サイコ・ガード ヨーコ(CASE 6)
プロローグ
何てこと、本当にいったい何があったというのよ!
その日、あたしは急いでいた。まったくその通りの状況で、いつも利用している無人タクシーだけど、その時ばかりは制限速度なんてまどろっこしいものを決めた地区保安局を呪いたくなった。
あたしがこんなに急ぐ理由といったら、ここ最近では、ほぼ間違いなく例の仕事がらみということになる。それはマイスレンに設置された連邦超能力開発研究所・対ESP特別保護管。あたしはその「サイコ・ガード」なのだ。
とはいっても、ただの学生アルバイトに過ぎないというのが建前なんだけど、都合よくこき使われているうちに仕事にも慣れてしまってきている。それが、あたしとしては複雑なんだけど、それなりのプライドもあったりするから困りものだ。
しかし今日は、そんな心の葛藤など吹き飛んでしまっていた。赤毛の所長からのその一報は、貴重な昼食を頼んだばかりの食券を放り投げてもまったく顧みることすらなくなるほど、あたしを驚愕の淵に追いやったのだ。
--マンドル夫人の娘、シアが誘拐された
そんな冗談みたいな話、信じたくもなかった。
ケース 6 「アニー」
1
「所長っ!」
生体認証をはじめとした各種セキュリティチェックもまどろっこしく、ドアが開くのも早々にあたしは所長室に駆け込んだ。
「ヨーコっ!」
「ルディも呼ばれてたんだ」
その大して広くもない部屋には、大きさだけは不相応なほど立派なデスクを取り囲むように、ルディとそしてクレイトン女史があたしより先に駆けつけていた。
「いったい何があったっていうんです? 所長!」
そして当の部屋の主はといえば、いつもはふんぞり返って自慢のカイゼル髭をもてあそぶのが癖という赤毛の所長が珍しく深刻な顔をしており、それが原因ではないのであろうが、急に重くなったその顎から上を固く組んだ両手で支えていた。
「落ちつきなさい、ミスグリーン」
「で、でも
……」
「事件自体は2日前の未明、おりしもマンドル夫妻の留守中での出来事で、それを聞いた夫人は警察よりも先にこの研究所に連絡を寄こしてきた。サイコガードの出動を要請しておる」
「しかし、誘拐ですよ? いくらシア・マンドルが私たちの被保護者であるとはいっても、凶悪事件の捜査が私たちにできるわけがありません。ここは警察に任せるべきです」
「そんな、それじゃシアが
……」
ミンブル所長の説明は簡潔だったが、警察を頼るべきとするクレイトンの主張は、おそらくは正しいのだろうが、あまりに冷たく聞こえた。シアは誰でもない、このあたしの担当した最初の被保護者なのに
……。
「マンドル夫人からの出動要請というのは具体的にはどうなんです? 確かにそれなりの数のエスパーを抱えているといっても、所詮はテレパス中心のサイコ・ガードです。あたしたちに過大な期待をされているとも思えませんが
……」
そんなあたしの気持ちを代弁してくれたのか、ルディはもう少し詳しい事情を求めた。
そうなのだ。サイコ・ガードといっても、個々人で見ればそれほど大した力の持ち主はいない。確かに任務の内容からも、テレパシー能力は高いかも知れないが、凶悪犯を前に役に立ちそうな能力を期待されても困る。だいいち、あたしの覚えているところでは、シアの住むマンドル家の屋敷には相当厳重な警備が施されていたはずだ。そんなところからシアを誘拐してしまうような犯人に対して、いったいどんな対抗手段があるというのだろう。
でも、たとえ出来ることが全くなくても、実際にこの足でシアを探したいという気持ちは変わらなかった。
「夫人は、自ら捜索に当たるつもりらしい。しかし、今のシアの状態は普通ではないことは皆も承知していると思うが、万が一に備えて彼女のケースを担当したヨーコ君の派遣を要請してきたというわけじゃ」
あたしは即答した。
「行きます! 今のシアは力が使えないのよ。きっと何もできずに怯えているに違いないわ。何とかして助け出だなきゃ!」
「ふむぅ
……」
それでも所長は決めかねている様子だ。しかし、もうあたしは覚悟を決めたのだ。この期に及んでいったい何を迷うことがあるというんだろう?
「所長っ!」
〝そう結論を急がないで、ヨーコ〟
「えっ、なに?」
急に頭の中に聞こえてきた声は、たしかに聞き覚えのあるものだった。とはいうものの
……
「ヨーコ君?」
「突然どうしたの、ヨーコ?」
ルディたちには聞こえていない。これは間違いなくテレパシーによる交信だ。あたしはその突然の出来事に戸惑いつつも、少しは冷静になって考えてみる。まがりなりにもここは連邦所属の超能力開発研究機関であり、スパイ対策のための設備にも抜かりはない。重要な機密が盗まれないよう、各所にESP中和フィールドが展開されているのだ。当然、この所長室も例外ではない。この中では、たとえエスパー同士であっても接触テレパスでなければ互いの思考のやりとりは不可能なはず。
(いったい、誰?)
〝待ってて、今そこに行くから
……〟
「いったい、何を言ってるの?」
そう口走ってしまい、そのため周囲の奇異の視線を背中に感じながらも、あたしは入り口のドアの方を振り向いた。
--プシューッ
「なっ?」
「誰じゃ、今ここは誰も入れないようロックしてあるはずじゃぞ!」
そんな悲鳴のような声を無視して、まるで何事もなかったかのように普通に自動ドアの先から入室してきた人物を、あたしはよく知っていた。
「エフィ!」
「ごきげんよう、ヨーコ。それに、ルディ」
にこやかな笑顔はその持ち味なのだろうか、まだ数回しか会ったことはないものの、あたしにとって、この宇宙で他の誰よりも頼りになる知り合いの登場だ。あたしも、そしてルディも驚きはもちろん、歓迎の笑みを浮かべて出迎えた。
「いったいどうしてここに? というか、どうやって?」
「くすっ、この件はあたしにとっても見過ごせない問題だから。本当は直接テレポートで乗り込もうと思ったのだけど、彼女に止められちゃって」
「彼女?」
そう言って後ろに流した視線の先を見て、あたしはもう一度びっくりした。
「え、エフィ
……が二人? え、何?」
エフィのすぐ後ろに立っていたのは、彼女とまったく同じ顔をしたもう一人のエフィだった。
「言っとくけど、双子じゃないわよ。あたしの従姉妹なの」
「アニーです。よろしくお願いします」
従姉妹? それって両親のどっちかが兄弟姉妹っていう
……。確かに血縁には違いないのだろうけど、普通こんなに似るものなの?
とはいうものの、アニーという名には覚えがあった。そういえば一度アルジスに立ち寄った際に、一度は会っていたはずなのだ。すっかり忘れていたというよりも、あの時はただでさえびっくりすることばかりで、しっかり覚えていられなかった。きっとあたしも慌てていて、同じ顔が揃っていたというのに、どちらもエフィだと認識してそのまま流してしまったに違いない。
それに、よく見ると艶やかな黒髪を後ろで束ねたエフィと違って、アニーの方は同じ色だけどショートカットだ。見分けるとしたら、それぐらいだろう。きっと昔からよく間違われていたので、あえて区別がつくように髪型で工夫しているに違いない。
「す、少し待ってくれんかね。ヨーコ君の知り合いらしいが、いったい君たちは何者だね? このセンターのセキュリティは万全じゃというのに、それなりの説明はしてもらわんとこちらの立場もないんじゃが?」
「えっと、彼女たちは
……」
いきなり目の前で再会の感動を見せつけられ、憤慨した様子でミンブル所長がたしなめた。そこであたしはどう紹介しようかと言葉を選んでいたところ、
「いいわ、ヨーコ。自分でするから」
そう言ってエフィーはさらに数歩前に進み出て、ミンブル所長の正面に立った。その堂々として落ちついた雰囲気や言動に反して、あたしよりも頭ひとつ分は低い小柄な体格と、まだまだ「あどけない」といった表現がよく似合うそんな容姿から、実際の年齢を推し量ることが難しく思えた。しかし、その後ろに控えるアニーの方は、エフィとは違って雰囲気も柔らかく、おとなしそうな印象を受ける。こちらの方は、普通に14~5歳、多く見積もっても16歳ぐらいの少女にしか見えなかった。
「あたしはアルジス女王直属の親衛隊『ロイヤルガード』のエフィ、そしてアニー。ミランダ女王の勅命で今回のシア・マンドル誘拐事件の捜索および救出のために来たの」
「アルジスが?」
「ミランダが直接、ちょっとそれ凄いことなんじゃ
……」
「ヨーコっ!」
ルディの厳しい叱咤の言葉にあたしは肩をすくめて口を閉じた。考えてみれば他国とはいえ国家元首を呼び捨てにするのはあまりに失礼だ。反省はんせい
……。
「確かに母親であるマンドル夫人はアルジス出身、繋がりは深いものがあるかも知れんが、これはあくまでマイスレン国内で起こった事件であって、他国の捜査権への介入は筋違いにはならんかね? 政府に対する正式な協力の申し出を行うべきかと思うが?」
「その通りだけど、事件はこれ一つではないわ。この2ヶ月の間に、連邦のあちこちで同じような誘拐事件が多発しているの。その被害者は全員が指数300以上のエスパーで、しかも7歳から12歳の子供ばかり」
「な、なんですってっ!」
「子供のエスパーばかりを狙った連続誘拐事件って
……」
いったいどういった目的で? しかも指数300と言えば、簡単な扉程度なら吹き飛ばせるだけの力の持ち主ばかりではないか。もちろん指数575のシアはその中でも飛びぬけているが
……。
「ここまで悪質なエスパー狩りは古今例がないわ。事態を重く見たアルジスは連邦政府に汎銀河的な捜査本部の設置を要請すると同時に、先行してあたしたちを派遣したというわけ。ご理解いただけました?」
「うむむ
……」
アルジス公国は連邦内でもエスパーの発生率が高いことで知られ、独自の能力開発システムを有する星系国家だ。大昔はエスパーに対する迫害も連邦内では多かったと歴史では習ったが、その解消のために何百年も地道な活動を続けてきたことは有名な話だった。エスパーがらみで国家間を超えるような大きな事件が起こるようなことがあれば、やはりその陣頭にたってその解決のために動くのは、もはや単なる外交を超えて、自らの責務だと考えているのかも知れなかった。
「もちろん、連邦議会の承認が得られるまで待っていられないってことが本音。だから今のところあたしたちはミランダの私的な要請で動いているだけなの」
「ちょっ、エフィ!」
あまりな発言に、おとなしく聞いていたはずのアニーまでが声をあげた。言いすぎ、だと小声で注意しているようだ。
それにしてもエフィったら、自信満々に事件の捜査権を主張しておきながら、最後には実は個人的に動いているだけって宣言しちゃったよ。でもそんなあけすけなところが本当の意味での自信や裏付けを表しているようにも思えた。
「だから、これはお願いなの。ヨーコはあたしたちに貸してちょうだい。マンドル夫人の方はこちらで了承させとくから」
「えっ?」
突然、話があたしの方に向かってきた。え、何? やっぱりあたしなの?
「あたしたちが出向いてきた。その意味をヨーコなら分かってくれると思う。これは一刻を争う大事件なのよ」
そんなに明るく言われたって、ちっとも大層な事件に聞こえないよ、エフィ。
2
結局のところ、エフィたちの要請が通り、あたしは彼女たちの捜索に随行することになった。
他ならぬあたし自身が強固に参加を主張したこともあるが、それでも難色をしめすミンブル所長にエフィが小声で何やら伝えると、いきなり顔色が変わってあっさりと許可が下りてしまった。
いったい何をしゃべったのだろう? そのうち彼女に聞いてみよう。あのぐうたら所長の弱みのひとつでも握ってしまえば、これまでのように好き勝手にこき使われなくて済むようになるに違いない。
「最初に端末をひとつ貸してもらって構わないかしら?」
誘拐事件の捜査といっても、最初に何から手を付けて良いものか、あたしには分からなかったが、エフィは即座に行動を開始した。
もはや何も言い返す気力もないのか、所長は渋々ではあるもののセンターの情報処理ユニットへの入室許可と端末の使用許可を与えた。もちろん、被保護者やスタッフのプライバシーや機密に関する情報にはアクセスできない、それは一般職員が持っているものと同じ権限しかない通常アカウントに過ぎなかった。それでも公開ネットには接続できるため、何かと調べ物をするのであれば、まずここから、とあたしもたまに大学のレポートのために利用したこともあった。
「頼んだわよ、アニー」
「まかせて
……」
意外にも、これまで先頭に立ってやり取りをしていたエフィではなく、その端末の前に座ったのはアニーの方だった。邪魔をしてはいけないというのか、あたしはすぐにエフィによって部屋の外に連れ出された。
「アニーはああ見えて、情報処理にかけてはスペシャリストなのよ」
「へぇ~、そうなんだぁ」
可笑しそうに、そして誇らしそうにエフィはそう教えてくれた。
「ルディも似たような能力を持っているわね。でもアニーの力は次元が違うから、そのうちもっとびっくりさせてもらえるから楽しみにしておいて」
その表現だけでも驚きものだが、アニーのことを話すエフィは本当に嬉しそうで、そして優しい表情をする。顔が似過ぎていることで当然と思ってしまいがちなのだが、本当に姉妹のように大事にしているのがわかった。
そんな微笑ましい関係を見せつけてくれるエフィだったが、その次の発言はやや真剣なものだった。
「それから、これはヨーコにお願いなの。あの子のことを見守ってやって欲しい」
「えっ?」
エフィと並んでアニーもまたアルジス屈指のエスパーであることはミランダやカシュアの話で聞いていた。それをあたしなんかに何をお願いするというのだろう?
「アニーの能力はあたし以上よ。その意味では安心してくれていい。だけど、あの子は優しすぎるから
……あまりに一途だから、どうしても心に隙ができてしまうかも知れない。そんな時は支えてあげて欲しいのよ。あたしの代わりに
……」
「何を言ってるの、エフィ? おかしいわよ?」
あたしのそんな疑問に、
「今回、あたしは別行動なの。マンドル夫人のこともそうだけど、他の被害者たちの情報をあらいながら犯人を絞り込むわ。この任務のメインはアニー、あたしはバックアップというわけ。よろしくお願いね、ヨーコ」
そう言ってあたしに笑いかけるその笑顔は、どこか寂しげで、それはアニーが頼りないからという意味とは全く違う何かを感じさせるものだった。
* * *
(妹のひとり立ちを喜んでいながら心配もしている姉の心境なのかな?)
あたしは、エフィの言葉とそのときの表情を思い浮かべながら、そんな考えに耽っていた。何を調べているのかわからないが、アニーがようやく部屋から出てきたのはそれから間もなくのことだった。
「お待たせしました、ヨーコさん」
「『ヨーコ』でいいわよ、あたしもアニーって呼ぶから」
「はいっ、よろしくお願いします。でも、エフィはもう?」
「ええ、ついさっき飛んでいっちゃった」
いや、飛ぶというのは適切な表現だろうか? あたしの目の前で文字通り消えてしまったのだ。テレポートはアルジスにいた時に何度も見たはずなのに、マイスレンではほとんどお目にかかることはない。いつまでたっても慣れないわ。
「宇宙港に船が用意してあるから、アニーもさっさと動きなさいって、エフィからの伝言よ?」
「そう
……ですか。わかりました、じゃ行きましょう。準備の方はよろしいですか、えっとヨーコ?」
「もちろん! 待ってる間に着替えも装備もばっちり。親にも連絡を入れたし、多少の長旅だってへっちゃらだもん。ただ
……」
「ただ?」
いや、ここで泣き言は言うまい。たかが大学の単位1つや2つと、大切な被保護者の命とは、秤にかけられるような代物ではないのだ。
3
この日、あたしは人生の中で三度目となるテレポートを体験し、文字通りあっという間に宇宙港に飛ばされた。普通に陸路を選んだのでは半日近くもかかってしまうというので、アニーも不用意な能力の使用は控えたいという自分の信条よりも時間を優先させたのだ。
「あまり見せびらかすようなのは嫌いなの。アルジス国内なら、誰も気にしないけど、やっぱり
……」
「わかるわかる。みんなびっくりするものね。やっぱりテレポートって難しいの?」
エフィと違ってこのアニーという少女は物腰も丁寧で、おとなしい性格のようだった。控え目というのが一番近いのかもしれない。そんなアニーは受け答えも優しく、あたしのちょっとした疑問にも真面目に考えてくれるので、ついつい質問ばかりしてしまっていた。
「難しい、かな。完璧な空間認識力が不可欠だし、距離が遠くなればなるほど、その場所をイメージするのは困難になるわ。昔でいうところの千里眼かな。それに、必要となる『力』の総量がケタ違い」
「なるほどぉ。あたしは透視すらできないから問題外ってことね」
「えっと
……透視ぐらいなら、ちょっとしたテレパスなら訓練を積めばできるようになるけど?」
「え、そうなの? でもセンターの講義じゃそんなことは言ってなかったと思うけど」
アニーはそれにはきょとんとした表情をしたが、
「いろんな能力があるといっても、結局はひとつのESP波による現象だと考えれば、それぞれに関連性があるのは自明のことなんだけど、そこまでESPに対する研究は進んでないのかも。アルジスで行われている『修行』は宗教的な要素が強いから、比較できるようなものでもないんだけど
……」
あどけない、とは言っても、時々こんな話し方をするから勘が狂ってしまう。
何かを説明したり、論じたりするような場面では、ひどく大人びたというか論理的というか、まるでどこかの研究者のような言い回しをする。エフィはもちろんだが、アニーにもそんなところがあった。
あの陽気な司教は変わってたけど、その「修行」の中心地であったグルモンド教会で感じた雰囲気とはどこか違って見えた。どういうわけか、あの時みたシモンという名の修行僧や、何人かの司祭たち、またカシュアからも感じたのは神秘的で、どこか浮世離れしていたものだが、今目の前にいるアニーや、そしてエフィからはちっともそんな感じがしない。それこそ街中のどこにでもいるティーンエイジャー然とした雰囲気なのだ。
確かに、頭もいいのかな、とこんな話をしていると感じるのだが、それが大学の教授たちがよくやるような言い回しで、教会で聞くような説教などとはまったく違うように思えた。
やっぱり、アルジスの中でも特別なんだろうな、とは思うのだけど
……
「お待ちしておりました。いつでも発進準備はできています」
用意された船は当然アルジスの物で、小型だが優美なシルエットをした外宇宙用クルーザーだった。白を基調としながらもピンクのカラーリングが見事で、それは今アニーが身につけている淡いピンク色の制服に合わせて造られたかのように思えた。
「お世話になりま~す!」
品のいい優しそうな艦長にまずは挨拶をしたあたしだったが、アニーはブリッジに入った瞬間、少し驚いたような表情を浮かべてその中を見回した。
「まさか、あなたなの?」
--イエス、マイ、マスター
誰に向かうでもない、そんなアニーの問いかけに、合成音でややエコーがかった男性の声で返事が返ってきた。これって
……
「よかった。もう会えないかと思ってた」
--光栄デス
「つい先日竣工したばかりの新造艦です。エフィ様のご指示でメインコンピュータには『ナル』が搭載されました」
「こんなに心強いことはないわ。ありがとう、艦長」
「私の方こそ、これほどの船に乗船できることは宇宙船乗りにとって大変名誉なことです。今回の任務が無事に達成できるよう、艦長以下12名、全身全霊をもって任務に励みたいと思います」
会話もできるAIを備えたコンピュータは、実は珍しいものだった。技術的にはある程度のレベルまでAIは発展はしているものの、現場で扱われるコンピュータに、そんな機能を持たせる意味はあまり多くなく、むしろ処理速度や正確な演算能力を犠牲にしてしまうことが明白になるにつれ、そういった余興的な研究は置き去りにされがちというのが実情だった。
しかし、今アニーが見せたのはまるで懐かしい友達に再会したかのような感動的な場面で、この「ナル」という名のコンピュータには何か深いいわくがあるように思えた。
「それでは早速出発いたしましょう。行き先のご指示をお願いします」
「ありがとう艦長。まっすぐクマイ第3星系に向かってちょうだい」
「了解しました。進路をクマイへ向けて発進いたします」
「ねぇ、アニー?」
「何かな、ヨーコ?」
目的地も決まり、一度発進してしまえばあとは艦長さんたち操船クルーの仕事で、あたしたちのやることはほとんどなかった。自室でのんびりするのも退屈だが、あたしとしてはあれよあれよという間に連れてこられた形で、それなりに今の状況を確認しておきたかったのだ。
「どうしてクマイだと分かったの?」
「それは
……」
少しも迷くことなく、艦長に目的地を告げたアニーの口調は柔らかくも、しかしそれを確信した物言いだった。
「マイスレンの全ての宇宙港からの管制記録と軌道上を回る監視衛星の記録を照らし合わせて、事件以降に発着した形跡のある船をトレースしてみたの。第5惑星の管制塔の記録で、最初のワープインの痕跡も発見したから
……」
「ちょ、ちょっと、それって
……」
アニーがコンピュータールームに籠っていたのはほんの30分程度だ。たったそれだけの時間で、犯人の使った船を特定し、その行き先まで絞り込んだというのか、この少女は。
それにしたって、たかがセンターのゲストIDでどうやって宇宙港の管制記録だの、監視衛星だのって
……。
「あ、あたしの場合、パスワードは別に必要ないし」
--情報処理のスペシャリスト
たしかエフィはそう表現していたはずだ。それはこういう意味だったのか。末端のコンピュータがひとつあれば、どんな情報でも引っ張りだせる。
「あ、あんまり驚かなくても
……」
あたしの驚いた顔を見て恐縮したのだろうか、急に気弱な声になっていくアニーを見ていると、その余りのギャップに呆れてしまう。
「それも
……能力なの?」
「違うといったら嘘になるけど、少しズルをしてる。このあたりは説明が難しいし、素養がないと理解しにくいと思う」
素養というと、たとえばルディみたいにそれが得意とか、イメージできる才能ってことになるのだろうか。
「エスパーの持つイメージする能力というのは、要は『物事を捉える力』というのは知ってる?」
「うん、それはセンターの講義や訓練でも教えてもらったよ」
「そう、それは力の大小はあっても基本的には同じものだけど、1人ひとり個性というか、得意分野があるというか
……そういった感じ」
アニーの説明は、本当ならひどく難しい事柄なのに、それをどうにかして感覚的に理解させようと苦心しているように思えた。あとでエフィからも教えてもらったことだけど、アルジスでの修行は、大昔から伝わる宗教的な手続きや因習が根強く、今あたしたちがセンターで学んでいるような科学的に解明され、体系化されつつある理論とは、対象は同じでも、とても1対1で対応するようなものではないらしかった。そのあたりの説明の難しさがあるのだろう。
「じゃ、アニーは電子や情報関係が得意分野ってことなのね?」
「簡単にいえば、そうよ」
「それじゃ、エフィは何が得意なの?」
その質問には、アニーも少し考えるような仕草を見せた。別に喋りたくないというわけではなく、最初にエフィが彼女のことを誇らしげに語ったように、逆に彼女の方でもエフィをとても信頼し、誇りに思っていることが分かるのだが、どこまで話していいのか迷っている様子だ。
「エフィは
……生体、かな」
「生体?」
「うーんと、細胞レベルで人間や他の生物の生命活動をコントロールできるの。たとえば、普通に人間が持ってる治癒能力を加速させて、怪我とかでもすぐに治しちゃったり」
「ええっ! それってすごいことなんじゃ!」
昔のオカルト的な表現でいうところの心霊治療とか、そういった現象が存在し、それがESPによるものであるらしいことは教本でも載っていたけど、実際にそれを見たことはない。
「案外、そうでもない。怪我を直す程度なら、コツさえ知ってさえいれば指数200前後のエスパーでもできる人はいるし、逆に素養がなければ指数500だってできないことはできない」
「アニーはできるの?」
「い、一応は」
それが大変申し訳なさそうに聞こえるのは、大した力も持たないあたしへの気遣いなのだろうけど、そんな心配は無用だった。アルジスでの一件や、その後のアダンでのぶっ飛んだ経験で、むしろあたしの中ではそんなことで卑屈になったりするのがバカバカしいぐらい、達観できるようになっていたのだ。
「エフィは特別なの。DNAの挙動までコントロールしてしまえるエスパーは、たぶん銀河にも数えるほどしかいないと思う。一度惑星アダンで『変身』してみせたでしょ、あの子?」
「うん、そうだったそうだった。びっくりしたよ!」
そうだった。単に能力といってしまえばそれまでだが、アダンは惑星の住民のすべてが白髪という変わった星だった。そこにあたしたちより先に潜入して調べ物をしていたのが、エフィだった。
「あれは、自分が本来持つDNAによって現れる形質に割り込みをかけて、髪の色とかが白くなるようにコントロールしたのかな。他にも多少手を加えたかも知れないけど、だいたいはそんな感じだと思う」
「そうなんだぁ。そんなことまでESPでできるものなの?」
「理屈が分かっていて、それをイメージできる能力があれば、ね。あたしも真似をしてみたことはあるけど、あまり長時間はそれを維持できなかった」
「それが得意不得意っていうことなのね?」
「ええ、簡単にいうとそんな感じ。でもエフィのすごいところは、自分の専門分野ではもちろん誰よりも優れているけど、他のことも大抵はやってしまえるってこと。昔から頑張り屋さんだったから、ひと通りのことなら何でもできるぐらいに努力してそれを身につけてきた。さっきあたしがやったコンピュータの操作も、あれぐらいならエフィにもできると思う」
先ほどとは逆に、アニーがその従姉妹であるエフィを語るその様子は、ほとんど憧憬にも似たもので、才能があるだけでなく努力家でもあるエフィを信頼し、そして尊敬の対象でもあったのだろう。
(あたしは
……エフィほど強くないから)
眩しそうにエフィを語る彼女の横顔を眺めながら、しかしその奥に潜む本当の感情には、そのときのあたしは気づかなかった。もとより、あたし程度の能力では、たとえテレパシーを使ったとしても彼女たちの心を覗くことなぞ不可能に違いなかったのだ。
4
「間もなくクマイ第3星系です。120年前に発見、調査が行われましたが、人類の居住可能な惑星はなく、めぼしい資源も見当たらないことで放置された、と記録ではそうなっています」
モニターに映し出された星系図を見ながら、艦長さんが簡単に説明してくれた。「めぼしい資源」はなくても、7つある惑星にはそれぞれ利用可能な物質、資源は豊富にあるものだ。しかし、宇宙船を使い、何光年もの距離を渡るような交易の対象にするにはコスト的にも釣り合わない。
普通、各星系国家は自給自足が基本で、ドラマのように星々を渡り歩く商用宇宙船の往来というのは、現段階ではありえないものなのだ。将来、今の超空間航法(ワープ)に代わってもっと安価で安定した航行手段が発見されるようなことになれば、また事情も変わってくるのだろうが
……。
惑星マイスレンを出発して3日目、あたしたちは早くも目的地である星系に到着を果たした。
「第4惑星、あのガス惑星に人口のプラント衛星があるはずです。そちらに向かってください」
「了解、進路を第4惑星へ」
〝どうしてそんなのがあるって知ってたの?〟
〝さっき、エフィからの連絡があったの。この星系のことも調査対象だったらしいわ〟
艦長さんたちの仕事の邪魔にならないよう、ブリッジではテレパシーであたしたちは会話をした。いわゆる私語ということになるが、多くはあたしからのどうでもいいおしゃべりだ。
〝事件との関係が疑わしい星間企業のひとつから、秘密裏に建造された人口プラントの情報を引き出し、あたしに教えてくれたの〟
〝それって、通信じゃないよね、テレパシー?〟
〝ええ、そうよ。エフィとなら、何百光年離れていても「声」は聞こえるから〟
とんでもない
……。公式の記録ではエスパー同士のテレパシーによる思考の交換実験は最長でも2~3光年が限界とされているのに。
〝あたしとエフィは
……「近い」から〟
そうあたしの疑問に答えるアニーはちょっと照れくさそうで、それでいて複雑な表情をしていた。
「あそこに被害者が捕らわれているとお考えで?」
「その可能性は高いわ。情報ではあのプラントに設置された機材は各種研究設備、それも能力開発に使われる類のもの。エフィの予想が当たってたんだと思う。それも悪い方の
……」
* * *
「
……ど、どういうこと?」
数時間後、その第4惑星を巡る周回軌道に到達したあたしたちは、その光景をみて愕然とした。情報にあったプラント衛星はどこにも見当たらず、代わりに無数の残骸が惑星の周囲に散らばっていたからだ。
「すでに破壊されているようです」
「何があったの? というか、シアは? さらわれた他の子供たちは
……」
あたしはあまりの光景に言葉をなくし、シアの身に何があったのか心配でたまらなかった。ブリッジのメンバーも当惑して顔を見合わせている。
「解析を行います。『ナル』手伝って!」
--了解シマシタ
そんな中、アニーは戸惑いを隠せないブリッジの中に澄み切った声を響かせて一歩前に進み出た。
「動力のほとんどを『ナル』の演算と、船外センサーに割り当てます。照明も落としますので、みなさん、席へ」
「は、はい。各部署に通達、」
「了解!」
ブリッジが一瞬あわただしくなったが、それはすぐに収まった。指示通りに全員が待機したこともあるが、言葉通りモニターやセンサー類の青白い光だけを残して、照明が落ちたことで、自然と艦内が静まり返ったからだ。
〝集中したいから
……余分な電子機器の音は雑音にしかならないの〟
〝わかった。頑張って〟
〝うん〟
あたしのテレパシーに、彼女はすっと目を閉じてそう返事した。
それからアニーのやったことは、うまく言葉にはできないし、たぶん理解することなど絶対に無理だろう。最初にエフィが言った「びっくりさせてもらえる」は、この事を指していたのだと、その時確信した。
--ポワッ
暗闇の中、アニーの身体がやや黄色がかった光に包まれた。これは、かつて惑星アダンで目撃したESP波の光に間違いない。空間の過飽和まで膨れ上がった濃密なESP、とあのときエフィが説明したものと同じだった。
それと同時に、それに続いて交わされた会話も思い出した。
--星ひとつ巻き込む覚悟があったらね
ちょ、冗談じゃない。そんな強力な力を、今から使うつもりなの?
--座標確認、演算開始
……
「ナル」の合成音がブリッジに響き渡り、それと同時に中の全てのコンソールに供えられたモニターが複雑な数値を次々に描きだし、ものすごい速度で動き出した。同時に、正面にある巨大なスクリーンが現在の第4惑星と、その周辺の残骸の場所をモデリングされたデータで表示し始める。そして
--シュミレート開始
……
そのスクリーンの画像が動き出す。それも
……時間を遡るように、無数の破片になって分散していたプラント衛星が、徐々に集まって、最後には完全とまではいかないまでも原形が分かるぐらいまでは再現されていた。
--再現率78% 残リノ破片ハ惑星ニ落下シタト思ワレ、再現不能。
こんなことって
……。どうやら、細かいものも含めて確認できる全てのプラント衛星の残骸を、現在の位置と運動量から逆算してもとのプラント衛星の状態を導き出したらしい。それも、こんな短時間で
……これって、アニーの力? それともメインコンピュータである「ナル」の性能なの?
「ありがとう『ナル』」
しかし、アニーのやったことはこれで終わらなかった。
〝コネクト!〟
今度はアニーのテレパシーだ。あまりに集中しているためだろうか、漏れ出るようなそれはあたしにも聞こえてきた。
「うぁ、漂流中の破片にエネルギー反応
……か、稼働しています!」
「な、なんだって!」
さすがに状況を見守っていたブリッジのメンバーたちも騒ぎだした。あたしもそれに気付いて目を見張ったわ。だって、破壊されて軌道上に浮かんでいただけのプラントの残骸がチカチカと光を返しているように見えたからだ。
〝気にしないで〟
〝う、うん。わかってるけど
……〟
怖くなっているあたしに気づいたのだろうか、短い言葉でアニーのテレパシーが届いた。と、同時にそのアニーの思考、というより今「見て」いるものが頭の中に流れ込んでくる。それは、破壊される前に存在していたプラント衛星が記録した各種センサーの探知ログであったり、記録された映像、またコンピュータによって処理されたデータの数々だった。
ばらばらになって壊れてしまったはずのプラント衛星のそういった電子機器をパズルのように組み直し、エネルギーを送り込んでその中のデータを読み取っているらしい。
そんな無茶苦茶な能力、聞いたこともないどころかやろうと思うこと自体、想像すらできないわ。
それらのデータは数値化されたものだが、アニーの頭の中では、映像や音声の形に再変換され、それが次々に映し出されては整理され、ナルの記憶メモリーに転送されていた。
「こ
……これが『電子の女王』」
その様子に驚きの声をあげる艦長さんのセリフが耳に入った。そういえば、あたしたちよりはるかに年かさの艦長以下船のスタッフたちだったが、妙にアニーに対して丁寧な言葉遣いをしていたことには気づいていた。、それは年端もいかない少女に対して度が過ぎているように思えたものだ。
女王陛下直属の「ロイヤルガード」である彼女への敬意だけかと思っていたが、実際にこれを目の当たりにすると純粋にアルジス屈指のエスパーに対する崇拝に近いものだったんだな、と納得してしまう。
電子の女王
……初めて耳にするそんな異名にも納得してしまう。アニーは、物理的に繋がっているかいないか、稼働していかどうかさえ関係なく、それを操作してその中からデータを読み取ってしまえるようなエスパーなのだ。
ルディに話したら、いったいどんな顔をするだろう? いいや、きっと信じないに違いないわ。それほど
……すごいという言葉さえ陳腐に聞こえてしまうぐらいに飛び抜けた、まさに次元が違うというしかない。
しかし、それを実際にこなしながらも、外見ではじっと眼を閉じて何かに集中しているように見える彼女の表情は穏やかで、まるで暗闇の中、自ら光を放つ妖精のように佇んでいた。
その視線がすっと開かれる
……。
〝見つけた
……〟
それは、ほんの微かなつぶやきで。注意深く見ていなければあたしも気づかなかったに違いない。冷たく冷静な視線とは裏腹に、その何を見るでもなく細く虚ろに開かれた瞳の中に、なにがしの感情を含んだものに思えた。
先ほどから膨大なデータを次々に「ナル」に転送されていたものが、そのほんの一瞬だけ途切れたのがあたしにも感知できる。その時アニーの頭の中に描かれた映像は、プラント衛星のどれかのセンサーがほんの一瞬捉えたものだ。複数のいくつかのセンサーの情報と結合し、補正がかけられて、より映像は鮮明になって
……外壁に片膝を落として立っているひとりの少年の姿を映し出す。
それが誰なのか、あたしはそれを知っていた。
5
--解析終了
「ナル」の無機質な音声と同時に、ふらついて倒れそうになった彼女をあたしは慌てて支えた。
「だ、大丈夫?」
〝え、ええ、大丈夫〟
最初はテレパシーで返事を返したアニーだったけど、すぐに気がついて言葉を発した。
「少し深く潜りすぎたみたいで、視覚がまだ戻っていない
……、でも、もう大丈夫」
「本当に、無理しちゃダメよ」
「ありがとう、ヨーコ。『ナル』システムを通常状態まで回復。すぐに発進準備」
--了解
「発進って、シアの居場所が分かったの?」
「うん、このプラントが破壊されたのが約12時間前。だけど、その2時間前に発進した宇宙船にシアも乗っていた。行き先のデータも確保したから」
「そ、それじゃ」
「うん、次は追いつける」
* * *
「ねぇ、アニー?」
「なぁに?」
本人は大丈夫と言い張ったが、心配したあたしと艦長さんの両方の説得でどうにかアニーは自室での休息をとることを了承し、あたしもそれに付き添うことになった。そういえば、マイスレンを出発してからもう4日、アニーがゆっくりしているところを見たことがない。いつもブリッジにいて、鬼気迫る速さでコンソールに向かって何やら作業を行っていた。目的地のデータ収集とか、「ナル」による船内コントロールプログラムの更新とか、とても忙しそうにしていたものだ。
無理にでも寝かせてやってください、と艦長さんにお願いされたわけだが、その前にあたしはアニーに確認しておきたいことがあったのだ。
「さっき
……聞こえたから。『見つけた!』って」
「あっ
……」
あの「解析」の最中、一度だけそれが停滞した瞬間にあたしが感じた出来事を話すと、彼女はびっくりした表情をして、そして急に恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「き、聞こえていたの? あ、あたしったら、なんてドジを
……」
「そ、そんなに気にしないで。あれだけの集中してたんだから、それにたまたま見えただけだし。あれって
……リオン?」
アニーは恥ずかしそうに俯くと、コクリとうなずいた。
「この2年間、一度も姿を現さなかった。この前の即位式の時も痕跡を残しただけだったけれど、ようやく見つけた。あのプラント衛星を破壊したのは彼よ」
「やっぱりそうだったんだ。でもそんな乱暴なこと
……」
アニーは、それには笑顔を浮かべて答えた。
「大丈夫、シアの方は間に合わなかったみたいだけど、それ以外の被害者は破壊前にシャトルで脱出させたことがわかっているわ。今エフィが救出に向かってる」
「そうかぁ
……あれ?」
会話の流れで自然と流してしまいそうになったが、あたしはそのことに気がついた。
「リオンってエスパーだったの?」
あたしが直接会ったときも、そしてラクミュード司教が断言したときも、彼がエスパーではないと、そう結論づけられたはずだ。いったい、どうなっているの?
「リオンはエスパーよ。力はあたしたちと同等
……だと思う」
「でも、そんな兆候は感じなかった。もしそうだとして、いったいどんなエスパーなの?」
それにはアニーでさえ、正確には分からないと答えた。
「惑星アルジスが壊滅したあの時まで、あたしたちはもちろん、アルジスの優秀なエスパーたちも、またどんなESPセンサーでさえ彼のことを探知できなかった。エフィが言うには、ESP波のコントロールが異常に優れているんじゃないかって。たとえテレポートしても、まったく痕跡を残さないぐらいに
……」
「それが、リオンの『得意』?」
アニーがくすっと笑い顔を見せた。
「そうとも言えるけど、確かなことは誰も分からないわ」
「いったい、どういう人なの? 2年間も隠れていたというし、それが今頃になってこんな事件に関わってる」
「それは
……」
アニーはやや考えるような仕草、というよりもどうやらエフィと連絡をとっていたようだ。
〝うん、ここからはナルにも記録を残したくないから、〟
〝えっ? あっと、わかった〟
どうやら彼女たちの間では極秘中の極秘な内容らしかった。そんな話をあたしにしていいの? って思ったけど、そういった機会は逃したくないというのがあたしの性分だ。
〝惑星アルジス崩壊の後、リオンはそれをやったのが何者なのか突き止めるために姿を消したの。ただ、アルジスとミランダを頼むって、それだけ言い残して〟
〝それって、まさか復讐? たった一人で? そんな人には見えなかったけど?〟
〝気持ちは分かる。本当に酷い出来事だったから。あたしやエフィ、そしてアランだって
……。だけど、きっとリオンは自分一人が勝手に飛び出すことで、あたしたちをミランダのもとから離れられないようにしたんだと思う。当時のあたしたちはまだろくな訓練も積んでなくて、力の使い方をほとんど知らなったから〟
随分と勝手な言い草のように聞こえる。とはいうものの、グルモンド教会で会ったあの穏やかな笑顔の少年は、とてもそんな独善的な人物には見えなかったのよね。
〝エフィはとても怒っていたわ。「裏切り者」だって。アランもだいたいそんな感じかな〟
〝アニーは? あなたにとってリオンは何なの?〟
彼女は即答しなかった。というより出来なかったのだと思う。むしろ、あの解析の最中に見せたアニーの表情で、あたしにはその答えがおよそ分かっていたんだけどね。
〝あたしにとってリオンは
……〟
〝うんうん〟
〝王子様
……かな〟
〝お、王子さまぁ~~!〟
言うに事欠いて「王子様」とは! なかば予想していたとはいってもあたしはその言葉にぶっとんだ。アニーは自分で口走った、いやテレパシーだから声はでていないのだが、それに気付いて顔を真っ赤にして俯いている。
〝彼は、その
……あたしたちと同じだから。いつもいつもGクラスだとか偽双子姉妹とか呼ばれて、誰とも関われなかったあたしのために、ママが寄こしてくれたメッセージそのものなの
……〟
ずいぶんと混乱していて、その内容はよくは伝わらなかったが、彼女がかつて抱えていた悩みの大きさや、それを救ってくれたのがリオンだったことぐらいはわかるような気がした。
〝そっか、好きなんだね〟
あたしは、そんなアニーを思い切り抱きしめた。頭がよくて、凶悪事件にも真っ向から対決する、アルジスが誇る最強のエスパーの一人。それなのに本当はこんなに可愛らしい、普通の恋する女の子だったのだ。
〝きゃっ、よ、ヨーコ?〟
〝いいからいいから、今度こそ会えるといいね。あたしも協力するから〟
〝うん〟
今回の事件の調査に、アニーは自分から志願したという。この事件の背後にあるかも知れない陰謀は危険で、それだけに放置できない事柄だったが、アニーには直感的にわかっていたのだ。この事件を知ったらリオンは、必ず動き出すに違いない、と。
これまでも、何度かエスパーがらみの事件で、アルジスとして対処を検討している矢先に、いつの間にか解決してしまっていたことがあったらしい。その詳細は不明だが、彼女たちはそれをやったのはリオンであると確信していた。
これまでは、間に合わなかった。しかし今回は対処も早い、彼が関わってくるのであれば、きっと追いつけるはずだと、アニーは判断したのだ。
そしてその予測どおり、彼は現れた。クマイではわずか十数時間の差で先を越されたが、これからいくクナックでは必ず間に合わせる。アニーの決意は固かった。
6
新たな目的地はクナックという星系で、クマイと同様居住可能な惑星もなく、放置された星系だった。しかし、その第2惑星は大昔にテラフォーミングの実験場となったこともあるらしく、今でもその当時の実験施設が残されている。
実験自体は途中で中止されてしまったが、人工的に生態系を作り上げることはまだまだ難しく、今後よほど斬新で効果的な方法が開発されないかぎり、実験の再会の見込みはなかった。
「放置されたはずの施設が、いつの間にか悪用されてたってわけね」
「そうなります。もっとも、船のデータバンクに収められている情報だけなので、施設規模以上のことは分かりませんが
……」
もともと放置されてしまった施設ということで、連邦の作成した公式データベースにも概要が載っているだけのようだ。しかし、それを補足する情報は例によってアニーとエフィのコンビからもたらされた。
「一応は連邦所有だけど、この施設を建設したのが、今エフィが内偵を進めているケネス・カンパニー。当時は大した規模で、手広く事業を広げていたらしいの。この十数年で業績も落ち込んで、所有するほとんどのプラントも手放し、倒産間近って噂。施設のデータは今『ナル』に転送したから、確認しておいてね。それと
……これは一部朗報よ。誘拐された子供たちが無事保護されたわ」
アニーが解析したプラント衛星の破壊の状況は詳しく調べられ、その爆破とほぼ同時に射出された脱出用シャトルがあったことを突き止めた。その進行ルートをもとに、エフィたちがそれを保護したらしい。しかし、それにはシアは乗っていない、とのことだ。
〝誘拐された多くの子供たちの中でも、シアは特別だから。一足先により進んだ施設に送られたんだと思う〟
〝やっぱり能力が高いから? それともあたしのせいで力が使えなくなっていたからかも〟
そんな疑問に、アニーはおそらくその両方だと答えた。
〝他の子供たちを後回しにしてでも、シアが欲しかったのね。でもヨーコのゴーストはそう簡単には消せないでしょうし、そういった措置は可能性としては高いと思う〟
〝ゴースト?〟
〝あなたがシアに施した精神的ブロックのこと。意識世界に残してきたものを総称してそう呼んでるの。あまりいい響きじゃないけど〟
どうやら、あの時、あたしがシアの指にはめた指輪のことを指しているらしい。現実世界では存在しないもの。だけど対象者の意識の中には確かに存在し、今なお影響を与え続けている。あの指輪は、シアにとって文字通り「力を使えなくする」仕掛けであり、将来、シアがESPに対する対処を自分でできるぐらいまで成長したとき、あたし自身がそれを外してあげない限り、シアはずっと力を行使することはできないのだ。
〝ねぇ、そうやって力のあるエスパーの子供を集めている目的って何かしら?〟
〝それは
……〟
これにはアニーもさすがに言い淀んだ。それは彼女たちが一番心配し、それゆえにこんなに早く行動を起こした理由でもあったのだ。
〝きっと、洗脳して訓練を施した上で、兵器として戦場に送り込むか、それとも売りつけるか
……〟
〝そんなひどいことっ!〟
〝これがあたしたちエスパーの現実。どんな希少な資源物質よりも貴重な、今現在、星間を超えて交易活動をしても十分商売になる、唯一の商品なの。もちろん、違法だけど〟
そう答えるアニーの表情は暗かった。そして、決してそんなことはさせない、という静かな決意をにじませていたのだ。
「というわけでヨーコも準備して」
「えっ、準備? いったい何の?」
それは施設のある第2惑星から100光秒ほどのところまで近づいたときだ。アニーはあたしを自分の部屋に招いてからそう言った。
「あの施設に潜入するの。ヨーコにもついてきてもらう」
「えっ、ええっ! そんな、あたしにそんなことできるわけがないわよ!」
とんでもないことをアニーは言った。
「最悪の場合、シアの意識に潜ってもらってゴーストを解除するか、もう一度やりなおしてもらう必要が出るわ。これは、ヨーコにしかできないこと。あなたに同行してもらった理由でもあるの」
「で、でも
……」
「普通の洗脳なら、たぶんあなたのゴーストを破れない。だけど、だったら初めからシアを誘拐した理由がわからない。何か、悪い予感がして
……」
うぅ、どういうわけか、あたしは一番厄介な場所に送り込まれる運命にあるらしい。しかし、シアのことは心配だし、アニーがそこまで言うのであれば仕方ないのだろう。
「これがエフィが開発したナノスーツ。生命維持機能も備えているから宇宙服と同等の性能があるわ。緊急用脱出システムもあるから扱いには気をつけてね」
「こ、これが? 宇宙服って、嘘でしょ?」
アニーたあたしに手渡したのは、少し大きめのベルトのような代物だった。説明によるとこれを腰につけて起動すると、身体全体を薄い被膜なようなもので包み込んで中の人間を保護するのだという。内部に極小のコンピュータを埋め込んだナノマシンがそのまま皮膜の正体で、呼吸に必要な酸素も自己生成して、言葉どおり真空の宇宙空間でも長時間の活動がそのままできるというのだ。
「エフィが開発って?」
「あの子は生体工学の天才なの。ナノシステム自体は別の子の発明だけど、いろんな分野の才能もあるからそれらを組み合わせて製品化することにかけては、彼女の右にでる人はいない。もっとも、このナノスーツは1着作るのにかかるコストが
……たしか宇宙船1隻分ぐらいはかかるらしいから、ほとんど趣味のような代物よ。今回の任務で特別に用意してくれたみたい」
(天才って
……)
いったいあなたたち何者なのよ。ただのエスパーでは
……そりゃもちろんないんだけど、いろんな側面がありすぎて訳がわかんないよ。
7
ここで人生4度めのテレポート。まだ数えるほどの経験だが、そのうちもっともっと経験することになるのだろうか? いやいや、平凡な大学生活を望むあたしとしては、そんな冒険活劇がそうたびたび起こらないことを実は祈るしかない。
〝艦長さんたちに黙って飛び出しちゃったけど、大丈夫なの?〟
出発の前から、必ず接触テレパスで会話してね、と忠告されていたので、あたしはアニーの手を取ってテレパシーで話しかけた。
〝言ったら反対されるだけだもの。あとのことは「ナル」にまかせておけばいいわ〟
アニーはいきなり施設の内部にテレポートするようなことはしなかった。どんなトラップが仕掛けられているかわからない、というのが理由だが。最終的にシアを発見するまでは侵入者の存在を気づかれたくないらしい。
第2惑星の重力は0.9Gだが、中途半端なテラフォーミングのせいで大気がとても不安定になっている。もちろん呼吸は不可能なので宇宙服が必要だった。もっとも、重力があり、大気も存在するとあっては、あたしがよく知っているような重たい宇宙服では移動すら困難だったのかも知れない。
エフィの開発したナノスーツは、事実上重さはほとんど無いようなもので、あたしたちはちょっと風の強い程度という感覚でテレポートした地点から施設までの約1キロを徒歩で進んでいた。
〝内部の様子は分かる?〟
〝透視はたぶん無理だと思うし、下手にESP波を放ったら見つかる可能性が高いから〟
高い施設の外壁を前にしてアニーは少し思案していた。何しろシアという人質がいるわけだから、それだけ慎重になっているようだ。それでも、そっと外壁に手を当てて
〝思った通り、中は強力な干渉フィールドで埋め尽くされている。ESPセンサーの数も相当なものよ〟
〝分かるの?〟
先ほど、透視はできない、と言っていたのに
……。しかし、アニーの電子操作の能力を考えれば、彼女がどうやってそれらの監視システムを看破したのかは想像できた。アニーは端末すら使わず、ただ壁に手を当てるだけでその中に埋め込まれた配線からでも情報を読み取ったり、場合によっては操作してしまえるのだ。
〝1つひとつつぶしていくわ。あたしから離れないでね〟
〝う、うん
……〟
アニーは、外側から施設内部のシステムのネットワークに働きかけ、内部の監視システムを無効にしたり、ダミーを送信させたりして施設内にいわゆる空白エリアを作りだし、テレポートによって内部に侵入した。
〝少しずつ進むね。ヨーコは物音に気をつけて〟
〝了解。物音って?〟
〝監視ロボットがうようよ歩き回っている。どうやら施設内にいる人間はほんの数人みたい。これは
……酸素供給システムの出力からの推測なんだけど。〟
〝なるほどっ〟
あたしたちの施設内部での活動は、アニーが言ったとおり、決して慌てず、どんな警備システムにも引っかからないようにして、それでも着々と進んでいた。アニー的には、よりシステムの中枢に近づくほど得られる情報も正確になるという。
--ぴくっ
何度目かのテレポートの後、次の侵入先をサーチしていたアニーが一瞬動きを止めた。
〝どうしたの?〟
〝やっぱり
……〟
〝ん?〟
アニーはそんなあたしにも最初は気づかない感じだったが、しばらくしてあたしの方を振り返った。
〝ご、ごめんね。そしてありがとう、ヨーコがいてくれてよかった〟
〝どうしたの、突然?〟
〝ううん、なんでもない。それより、シアの居場所を見つけた。次に突入するわよ〟
〝りょ、りょうかい
……〟
いよいよだ。ついにシアに再会できる。あたしは緊張してアニーの腕を強く握りしめた。
8
「な、なんだ、お前たちは!?」
突然の侵入者に驚いたのは白衣に身を包んだ研究者風のいでたち。しかしかなりの高齢と思える老人だった。部屋にはその老人の他にも数名、同じような格好をした連中が作業をしていた。
「その手を離しなさい!」
見れば、背の高い椅子に小さなシアの身体が押し込まれ、老人がその手をとり、もう片方の手には何やらチューブのようなものを掴んでいる。シアの方は眠っているようだった。
「ぐっ、だが
……」
老人は、その手にしたものを投げ捨てると椅子の脇にあるボタンに手を伸ばした。
--バンッ! バシッ!
「うおっ、がっ!」
「ぐあっ!」
しかし、アニーの、これはテレキネシス(念動)。そのボタンが押される直前に老人の体は勢いよく後ろの壁まで弾き飛ばされた。同時に一緒に居た研究者たちも吹き飛ばされる。
「シアっ!」
あたしは、それを見逃さず、シアを助けに駆け寄った。どうやら本当に眠っていただけのようで、ほっと胸をなで下ろす。
「ば、ばかな
……エスパーなのか? この部屋は干渉フィールドで満たされている。ESPは使えないはずだ!」
「それならこの部屋に入る前に切っておいたわ」
「な、なんじゃとっ! バカもんがっ、そんなことをしたら
……」
老人は急に顔をひきつらせて恐怖の表情で後ずさった。侵入者であるあたしたちを怖がっているようでは、なさそうだ。
「う、う~ん」
「あ、シア? 目が覚めたの?」
その時、あたしは腕の中のシアの目覚める声を聞いて急いで椅子から引き離そうとしたのだが、
「ハッ! いけない、ヨーコっ!」
--ドンッ!
「きゃっ!」
シアの目が開いたかと思った瞬間、急に胸のあたりに強力な圧迫感を感じ、同時にあたしは何かに殴られたように吹き飛ばされた。
「大丈夫、ヨーコ?」
「ぐっあ
……」
あたしは自分でも何を言っているのかわからないようなうめき声をあげた。痛みで、胸とそれから下の感覚がない、というか息もできないほど苦しかった。
〝肋骨と、内臓がやられている。しっかりして、ヨーコ!〟
〝うあ、苦し
……〟
アニーはあたしを抱えあげるように支えながら、
〝あっ
……〟
しばらくして苦しさが引いていき、徐々に感覚も戻ってきた。どうやらアニーの治癒能力であたしの身体を直してくれているらしい。
〝もう大丈夫〟
〝うん、ありがとう。でも、何があったの?〟
〝それは
……〟
(遅かった
……)
「まったくバカなことをしてくれた。干渉フィールドでやっと抑えてあったのに、覚醒してしまった以上、もう手遅れだ。誰も助からんぞ! ぐあっ!!!」
--バシューッ! ガラガラガラ
……
「きゃーっ!」
「そんな
……」
そんなことってあるんだろうか? 壁際で恐怖に顔をひきつらせながら話していたその老人は、最後まで喋り終わらないうちに突然の光の玉に包まれて消滅してしまった。後には黒焦げになった壁が不気味な音をたてて崩れ落ちた。
そして、その光の玉は、力なく立ち上がったばかりのシアの手から放たれたものだったのだ。
「な、なに? シア? いったい
……」
「純粋なエネルギーの塊よ。でも、いったい何が
……もう洗脳されてしまった? それなら、どうして
……?」
「シア、目を覚まして! あたしよ!」
シアはそれから振り返り、感情の色がまったくみられない無表情な瞳であたしたちを見つめた。
「薬を使った洗脳とは違う。テレパシーによる暗示とも違うわ。そんなものでヨーコのゴーストが消せるはずもない」
「ねぇ、どうしたの? シアは大丈夫なの?」
アニーは、当惑した表情ではあったものの、
「なんとか動きを止めるわ。下がっていて、ヨーコ」
「う、うん!」
あたしは言われるまま入口近くまで後退してシアと、それに対峙するアニーを見守った。
--シュン
それを確認するとアニーは突然姿を消し、その一瞬後にはシアのすぐ後ろに現れた。そしてその素早さに対応できないでいるシアの頭に手を触れようとした瞬間、アニーの顔色が変わった。
--ドカッ! グアーン!
「うあああっ!」
その一瞬後、眩いばかりの光がその方向に出現し、視界が真っ白に遮られた。
--ゴゴゴーッ
--バシバシバシッ
あたしはきつく目を閉じて竦みあがったが、しばらくして再び目を開けた瞬間、その余りの光景に愕然としてしまった。
〝な、なに
……? た、建物が
……〟
〝大丈夫、ヨーコ?〟
〝う、うん大丈夫。だけど
……これはいったい〟
今まであたしたちが侵入していた施設が、跡形もなく消し飛んでしまっているのだ。あたしの右前方では、バリアを張って今なおシアから放たれる光の渦を防ぐアニーが見えた。そしてあたしもまた前方に張られたバリアでなんとか命を救われたようだ。
とはいうものの、シアは引き続いて全身から光を放ち、その純粋なエネルギーは地表をも溶かして溶岩に変えつつあった。
〝来てくれると思った。ありがとう、ヨーコを助けてくれて〟
〝え、何?〟
アニーが、あたしではない他の誰かに向かって話しかけて、その一瞬後にあたしは背後に人の気配を感じて振り返った。
〝り、リオン
……〟
そこには、かつてアルジスで見かけたときと、まったく同じいでたちであたしの前に立つ彼の姿があった。
〝油断したな、無事か?〟
アニーがすぐにテレポートしてあたしたちと合流した。
〝腕をやられたわ。だけど、大丈夫。すぐ治せる〟
それを聞いて安心したのか、
〝しかし、何者だ? 大変な力だが〟
リオンは、力を放出し続けるシアの方を見て尋ねた。
〝シア、あのシモーヌ・マンドルの娘よ〟
〝なんだって?〟
〝ええ、カシュアの従姉妹にあたるわ。指数は目算だけど900から950、パワーだけなら彼女に匹敵する〟
〝そんな! シアのESP指数は575よ。何かの間違いじゃ?〟
そうだ、あたしが知るシアのデータによればその指数は575だった。900以上なんて、どこにも見たことはない。
〝改ざんよ。マンドル夫人が意図的にシアの能力を低く記録させたんだと思う。センターのデータにはその形跡が残っていた〟
〝嘘っ
……〟
あたしはぞっとした。900以上って、測定機の針が振り切れたって計測できるような数値じゃないのに。それが暴れまわっているなんて
……。
〝カシュアやシモーヌの家系はとても強いエスパーを生み出すことで知られた名門なの。それこそ国王に寄り添う「アルジスの盾」を何人も生み出してきたぐらいの
……。シアも当然のようにそれに匹敵する力を持っていてもおかしくないから、変だと思ってたの。他の星系で平穏に暮らすために、わざと能力を低く報告させたのよ〟
〝とりあえず、ここは任せろ。2人とも船に戻れ〟
〝だ、だめっ!〟
自分に任せろ、とそういって前に進み出ようとしたリオンを、アニーは身体ごと追いすがって止めた。
〝シアを殺すつもりなのね。駄目よ、そんなことはさせないっ!〟
〝な、なんですって! そんなの、あたしだって許さないっ!〟
何を考えているの? あんな幼いシアを殺すだなんて、正気で言ってるのだろうか?
〝ああなってしまってはもう元には戻らない〟
〝ロンドウォームでの事件は知っているわ〟
〝なら分かるだろう? あの時はゴーストを滑り込ませるのも精いっぱいだった。今回はその隙もない。あの頃より研究がずっと進んでいるようだ〟
〝何なの? あれは?〟
どうやら、今のシアの状態について、あたしたちよりも詳しい情報を知っているようだった。リオンは少し険しい表情をして、
〝ESPハンドラー
……。エスパーの思念を書き換えて何でも命令を聞く人形にしてしまうシステムだ。まだ完成には程遠いが、そのために干渉フィールドの影響がなくった途端に暴走している〟
〝そんな
……〟
あたしは絶望的な顔でリオンを睨みつけた。だからと言って殺してしまってもいいとでもいうの? なんて冷酷なやつなんだろう、アニーの好きな相手と聞いて、少しでも好意的に思っていたのに、急に腹が立ってきたが、同時にそんな酷いことをアニーやあたしにさせるわけにはいかない、と考える彼の心境も伝わってきた。この人は
……
〝まだ、手はあるわっ!〟
それでも食い下がるアニー。
〝カイン・ムート中尉は今では無事に回復して現場復帰を果たしているわ。あなたの送り込んだゴーストを足がかりに、マイスレンのサイコガード、ルディ・フォイスの働きで。〟
〝なんと!〟
アニーの説明に、驚いたリオンはあたしの方を見て、
〝驚いた。マイスレンにも優秀な「サイコ・ダイバー」がいるんだ。〟
ルディが? そういえばそんな事件で苦労したと一度聞いたことがあった。でもあの時はリオンのゴーストとか、そんな話はしていなかったと思う。ちなみに「ダイバー」とはテレパシーを使って人の精神世界に潜り込んでいろいろな処置を施す技術に長けたエスパーたちの、公式での呼び名だ。「潜り屋」とはあまりイメージのいい言葉じゃないので、ミンブル所長は決してセンターでは使わせなかった。
〝しかし、今の状態ではもうゴーストを送り込むことは不可能だ〟
〝すでにあるのよ。このヨーコが送り込んだゴーストがシアの中に存在するの〟
そこで、アニーはあたしがシアに施したケースについて簡単に説明した。
〝「リング」か、それならなんとかなるかも知れない〟
〝処置はあたしがヨーコとで行うわ。あなたは、なんとかシアの動きを封じてくれさえすればいい〟
そんなやり取りの中、真剣に訴えるアニーの様子をじっと伺っていたリオンは、しばらくして強くうなずいた。
〝わかった、動きを止めればいいんだな?〟
〝ええ〟
その時のアニーの顔をあたしは忘れないだろう。自分の意思を貫き、そしてそれを認めてもらえた時の自信に満ちた笑顔だった。誰よりもそうして欲しい相手から向けられた信頼に、応えられることの喜びがそこに溢れていたのだ。
〝準備はいいか?〟
〝はいっ〟
〝ええっ〟
あたしとアニーは同時に返事をした。手をつないでESPを交換して同調の準備を始る。
--ブアッ
音はしなかった。しかし、まるで周囲に何が粘っこい液体が満たされていくような重苦しい感覚があたしたちを襲ってきた。これって
……
しかしリオンの表情がやや険しくなり、そして突然片膝をついてよろめく身体を支えていた。一方、シアの方にも変化は
……あった。身体全体から発せられていた光が徐々におさまり、ついには消えてしまったのだ。しかし、シア本人の方は相変わらず無表情に立っていた。
〝行けるな?〟
〝ま、任せて〟
テレポート
……アニーはあたしを連れたままシアのすぐ前に転移し、あたしに合図した。もちろん、あたしはシアの身体を抱きしめるように捕まえた。
〝そのまま入る〟
〝うん
……〟
9
〝さっきのは何をしたの? シアの力が消えちゃったけど?〟
シアの意識に、あたしはアニーと同調したまま入り込んだ。しかし、その前の不思議な現象が気になってアニーに尋ねてみると、同調しているだけあって、すぐに答えが返ってきた。
〝あれはESP中和フィールド。リオンは自分の力を使って、それをシュミレートしたの。発生原理を知っていれば、どんな機械の動作でも再現することはそんなに難しくない〟
〝そういうものなの? でも、なんか矛盾しているような気がする〟
そうだ、ESP中和フィールドは、その効果範囲内で発散されるESP波が具体的な効力のあるエネルギーに変換される前に中和分解してしまうものだ。その中ではいかなるESPも存在し得ない。なのに
……
〝まるで滝の中でロウソクに火を灯すようなものよ。きっとひどく消耗するはずだし、苦痛も相当なものだと思う。そんなに時間はとれない、急ぎましょう〟
〝わ、わかった〟
そうして入り込んだシアの意識世界の中では、ものすごい猛吹雪、というより、そのどれもが雹のように容赦なく降り注ぐ空間に、あたしたちは閉じ込められた。とはいうものの、アニーがバリアですっぽりあたしたちを包み込み、雹の侵入を防いでくれている。様子を伺っているようだ。
〝第1階層、情報どおり
……まだ奥ね、案内をお願い〟
〝う、うん
……〟
あたしは、かつてシアに指輪を施した場所を思い描いた。それはずっと底、シアの中心部により近い場所なのだ。
〝驚いた〟
〝えっ? どうしたの?〟
あたしの感覚に従って奥に、あるいは下に向かって意識を降下していくうちに、周囲の景色は徐々に白く靄の掛かったような場所にたどり着いた。まるで雲の中にいるような、確かに感じるシアの存在、正確にはあたしが作ったリングの在り処なのだが、それがなければ上も下も分からなくなってしまいそうだった。
〝こんなに深く潜ったのはあたしも初めて。すごいね、ヨーコ〟
〝そんなこと、ないと思うけど
……〟
あたしにとっては、いつものケースをこなしているときと同じなのだが、それをアニーはすごいことのように驚いてみせた。
〝たぶん、ヨーコは「ダイバー」の素質がある〟
普通のテレパシーしか使えないあたしが、彼女みたいなすごいエスパーに褒められても、逆に困ってしまうだけだ。アニーによれば、一番最初にシアのケースを行った時に、たぶん、経験が浅かったために、限度が分からずに深く潜り込んでしまったのだろうということだ。そういえば、ほとんど融合しかけていたから、危ないところだったのだろう。
〝たまたまよ、あたしにそんな素質なんて
……〟
〝でも、今回はそれがありがたいわ。こんなに深い階層に残されたゴーストなら、誰にも消せない。もちろん、あたしにだって無理。きっとシアを連れ戻せる〟
普通ゴーストはそれを施したエスパーにしか消すことはできない。もし無理やり削除しようとすれば、被保護者に重大な傷跡を残してしまうからだ。
しかし、それよりもさらに深くまで潜り込むことができたなら、下からなぞるように消すことも不可能ではない。それはそれで、単に潜るだけでなく、ゴーストを理解し、解きほどくための技術が必要なのだろうが
……。
やがてたどり着いたのは、初めてシアに指輪をはめたのと同じ、何もない空間だ。かつてあたしは、ここで一糸まとわぬむき出しの状態のシアに遭遇した。今回も見つけ出すのは難しくはない
……いたっ。
〝そ、そんな
……〟
〝ここまで侵入してるなんて〟
見つけ出したシアの姿は、かつてのそれとは似ても似つかぬものだった。むき出しの状態であるのはそのままだったが、目を閉じて宙に浮かぶその身体を、上下から挟みこむように頭の上と、足の下に2つの輪っかが猛スピードで回転していた。その輪は丁度腕を伸ばしたぐらいの大きさで、鈍い光を返す金属のようなもので出来ているようだった。
そして時折稲妻のようにはじけた火花が輪っか同士を行き来している。
〝機械による偽の人格の投影
……?〟
カイン・ムート事件では単に本人の意識を遮断し、封じ込める程度であったのが、シアの場合は実際に精神を乗っ取るためのシステムになっている、とアニーは説明した。しかし、それはまだ不完全で、きちんと制御されてはいないのだという。
これは、あたしが施した精神的ブロック、いわゆる暗示の一種とはまったく別物らしい。暗示はあくまで本人の人格は健在で、そこに偽の情報を埋め込むというものだ。たとえばニンジンが嫌いな子供に対し、暗示によりニンジンが実は美味しいものだと思わせる。いわゆる「勘違い」をさせるのだ。
それを長期間かけて様々な暗示を重ねて人格をゆがめてしまうのが洗脳と呼ばれるものだが、いずれにせよ本人の人格はそこにあり、ちゃんと外部に対して機能している。
ところが、今目の前にあるそれはおそらく違う、とアニーは断言した。
〝シアの意識を封じ込めて、代わりに別の何かを据えている。だから、指輪による暗示の影響を受けない。力が使えるのはそのため〟
〝どうしたら助けられるの?〟
アニーはそこで思案していた。彼女にとっても、敵の施したそれが、ここまで深い階層にまで及んでいるとは思っていなかったのだ。
〝指輪を解除して彼女を目覚めさせて。あたしは、この輪を分解してみる〟
〝わ、わかったわ〟
あたしは、少なくともここで自分ができることをした。
アニーが飛び込むように2枚の輪っかの間に身体を滑り込ませると、両手でそれらを支えるように広げた。途端にものすごい火花が上下に伸ばした両手の先で噴き出すようにはじけた。
〝ぐっ
……、今よ〟
〝うんっ〟
アニーが支えてくれている間に、あたしはシアの身体にとりつき、その指のリングを外すと、今度はシアの身体が蒼い光を放ち始める。しかし、シアの目覚めを察知したのか、上下の輪がさらに回転を早め、飛び散る火花もより激しくなった。
〝きゃっ〟
〝大丈夫。あとは任せて〟
驚いて後ろに飛ばされてしまったあたしに向かって、アニーが声をかけた。
〝コネクト
……〟
それは、単なるイメージの世界、アニーがどんな方法を使ったのかは、正確にはあたしには理解はできない。しかし、それをビジュアル的に表現するのは、あたし自身の得たイメージだ。それはアニーの両手の先から光る無数の糸が伸びて、それぞれの輪を網の目のように覆い尽くすような感じだった。
〝デリート〟
そしてアニーがそうつぶやくと、輪は光る糸に吸い込まれるように徐々に姿を消していった。
〝やったっ!〟
〝はぁはぁ、ま、まだ
……〟
(えっ?)
相当消耗したのだろうか、両手をついて息を荒くしているアニーに駆け寄ろうとしたあたしは、片手で遮られた。
10
〝誰? そこにいるの〟
これは、シアの意識だ。もとに戻ったらしい。しかし、全身を包む青白い光はそのままで、どこか虚ろな表情はどこか様子がおかしいように思えた。
〝ヨーコ
……、なの? う、うっ
……〟
〝シアっ!〟
〝まって!〟
そして頭を抱えるようにして苦しみ出した彼女に近寄ろうとしてアニーに止められた。
〝以前の状態に戻った。でも、今はあの輪のせいで「道」が開いてしまっているの。今のシアでは、到底扱い切れるものじゃない
……。
〝じゃあ、もう一度指輪をはめたら
……〟
そう言ったあたしの考えを、アニーは首を振って否定した。
〝1度外してしまったら、もう二度と同じ方法は使えない〟
〝そんな
……〟
〝別の方法を試してみる〟
そう言ってアニーは苦しんでいるシアの正面に立った。両手を肩よりやや広くにおいて、その手に力を集中させている。
(なに
……鏡?)
そう表現するしかなかった。アニーの姿が揺らぎ、かき消えたかと思うと、それを取り囲むように楕円形の大きな鏡が出現した。これも、ゴーストなのだろうか。
アニーの姿がない。でも、その代わりに鏡の中に彼女の姿が映し出されていた。
〝心の鏡は全てを映し出すわ。シア
……これが今のあなた〟
〝あ、あたし
……〟
苦しそうにしながらも、シアはその呼びかけに答えた。鏡に映った自分の姿を見て目を見開いて驚いた風だ。
〝おいでなさい、あなたには導き手が必要なの〟
それは、幻想的な光景だった。優しいアニーの言葉に導かれるように、手を伸ばしたシアの身体が吸い込まれるように鏡の中に入っていく。
〝シア?〟
あたしは驚いて鏡の中を覗いた。そこにはアニーに抱きしめられて穏やかに眠っているシアの姿が映し出されていた。
〝あたしは、ここに残ってシアの成長を見守ることにするわ〟
〝ええっ! いったい何を言ってるの? 残るって
……〟
〝心配しないで、ヨーコ〟
(えっ?)
それは、アニーだ。しかし、目の前、すなはち鏡の中のアニーとはまた別の声だった。
〝アニー!〟
〝くすっ、ここに残るのは、鏡の中のあたしよ〟
可笑しそうに笑いながら、いつの間に現れたのであろう、鏡の後ろからひょこっと顔をだしたアニーがいた。
〝よかった。本当に心配したんだから〟
〝ごめんね、シアの潜在能力は本当に強くて、これぐらいじゃないと抑えきれないと思ったの。
アニーは、自分が持っている力と、そして経験を兼ね備えた人格をそのままゴーストとしてシアの意識に残すことにしたらしい。いずれシアが成長とともにそれらの知識を吸収し、鏡は自然と消滅するのだという。あたしが施した指輪なんかよりも、遥かに複雑で高度な代物なのだ。
シアは、宇宙でも一番のESPの導き手に導かれて、きっと素晴らしいエスパーに育っていくことになるに違いない。そう考えると羨ましいとさえ思えた。
しかし、これで一件落着かと思われたこの事件も、そこでは終わらなかった。
〝きゃあ!〟
〝ヨーコっ!〟
突然地面が揺らいだ。もっとも、意識下で地面と呼べるようなものは存在しないのだが、あたしは身体ごと揺れ動かす何かに捉えられた感覚がして動けなくなった。
〝バックアップ? しまった!〟
〝こ、これ
……何よ!〟
先ほどシアを捉えていた2枚の輪っかが、突然出現し、今度はあたしを捉えようと身体の上下で回転を始めたのだ。
〝逃げて、ヨーコ! ここで実態のないあなたが捕まったら、すぐに消されてしまう。誰にも助けられない〟
〝そ、そんなこと言われたって
……〟
あたしにはこれを振りほどくような力はなかった。必死に身体を動かそうにも、ものすごい力で抑えつけられて身動きひとつできないのだ。シアぐらいの力があれば、さっきみたいに内からの力と外からのアニーの力とで分解できたかも知れないのに
……
アニーはそんなあたしを助けるべく、今度は両手に光の塊を出現させた。分析消去ができないとなれば、力ずくで輪っかを破壊しようというわけだ。しかし、そんな乱暴な方法は大抵の場合深い傷が残ると覚悟しなければならない。
傷って、それを負うのはあたしじゃないの。ど、どこまでの後遺症なら許容範囲かなぁ、なんて能天気なことを考えている余裕はないのに、あたしったら
……。
〝もしもの時は許してね〟
〝うっう
……〟
しかし、そんな状況であたしを助けようとする声があった。
〝あたしが助けてあげるね、ヨーコ〟
〝えっ?〟
シアだ。鏡の中のシアが目を開き、悪戯娘よろしく舌を出してあたしに笑いかけている。それを抱きかかえているもう一人のアニーは、急に眼を覚ましたシアを不思議そうに見守っているものの。
〝どうするつもりなの?〟
〝くすくすくすっ
……〟
いけない、この顔はダメだ。あたしはシアを可愛らしいと思った。無邪気なところも嫌いじゃない、しかし、決して素直でおとなしいと思ったことは一度もないのだ。この娘の本質は、実はとんでもない意地悪で生意気なところにあったことを今更ながら思い出した。
〝エスパーなんて
……〟
〝なっ!〟
アニーが短く悲鳴を上げる。あーん、やっぱりだぁ、そうだ。こういうことをする子供なのよ、シアは。
〝駄目よ、ここでそれは
……〟
〝大っ嫌いっ!〟
--ドガガッーン
アニーの必死の制止も間に合わなかった。ものの見事にあたしを捉えていた輪っかは消滅したものの、同時に辺り一面が強烈な光に包まれて、あたしはそのまま気を失ったのだと思う。やっぱり、何かあると一度はこれが起こるのだろうか、爆弾娘の名前が返上されるのはいったいいつのことになるのだろう。
エピローグ
もう慣れているとはいえ、どうせ外の世界でも同じような爆発が生じているに違いない。見たくない、どんな惨状になってるか、それはあまりに惨めな光景に違いない。そんなあたしの経験則に従って、その目覚めは断固拒否させてもらう。
ってなわけにもいかないのよね。
ついには根負けして目覚めてしまう。そりゃ、全然目覚めなきゃ困ったことになるわけだけど
……
「な、何もない
……。あれ?」
あたしは浮かんでいた。シアと一緒に、何もない宇宙空間で
……。
息は大丈夫、できている。暑くも寒くもない
……。しかし、腰のベルトを調べたところ、ナノスーツは消滅してしまっているみたいだし、緊急時に自動的に発動するはずの個人用バリアも機能していない。どうも一度発動したものの、過負荷で壊れてしまったような形跡がある。
それじゃ、どうしてあたし、生きてるの?
もしかして、もう死んじゃったとか? えっえーっ!
〝そんなところで騒がないでくれ。もっとも、空気はないけど
……〟
〝あ、リオン!〟
実はあたしのすぐ頭の上の方で、同じように宙に浮かぶリオンと、それに抱きかかえられているアニーを発見した。どうやら、あたしたちを取り囲んでいるバリアは彼の仕業のようだった。
--シューッ
もちろん、音は聞こえないが、その二人の身体からは湯気のようなものが立っていて、痛々しそうなリオンの顔色はやや青ざめていた。どうやら酷い怪我を負っているみたいだ。アニーがしていたみたいにESPで治療を施しているようだ。
〝だ、大丈夫なの?〟
〝ああ、なんとか。アニーの方がもっと酷かったが、どうやら一命は取り留めた〟
〝良かった
……〟
アニーはまだ気を失っている。以前、惑星アダンで似たようなことがあった時は、平然とした顔でエフィが出迎えてくれたものだが、今回は同じようにはいかなかった。
〝シアとアニーとが一緒に同調していた中であれは酷いな。生きているのが不思議なぐらいだ
……〟
〝ご、ごめんなさい〟
って、やったのはあたしじゃないぞ。意地悪なシアではないか。なんであたしが謝らなきゃいけないのよ!
しかし、発動されたサイコ・ボムで第2惑星そのものが蒸発してしまったと聞いて、さすがのあたしも言葉を失った。なんか、どんどん規模がでっかくなっているような気がする。もしこれが、マイスレンの上で、だったりしたら
……。考えるのも恐ろしい。
もう嫌だ、少なくとも、アニーたちみたいな、とんでも能力者とは絶対に同調なんかしないでおこうと心の底から思った。
〝どうやら「ナル」がこちらに気付いたな〟
〝えっ?〟
そういえば、なにかチカチカ光るものがこちらに近づいていた。突然の惑星消滅で狂った重力バランスのために流されていたみたいだけど、ようやく軌道を修正し、あたしたちの救出に向かってきたのだ。よかった、これで助かった。
あたしは、ほっとしてシアを抱きしめ、そしてアニーの方を見た。2年ぶりの再会となるリオンの服を気絶しているにも関わらず、きつく握りしめている。
--本当に一途だから
……
出発前にエフィが口にしていた言葉を思い出すと涙が出そうになる。がんばれ、アニー、その手を話すんじゃないぞ。
事件としてはこれで解決だったのだが、その後の展開もなかったわけではない。「ナル」の待つクルーザーの中で交わされた会話とその顛末は、実はこの事件以上に重大な何かを秘めていたのだ。
とはいうものの、あたしはこう思うわけだ。
それは彼らの物語であって、あたしのものでは決してない。いずれ話すことがあるとしても、それはきっとまた別のお話になるのだろう。
P.S
しかしながら、あたしの方の物語も、実は終わってなかった。
「あははっ、ヨーコはまだ寝てたんだ、寝ぼすけだねぇ」
「大学生は講義が無ければいくら寝坊してもいいのよ、シア」
ここは、まぎれもないあたしの実家だ。なのに、眠たい目をこすりながらリビングに降りてみると、生意気な顔全開のシアがおはようの挨拶もなしにあたしの怠惰で有意義な朝の過ごし方を批判した。
「あんなこと言ってるよ。さぁヨーコなんかほっといてあたしは学校に行こっと、おいで、アダン!」
--シュタタッ
「あ、こら!アダンを学校に連れていったりしたらダメだからね!」
「し~らないっ!」
「シアっ!!」
あろうことか、すっかり症状が回復したシアは、その特殊な事情に配慮してセンターの管理下で保護育成されることになった。そこで行われている訓練課程なんかより遥かに優れた指導者を自分の頭の中に宿している今のシアに、そんな必要は全然ないように思うのだけど、ESP指数をごまかしていたことも、それを見抜けなかったという負い目がセンターおよびマンドル夫妻の両方にはあり、シアにとって最適な環境を、ということでそういうことになったらしい。
しかしよ、その「最適」がいったいどうしてあたしの家になるわけ?
アダンは妙に懐いてしまっているし、見かけだけは最上級に可愛らしい娘の登場で両親は舞い上がっている。
なんか納得いかないわ。
やんちゃ娘のお守りまでが「サイコガード」の仕事だったなんてあたしは聴いてないぞ。
了