まったくお手上げですけど……
「私はエスパーじゃないんで想像もできないんですが、思考をブロックするっていうのはどうやるもんなんですか?」

 聞いて解るようなものじゃないのに。しかし、訓練を終えて間もないサイコガードの私としては、必死でそれを教えようとして熱弁を揮っていたマチルダ教官の講義が未だ記憶に新しかった。

「基本的には次の二通りね。ひとつは思考を透明にまで希薄にすること。もうひとつは本来の思考が判別できないぐらいに無秩序な思考波で覆い尽くすことかしら」
「ほう……、ではカインの場合は後者ですね」

 我ながらわかりやすい説明だったようだ。物分かりのいい生徒に私は多少気を良くして、

「現象的には同じだけど、こんなに波長の短い思考波なんて意識してできるもんじゃないのよ。少なくとも私には無理だし、第一これじゃ自分自身も正気でいられないわ」

 だからこそ困っている。およそ考えられない現象を目の当たりにしてその原因を突き止めなければならない。

「カイン・ムート本来の思考はどこにあるんでしょうね。これだけの干渉を受けながら、それでも自分自身の思考をブロックしているとしたら大した精神力だ」
「そうね、まるで自分自身で干渉フィールドをかけているようなものだもの……えっ、何て!」

(干渉フィールドですって?)

 私は自分の発した言葉にびっくりして飛び上がった。

「ど、どうしたんですか、ミス・フォイス」

 いきなり立ち上がった私に驚き、カーチス中尉は呼び掛けたが、私の眼中には入らなかった。
 そうよ、なぜ気が付かなかったの。最初に非保護者の思考を探った時の感じは紛れもなく干渉フィールドそのものだったわ。だとすればいかなるテレパシーだって通用しなかったのもうなずける。

 非保護者であるカインは、自分自身だけに対して干渉フィールドの影響下にあるに違いない。


「むう、干渉フィールドだと?」

 私の仮説を耳にしてオーレン博士はやや困ったような顔をしたが、それでもすぐに興味深げに尋ねかえしてきた。

「考えとしては面白いが、いったいどうやってそんな突拍子もないことができるというのだね。仮に可能だとしても、その意味するところはもっと深刻だろう。もともと中和フィールドであるはずの干渉フィールドの中ではいかなるESPも存在し得ない。テレパシーによるコンタクトも不可能ということになる」

 なるほど、これでは私もお役御免かな、と思ったが、

「波形のパターンが特定できれば逆に打ち消すことだって可能なはずですよ。解析が困難であるなら、カイン本人からの干渉パターンをフィードバックしてやりましょう。ノンウエイトでね」

 カーチス中尉のその提案は、実のところ唯一にして最悪のものであった。


        4

 三日に渡る測定と分析の結果、非保護者の思考をブロックする干渉波は合計六ヶ所から作動させた時の干渉フィールドに相当することがわかった。しかし、その出力はそれぞれで変調するらしい。その周期は未だ解析不能だ。

 およそ、官僚の発揮する行動力というものは信用に値しないものだが、その後、カイン・ムートの持つ情報に迫るための今回の計画には実行までにたっぷりと一週間を要した。
 リアルタイムに変調する非保護者の干渉波に対し、その解析をしながらノンウエイトでフィードバックさせる。専門家の見解ではそのためにはハイパー・ドライブを装備した宇宙船の航法コンピュータ並みの設備が必要らしい。そして、ラメル研究所の見下ろす湾岸にはマイスレン軍の誇る高速巡洋艦がその巨体を浮かべていた。

 思えば安直な話だ。

「本当に今日でないといけないのですか?」

 朦朧とした眼をオーレン博士に向け、私は最後の懇願をした。しかし、あっけなく拒否される。

「申し訳ないとは思うよ、ルディ君。できれば代わってやりたいところだが、わしでは体力的に持つまい」

 本来は空間の位相幾何学を解析するための船のコンピューターにまるで畑違いの仕事をさせるのだ。この一週間、突貫工事でサポートプログラムを組まされたのは他ならぬ私だというのに。
 しかし、大統領の帰国までにこのケースが完了してない場合は容赦なく非保護者はアナライザにかけられることになっている。期限が迫っていることも事実だった。

 カイン・ムートの放つ干渉波とそれを打ち消すべく返される干渉フィールドの隙間を縫って私がテレパシーで潜り込む。危険なことはこの上もないだろう。コンピュータの反応が少しでも遅れれば、潜航中の私の思考はそのまま閉じこめられてしまうことは間違いない。


 高速で回転する反応炉の二枚の光子羽の隙間を潜り抜けるようなものだった。

 デジタル処理された干渉フィールドの波形は荒く、所々でハウリングのように悲鳴を上げている。落雷にも似た衝撃……どちらの干渉波に触れても私の意識は消滅しかねなかった。
 慎重に間合いを取り、一気に駆け抜けるようにして意識を滑り込ませると、そこは完全な無の世界だ。

(やはり……

 カイン・ムートによる一切の思考活動は感じられなかった。ということはこの強固な思考ブロックは本人ではなく、外部の誰かの仕業だったということになる。
 強力な干渉フィールドにさらされた多くのエスパーと同じように自分の思考を極限まで無に近いところまで押し込むことで守っているわけだ。

 どうする? 相手の動きがないのであれば同調のしようもないのよ。

 途方に暮れるわけにはいかないわね。時間もそんなにないし、ちょっと強引に引き出してみるか。
 実態がないのであれば作ればいい。カインに関する資料は少な過ぎて役には立たなかったが、彼の記憶にもっとも近いであろうレムンデル星系のイメージを投影してみた。ひろがるイメージが徐々に形をはっきりさせ、現実と寸分違わぬものへと変貌していく。エスパーであれば誰でも可能なはずの空間認識力の賜物だ。

 私は今、巨大な星系を仰ぐ形で宙に浮かんでいた。
 たとえ私が作ったものだとしても、それはカインの世界での真実だ。必ず同調してくるはず……

(いた……


「レムンデルへは観光ですか?」
「それもあるが……前半は仕事だな」

 入国管理室の女性職員に愛想のいい受け答えをしているのは他ならぬカイン・ムートだった。目もとまで伸びた金髪はともすれば薄汚く見えるものだが、手入れはこざっぱりとしてそう不快ではない。茶色のスーツを着こなした風貌は奥様受けのしそうなセールスマンといったところか。
 もちろん、返してもらった身分証明の表記はは本名ではない。「ジャック・セイム」は新製品の電子機器を売り込みにきたメーカーの営業マンという役どころだった。

 宙港を後にしたところで場面が切り替わった。


--なるほど、同調はうまくいったみたいだ。カインは自分の体験した出来事をそのままなぞっている。これは彼のレムンデルでの任務の記憶だった。

 話し掛けてみようか……いや、やめておこう。

 私はそのままの状態で見えない空から彼の記憶を覗くことにした。


「レムフライト社をはじめ主だった航空会社の資料、業務窓口はそちらの端末に送らせていただきますよ。ただし、軍との関係の強い部署については割愛していますが」
「うむ、仕方ない。その方面に食い付こうとしたら、軍部局にも許可が要りますか」
「はは、それ以前に正式な入札に参加していただかないと」
「それもそうだ、ははは……

 レムンデルの産業全般を統括する通産部局に挨拶がてら出頭し、表の顔で情報を仕入れているところだ。行政の中枢近くに潜入して何気ない顔で諜報活動をこなしている。私の気が付いたところでも、この担当官に面会するまでに少なくとも四回は接触テレパスを使っている。

 よほど自分の能力に自信があるのか、度胸が据わっているだけなのか。いずれにせよ大したものだった。


〝成果は?〟

〝至って平穏だな。しかし、巧妙にカモフラージュしている部分もある〟

〝?〟

 数日に一度、カインは現地のエージェントとの連絡をテレパシーによって行っている。いずれも人ごみやレストハウスでの偶然を装った巧妙なものだ。

〝主な部局で情報の流通具合を探ってみたが、いくつか動きの鈍い、あるいは滞っている部署がある。まあ、軍部局は当然だが〟

〝ほう〟

〝神経工学の大きな研究所が郊外にあったな、その情報を送ってくれ〟

〝シタット研究所だな。それがどうした?〟

〝通信回線のアクセスの頻度はこの三ヵ月で四〇〇パーセントも上昇しているのに対し、その内容についてははまったく出まわっていないからさ。半分以上は軍部局の高速暗号回線を使っているのも気になる〟


 内乱の噂というが、およそその元凶は軍部にあるのが通常だ。直接の潜入が困難なことから周囲の情報の流れから関連する部署を特定する。たったひとりの工作員としては、なるほど優秀だ。


 その後の調べで、そのシタット研究所では最近になってESPの研究が進められるようになったことがわかった。連邦によるESP研究の各星系へのてこ入れはマイスレンでも同様だが、レムンデルではやや遅れている様子で、サイコガードに相当する組織はもう少し後になる見込みだった。

 ここまでは順調に進んでいる。レムンデル当局にはまったくキャッチされていないし、周辺の情報がためはそろそろ限界だろう。これ以上は本格的な潜入活動をするしかないという段階だった。
 予想通り、レムンデルに到着してからわずか二週間でこのシタット研究所への潜入をすることになった。

 現地エージェントに連絡を取り、宿泊していたホテルも引き上げた。表の顔でも二、三の航空会社と契約を取り付け、明日にはマイスレンへ帰国する段取りでチケットを取り寄せる。無論、それは「ジャック・セイム」という存在をレムンデルから消し去るためで、実際にはエージェントの手配した偽者がマイスレンへの帰途につく。


 「ジャック・セイム」がレムンデル宙港から飛び立った翌日、カインはシタット研究所を見下ろす高台にあった。いよいよ今夜潜入を開始する。レムンデルが誇るエスパーが警備に当たっていることも予想されるだけに、ここからの活動は穏やかというわけにはいくまい。

 ひとり、心地好い戦慄に見を任せるカインに、背後から呼び掛ける声があった。

「よした方がいいな、中尉」

(ドキッ!)

 振り返ったその先には一人の少年の姿があった。


 記憶はそれで途切れた。対峙する二人の姿が歪み、かすれつつある中で私は思案に暮れた。次の記憶はカイン本人が思い出したくないのか、いつまで経っても表われようとはしなかった。
 その時のカイン同様、私も直接行動に移す時がきたというわけね。

(よし)

 意を決して実体化しようとしたその時、それは起こった。


        5

「何じゃと!」

 固唾を呑んでカインと私との交信を見守るラメル研究所では、ただならぬ事態が巻き起こっていた。

--嘘ではありません。巡洋艦の反応炉が突然暴走を始めました。直ちにフィールドジェネレーターとの回線を遮断する必要があります。

 動揺しているのはオーレン博士だけではない。事態を告げる巡洋艦の女性士官の声も決して冷静とは言えなかったであろう。

「そんなことができるか! 今干渉波のフィードバックを停止させたら、今度はルディ君の意識が閉じこめられることになるんだぞ!」

 カーチス中尉の怒声が響き渡った。

 ひっ、と顔をこわばらせた女性士官に代わって巡洋艦の艦長がモニターに割り込んできた。こけた頬に歴戦の経歴を伺わせるがまだ若手で通る宇宙軍中佐だ。

--これは緊急命令だよ、カーチス中尉。このまま反応炉の暴走を許せばマイスレンへの被害は甚大なものになることは君にもわかるだろう。下手をすれば公転軌道さえ変わりかねんのだ。

「ぐっ……で、原因は何です?」

 うめき声を漏らし、カーチスは言葉を続けた。

--航法コンピューターに不可解なデータが流れ込んでいます。干渉波のフィードバック回線を通してこちらにも影響を与えているとしか考えられません。

「ばかな、非保護者が迎撃ウイルスを返したとでもいうのか」

--現実がそうなんです。事態は火急を要します。直ちに回線を遮断します。

 女性士官の報告は既に悲鳴に近いものになっていた。


〝戻れ、ルディ君!〟

 な、何?

 突然のテレパシーが飛び込み、私は体をこわばらせた。オーエン博士か。私はとっさに振り返った。しかし、その直後に全体が白銀の流れに包まれる。

--キィーーッ!

 耳をつんざくばかりの不協和音だ。干渉波が勢いを取り戻したらしい。そのイメージは槍が降ってくるような生易しいものではなかった。鋭利な輝く壁が縦横無尽にあらゆる空間を切り割いていく。

--きゃっ!

 どうしたらいいのか、私はあまりの出来事におろおろするだけだった。実体化したばかりの私の体も二重三重に壁が割って入る。

 幸い、痛みに似たものはなかった。すべては認識上の出来事であり、本当に私が切り裂かれたわけではない。しかし、思考世界での動きを封じられたとしたら事は重大だ。

(さ、最悪だわ……


 どれぐらいそうしていただろうか。

 無数に舞い降りる壁の襲撃を見守りながら、私の意識はまだそこにあった。
 思考空間は無限の広さを持っているから、いくら壁で切り裂いたところできりがない。無限に壁で区切り続ける中で一定の状態を保つようになっていた。

 何かの原因で干渉フィールドが止まってしまったのね。私自身の意識が閉じこめられてしまった。

(どうしよう)

 半ば、泣きたいというのが本音だった。他人の意識に閉じこめられるなんて教本の上ではわかっていたが、現実にその状態から戻ってきた事例はない。誰もその対抗策なんて持ってはいない。

〝運が無かったね。でも無茶をしたもんだ〟

(え、何?)

 この状態でテレパシーだなんて、いったい誰が?

〝誰? カインなの?〟

〝いや……

 徐々に絡み合ったひもがほどけるように私の体を割いていた壁が消失していき、数分後には直径五メートル--といっても認識上の大きさは意味を持たないのだが--ほどの球形にくり貫かれたシールドの中で私は自由を取り戻した。シールドは壁の侵攻を遮り、幻想的な情景をシールド越しに見せている。

 同時にテレパシーの主が実体化した。ラフなジャケットにジーンズ姿、一六、七歳ぐらいだが、黒髪に黒色の瞳、幼さの残る面持ちには見覚えがある。
 カインが最後に残した記憶に現れた少年だ。

〝どういう事なの?〟

 私は少年に尋ねた。とにかく事態を把握することが先決だ。

〝巡洋艦のコンピュータが乗っ取られたのさ。干渉波による迎撃プログラムでね〟

〝そ、そんなばかなことって……

 私は耳を疑った。もっとも、この場合は耳で感じているわけではないのだが……

〝人間が頭の中でそんなプログラムを発生させたというの? 有り得ないわ〟

〝事実から目を背けるのはよくないな。人間の脳だって単純に電気的な仕組みで働いている。基本的にはコンピュータと変わりはない〟

〝でも、変よそれは〟

〝まあ、否定する気持ちはわかる。それに、宇宙船のコンピュータに対抗するだけの早さで情報の伝達を行うのは意識的には無理な話だしね〟

 そうだ、あの不可解な干渉波にしたところで、到底不可能なレベルで変調をしていた。機械的に作り上げたフィールドジェネレーターだからこそフィードバックが可能だったわけだし……

(いったい、どうなっているの?)

 私はそう尋ねる前に、奇妙な衝動に駆られて発したのは、

〝あなた……何者なの?〟

 目前の少年は軽く微笑んだような気がした。無邪気そうでいて、それでいて「仕方ないなあ」という類のおとなの雰囲気でもあった。

〝リオン……

〝リオンね、あなたも私と同じように閉じこめられた口なの?〟

 私は矛先をリオンと名乗った少年に向けた。気付かなかったのが不思議なぐらいだ。いったい、いつから彼はこの世界にいたのか。

〝うーん、そうとも言えるのかな。君の場合とはちょっと違うけど〟

〝何がどう違うのかしら?〟

〝僕はただの幻影だよ。カイン・ムートが無意識のうちに作り出した……ね〟

〝わからないわ。あなたはちゃんと意識的に話し掛けているし、現に私を襲った壁を解き放ったわ。それにこのシールドの強固さは尋常じゃない〟

〝カイン自身がそんな風に僕をイメージしたのさ。それぐらいのことを軽くやってのけるようなエスパーだとね〟

〝じゃ、あなたは実はカインのイメージだけの産物だというの?〟

〝そう言っただろう? ただし、エスパーの思い込みというのは現実に力を及ぼすから、どんなに強力なブロックに封じられていようとも、ここはカインの思考空間であることに変わりはない。その中で僕はカインがイメージした通りの力を持っているわけさ〟

〝このブロックを解き放てるような?〟

 私はにわかに期待を込めて尋ねた。私を壁から解き放ったのは少なくとも目前のリオンの力であることは間違いない。ひょっとしたら自分の世界に戻れるかも知れないわ。

〝そこまでは無理と考えていたみたいだね、カインは〟

 ニコニコと陽気に答えるリオンの顔を張り倒してやりたくなったが、それよりも先に絶望感が襲ってきた。

 期待だけさせといてそれはないんじゃないの……


        6

〝それで、いったいあなたは何者なの、リオン? その、カインがレムンデルで会ったという本物のリオンの方よ〟

 仕方なく、気を紛らわせるためか、私とリオンは会話を続けていた。その問いかけにリオンは一瞬不思議そうな顔をして、

〝さあ、わからない〟

〝あ、あのね……

 本人--少なくとも外見上は--から自分を知らないなんて返事を聞かされるとは思っていなかったわ。

〝カイン自身が知らないのなら答えようがないさ〟

〝いいわよ、もう〟

 考えてみればおかしなものだ。肝心のカイン本人が干渉波の中で身動きができないほど押えこまれているのに、その想像の産物であるはずのリオンは妙に生々しく私以上の存在感があるように思える。独自の受け答えもでき、カインとは別のもっとはっきりした人格を見せているのだ。
 大体がこの干渉波にしたって常軌を逸しているのだ。エスパーの思考空間というのは実は何でもありなのだろうか。

 いったい、私はどうなるのかしら。このまま閉じこめられていて本体の方は大丈夫なのだろうか。

〝意識が断ち切られたままで本体の方も無事ということはないよ。今のところカインと同様の植物人間状態だけど、いくら栄養剤の投与で生き長らえてるといっても徐々に衰弱していくのは仕方ないからね〟

 塞ぎ込んでいる私に、あろうことかリオンは追い撃ちをかける。とんでもない奴だ。

〝人ごとだと思って勝手なことを言わないで〟

〝だね〟

 相変わらず陽気な笑顔だ。むかむか……

〝ねえ、リオンはさっき私に絡み付いた壁を分解したわね。どんな風にやったの?〟

 かすかな期待を失わずに私は続ける。この状況でなんとか正気を保てているのは我ながら関心する。生意気なリオンも、ひょっとして私の正気を保つためにわざとそうしているのだろうか。まさかね……

〝これは力押しさ。最初にこのシールドがあって、それ以上の壁の侵攻を食い止める。その後なら壁の構造をそのままなぞれば分解も簡単さ〟

 簡単と言われては私の立場がないが、なるほど時間的に変化する波形を固定させてしまえば解析も楽なことは確かだ。まして、エスパーであれば空間やイメージの認識力は高いのが当たり前で、コンピュータなんかで全体を数値化する必要はない。

 ではこのシールドの外はどうするか。ランダムに変調する干渉波を時間的変化も同時にイメージ仕切ることは不可能だ。それができるぐらいなら始めからこんな無茶をする必要もない。

〝無数に発生し続ける壁だとあなたにも分解はできないわけね〟

〝うーん、やってはみたけどね。間に合わないのさ〟

〝そんなことだろうと思っていたわ〟

〝悪かったね〟

 ふん、負け惜しみだわ。でも、やろうとするだけ凄いかも知れない。どうせならカインもそんな中途半端じゃなくて完璧なエスパーを想像したら良かったのに。
 現実にそんな人間が存在するとは思えないが、想像するだけなら自由だ。自分の思考空間の中だけでも思い存分働かせてやればいいのだから。


        7

〝ねえ、じゃ私があなたをもっと凄いエスパーで、この干渉波のブロックを消し去れるような能力を持っていると想像したらできるようになるの?〟

 半分冗談だったが、見事に笑い飛ばされた。

〝あ、ははは……無理だね、それは。カイン本人の思考空間だということを忘れてないかい?〟

〝いいじゃない、考えてみただけよ〟

〝他人の能力に頼ってばかりいると見えるものも見えなくなるよ。自分で何とかしようとは思わないの? ルディだってエスパーだろう〟

〝できるわけないでしょう。あなたと違って私は大した力もない、普通の……

〝今の状態ではカイン本人の意識は存在しないも同然だ。彼の意識と融合したわけでもなく、ただ壁に遮られただけでルディ本人の意識は消えてはいない。まだ望みはあるんだよ〟

〝そ、そんな気休めはよして! 私には無理よ!〟

 そう声を荒げる私にリオンは優しく笑みを投げかけた。

〝実体のないものをイメージするのはエスパーのおはこだ。そう言ったのはルディのお父さんだ。コンピュータ技師だっていうじゃないか〟

〝それが……

 どうしたというの、と答えかけて私は絶句した。どうして父の事を知っているのだろう? 私の心を覗いたとでもいうのかしら。しかし、そんな素振りはなかったし、私自身も何も感じなかった。

 ただ、コンピュータ技師の父親を持っているからといってどうしてこの状況が打開できると言い張るのだろうか?
 あらゆる事象をイメージするのはエスパーだけに許された能力だ。父のライアン・フォイスは電子の流れをイメージできる希少なエスパーだった。たった一枚の光ディスクを手に取り、再生装置を使うことなく中のデータを読み取ることさえしたものだ。

〝もちろん、それなりの訓練は必要かも知れないし、コンピュータが扱う電子情報に対しての深い造詣がなくては意味はない。しかし、航法コンピュータに施したサポートプログラムを組んだのはルディ自身だ。素養はあるはずだ〟

〝で、でも……

 わ、わけがわからない。混乱する私に対してリオンは強いイメージを送り込んでくる。安心と信頼、一緒に手伝ってくれると約束してくれた。

〝このブロックはおよそ機械的だ。電子機器の中だと思えばいい。干渉フィールドの発生原理は理解しているね? 問題はその波長を変調させているのは無意識的な振動源だということだ。合計六つの干渉波の源を見つけ出し、ひとつずつ組み込まれたプログラムを解除する〟

 言うのは簡単よ、という拒絶は無意味だった。テレパシー同士の交信はそもそもイメージの交換だ。どうやったらいいかという方法も、ほとんどは一緒に伝わってくる。リオンの言う通り、できないはずはない。

〝データの流れに身を任せて、最初は全体を見通すんだ〟

 言われるまま、私は思考を拡散させる。無限に広がる意識の中で、私は電子の織り成す世界を渡った。


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エピローグ

「閉じこめられたんですって!」

 どんぐりまなこがいっそう大きくなって見開かれた。

「よく戻れたわね。心配したわ」
「運が良かっただけよ。未だにどうやって帰ってきたか覚えてないわ」

 後日、センターのレストルームで再会したヨーコに私は曖昧に答えた。やはり国家機密は安易に口にするべきではないのだろう。それはセンターの職員にさえ同様で、赤毛の所長もまた詳細は尋ねようとはしなかった。しかし、ESPの研究に必要なケースに関わることはまた別だ。

 非保護者のカイン・ムートは私の帰還と時を同じくして意識を取り戻し、関係者一同を安堵と同時に落胆させた。彼の報告によれば結局シタット研究所に潜り込んだはいいが、同時に強力な精神攻撃を受けて、その後の記憶がまったく無かったのだ。
 単に忘れているというわけではなく、意識内のどの部分にも痕跡すら残っていないことは私やオーエン博士も確認した。

 それでも、それまでに得た彼の調査結果は充分な意味を持ち、近々銀河連邦からも大きな調査活動が行われるだろう。その時のマイスレンとしての動きも注目されるところだ。グレン・ソーマ大統領はしたたかで、隣国の情勢悪化を指を咥えて見守っているほど安穏としてはいまい。


 それはともかく、生還したカイン・ムートの報告を裏付けるためにマイスレン情報局に求められた私の報告の中で、たったひとつ表に出さなかったことがある。
 カイン・ムートの意識の中に確かに存在したはずの、しかし彼の記憶からも完全に消失してしまっているリオンと名乗った少年に関わることだ。

 不可思議であることは確かだが、何故か妙に納得してしまう。彼ならそれぐらいのことはやりかねない。

 もう一度会えるかしら。今度は本物の彼に……

 ヨーコにはとても言えないわね。からかわれるのがおちだもの。


「でも、あたしがいない間のケースで良かったわ。危ないあぶない」

「あ、あのね……

 一度たっぷりととっちめてやる必要があるわね、この娘は……


        了

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