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TOP>小説おき場>ランニング ガール>ランニングガール 第一章

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【ランニングガール 第一章】
 そこは、かつて幼少の頃に過ごした田舎街。
 十二年ぶりに訪れた麻衣は、かつて自分を見知り、また大切な思い出を共有した人々との再会を果たしながら、自分が取り戻したかったものを確かめていく。
 しかし彼女が本当に求めていたのは、誰よりも自分に近しい存在であった一人の少女の姿だった。。


「ランニング ガール」 第一章 帰還

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     0


 ガタン……ゴト、ガタン……ゴト……

 線路のつなぎ目ごとに、その音とともに感じる車体の揺れは、陽気にまどろみかけたあたしに心地よい覚醒を強いる。それは激しくもなく、やんちゃな子供がうたた寝する友達を揺り起こそうとする気遣いにも似たもので、そのためか、ぼんやりと空けたまぶたに訪れる車窓の外の景色は、歳月のうちに移り変わる今のそれではなくて、見覚えのあるかつての光景を思わせた。

 そう、あの時と同じだ。あたしはこの景色を覚えている。
 一度は今と同じように、左手に広がる海を見下ろし、徐々に色彩を青に変えて瑞々しさを増す前方を見つめながら。そしていま一度は、そのまったく逆で、遠ざかるその思い出の場所を食い入るように。

 その、たった二度の記憶……

 いいえ、きっと二度目の光景は、泣きじゃくるあたしの涙に流されて、覚えているわけがない。でも、景色として思い出せなかったとしても、その時の気持ちだけは鮮明に覚えていた。

「来たよ、龍子」

[PIC]



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     1


 ひび割れたコンクリートのホームは記憶にあるそのままの古さだったが、駅舎は何度かの改修が行われたのであろう、自動改札はまだ真新しく、そこを抜けるときちんと整備された駅前のロータリーが目に入った。

「わぁ~~、あっついなぁ」

 日差しの強さに驚きながらも、両手をかざして指の隙間から降り注ぐそれを顔で受け止める。まるでシャワーを浴びているかのようだ。

「麻衣ちゃんかい?」
「はい?」

 遠い記憶にあるそれとの違いを確かめるように、目の前の光景を見つめていた麻衣に、左手から声をかけたのは、首から背中に麦藁帽をぶら下げた白いTシャツ姿の初老の男だった。その姿を見た瞬間、懐かしい笑みが口元を満たしてきた。

「久しぶりだねぇ、ワシを覚えているかい?」
「もちろんです、未武(みぶ)のおじさん。全然変わってませんよ」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ。でも麻衣ちゃんは大きくなったもんだ。昔も可愛かったもんだが、こんなにべっぴんさんになってるとは、見違えたよ、あははははっ」

 大きな口を開けて笑うところは昔と少しも変わっていない。麻衣の記憶にあるのは、こんな小さな街ではめったに起きることもない火事のために、たった1台だけ用意された放水車のお守り役だと自分で言いながらせっせとその放水車を磨く姿だった。当然、年中暇をもてあますこと甚だしく、そのためかよく麻衣たちの遊び相手をしてくれたものだった。

「か、からかわないでください。それに、『ちゃん』付けはやめてくださいませんか? あたしだって、もう二十歳を過ぎた大人なんですから」
「そうかそうか、そいつは悪かった。それにしても、もう十二年か、早いもんだ」

 そう、早かった。麻衣がこの街で過ごしたのはまだ十歳になる直前からたった一年足らずだったが、街を離れてからの年月よりも、その一年間の方が遥かに鮮明に思い出せた。だからこそ麻衣は再びこの街にやってきたのだ。
 ここで暮らすために。この街で生きていくために。


 * * *

「連絡を受けた時は本当にびっくりしたもんさぁ。言われたとおり、当面の宿は用意しといてもらったよ」

 遠慮する麻衣の手荷物を奪い取るように自分の車に乗せ、未武は宿まで麻衣を送ってやると言ってきかなかった。

「本当に助かります。おじさんにそんなことまでさせてしまって……
「なぁに、気にせんでいいよ。香雅池(かがち)の婆さまには世話になったからの。何もできなんだが、こんな形で恩返しができるんなら、ワシも嬉しいってなもんさ。それに、麻衣ちゃんのお父さんからも頼まれとる」
「お父さんから?」
「おおよ、心配しとったぞ」

(お父さん……

 あんなに反対してたのに、と麻衣は心の中でつぶやいた。もちろん、大学を出たばかりの一人娘が突然一人暮らしを、しかも都会とは程遠いこんな土地で始めるなんて、普通の親なら反対するに決まっている。とりわけまだ幼い頃に母を亡くしただけあって、父の心中は如何ほどのものだったろう?

 それを押し切った。
 何日も何日もかけて、それこそ父が根負けするまで何度でも。それほどまでに彼女はここに来たかった。月日を重ねるごとに強くなる、そんな気持ちを遮るものは、もはや何もなかったのだ。

「困ったことがあったら、何でもワシに言ってくれていいんだよ」
「それじゃ、宿に行く前に寄ってもらいたい所があるんだけど、お願いしていいですか?」



     2


 当時まだ幼かった麻衣が一年足らずとはいえ、この街で暮らしたことには理由があった。もともと体の弱かった母親が病に倒れ、長期入院を余儀なくされたことが発端だ。それにも関わらず海外に事業の展開を始めたばかりであった父の会社は多忙を極め、ほとんど幼い彼女を顧みる余裕がなかった。
 知人を頼るか、それとも全寮制の学校に、という話が持ち上がりかけたところに、今でも気難しいと評判の父が、初めて自分の母親、麻衣からすれば祖母に麻衣を預ける決心をしたのだ。

 もともと地元では古い格式のある家柄だったらしく、そんな古めかしさを嫌って飛び出した父は、取り立てて祖母を嫌っていたわけではないものの、事業が大きくなり、忙しくなってきたことを理由にしてついぞこの実家に顔を見せることはなかった。
 祖父の方は、すでに麻衣が生まれるずっと前に亡くなっていて、もうずいぶんと長い間、祖母一人だけがその広い家で暮らしていたという。

「麻衣ちゃん!」
「ええっ、麻衣ちゃんだってぇ! おおい、みんなちょっと手を止めて出てこいよ、麻衣ちゃんが来てくれたぞ!」

 その、祖母の家。それは麻衣が幼い頃に一緒に暮らした家でもある。西の山を背にした、古めかしい造りながらも、周囲の家並みと比べてもふた回りは広く、立派なものだった。

「おいおい、またお前さんたち、勝手に上がりこんでたのかい?」
「上がりこんだって、人聞きの悪いことを言わんといてくれよ。麻衣ちゃんがまたこの家に住むって聞いたもんだから、掃除やら、あちこち痛んでるところを修理してやってたんじゃないか」
「おぉさ、古い造りだけど土台はしっかりしてっからな。まだまだ大丈夫だぞ」

 未武の揶揄にも構わず、駆け寄ってきた数人に麻衣は取り囲まれた。祖母がこんなにも街の人たちから慕われていたのは、麻衣が暮らしていたころにも感じていたことだった。年寄りと幼い麻衣の二人だけの暮らしは傍目からは不自由に見えたことだろうが、何かと気遣い、世話を焼いてくれる近所の住人たちが大勢いた。

「みなさん……。ご、ごめんなさい、あたし、そんなつもりじゃなかったのに」

「気にすんなって、みんな婆さまが大好きだったからな。この家もこのままじゃ傷んでくばかりでみんな気にしてたんだ。本当によく帰ってきてくれたもんだ」
「そうだよ、こんなに嬉しいことはないさ。それより、俺を覚えているかい?」

 もちろんだった。無精ひげと乱暴に首から下げた薄汚れたタオルに当時の面影はなかったが、まんまるに見開いたときの幼稚な笑顔には見覚えがあった。

「拓海兄ちゃんでしょ? すぐにわかったわ」
「おおっ、やったぁ!」

 なんの変哲もないことでも、こっちがびっくりするぐらい驚いてみせる。昔とちっとも変わっていなかった。たしか当時で高校受験がどうの、と言っていたはずで、その勉強疲れか反動とかで、急に街中を自転車で全力疾走して回るような少し変わった中学生だった。自分の勉強があまり進んでいないにも関わらず、何度か宿題をみてもらったこともある。麻衣が問題を解けたときにも、今のように大げさに騒いでは褒めてくれたものだ。

「しっかし、麻衣ちゃんがこんなに綺麗になってるとはなぁ。こりゃ嫁さんもらうの焦ったかなぁ」

 頭の後ろに手を回して笑う拓海を見て、もうひとつ思い出した。

「そんなことを言ってると、沙織さんに言いつけますよ?」
「な、なんで沙織が俺の嫁さんだなんて思うんだよぉ!」
「え、えええっ! 違うのぉ!?」

 わざと大げさに驚いた振りをした。目の前の拓海のお株を奪うようなやり方でびっくりして見せたのは、麻衣には確信があったからだ。
 沙織とは、当時学校でも何かと問題を起こしがちで周囲からは敬遠されがちな、いわゆる荒れた高校生だったが、なぜか麻衣の祖母には頭が上がらず、放漫な父親に代わって祖母が折に触れて家に呼びつけては話を聞いてやっていた。それだけではなく、時には炊事とかの家事をさせていたりもしたのだ。

 なんであたいがこんなことを……、と不平をもらしながらも「花嫁修業だよ」と笑って諭す祖母に逆らいもせず、律儀に通っては祖母の言いつけだけはよく守った。実はそんな沙織が目当てで、麻衣の勉強をみてやるから、と理由をつけては拓海が顔を見せるようになっていた。
 そんなことぐらい、文字通り小学生だってお見通しなのだ。

「わっははは、当たりだよ。去年の初めのこった。あんときは、そりゃあもう……
「わぁああっ! 未武のとっつぁん、それは言いっこなしだってぇ!」
「くすくすくす、ほらぁ、やっぱり」
「か、かなわねぇなぁ……
「まぁまぁ、それはええとして、明日からは専門の業者が修繕に入ることになっとる。あんたらも、適当にな」
「へいへい、わかってるって」

 こんなにも祖母は慕われていた。時には不便な田舎街だったが、麻衣はそれを不自由とは感じることは一度もなかったのだ。

 その祖母が死んだ。病床にあった母が亡くなる数日前、おりしも父の仕事がひと段落つき、麻衣を呼び戻す条件が整いかけた、ちょうどその頃のことだ。
 何が悲しくて、何を失ったのか、そして何を失おうとしているのか分からなかった。ただ、泣くことしかできなかった。

 そうして麻衣の一年足らずのこの街での生活が終わった。父の手に引かれながら、そのときはまだ息のあった母のもとに向かうべく列車に乗り込んだのを最後に、この街に戻ることはなかったのだ。



     3


「おじさん、もう一ヶ所寄り道しても構わない?」

 祖母の家をあとにし、修理が済むまでの仮住まいとなるはずの宿に向かおうとしたときになって、麻衣は再び未武に願い出た。だが、その返答は意外なものだった。未武は麻衣がそう言ってくることをなかば予想していたのだ。

「山杜の丘にあった家かい?」
「う、うん、よく分かったわね。やっぱりお見通しなんだ」

 未武の返事が、今までとは少し違って低いものだったからか、麻衣は少しわがまま過ぎたかな、と自嘲をこめて照れた風に言った。

「実はね、麻衣ちゃん。丘の上にあったあの家はもう無いんじゃよ」
「えっ?」

 突然のことで、麻衣は未武の言葉の意味が最初はわからなかった。

「麻衣ちゃんが東京に帰ってから、しばらくたった頃だったかの。大きな火の手が上がってな、ワシが駆けつけたときには、もう手が出せんぐらいじゃった」
「そ……そんな」

(じゃ、龍子は? おばさんは!?)

 未武は、狼狽して言葉を失った麻衣を、運転席からちらりと伺い見た。

 未武は、まるで昨日のことのように当時の光景を思い浮かべていた。そして何をどう答えてやればいいものか、と思い悩んでいたのだ。

 龍子と麻衣は本当に仲がよかった。

 気丈でやんちゃな、いや、その頃の龍子を知っている者なら、ただの「やんちゃ」では済まないぐらいだったろう。街で巻き起こった何かしら子供じみた悪戯や騒動には、必ずといっていいほど龍子が関係していた。一方の麻衣は、都会で何不自由なく大切に育てられたことが、幼いながらも物腰から察せられるほどおとなしく、そして優しい娘だった。
 いったい何がこの二人を惹きつけあったのか、出会ったとき、その最初から龍子と麻衣はまるで姉妹であるかのように仲がよかった。
 とはいえ、麻衣が龍子の巻き起こす数々の事件に巻き込まれているのではないか、と心配する声を上げる者がいなかったわけではない。しかし、それを訴えにいったものの、件(くだん)の麻衣の祖母の方がやんわりとそれを諌めた。

『あんたがた、心配してくれるんはありがたいけんど、ウチの麻衣から大切な友達を取り上げるなんて、そんな酷いことはせんよね? なあに、タツはええ子や、なんも心配いらん』

 そう言われてしまっては、それ以上何もできなかったものだ。麻衣の祖母には、当時から誰も逆らう者はいなかったし、実際に麻衣と龍子が一緒に遊ぶようになって、いくぶんなりとはいえ龍子の挙動はマシになったかのように思えた。それ以前に、心配していた者たちにしたところで、自分たちが信奉する婆さまの家の子である麻衣のためとはいえ、龍子本人を毛嫌いしている者は誰もいなかった。悪戯は過ぎるが、愛嬌があってクルクルとよく笑う少女は、どちらかというと周囲からは好かれていたからだ。
 あまりに二人の少女の性格が違っていたように思えたからこその心配だった。

 麻衣がこの街を去って、龍子は急に家に帰るのが遅くなった。普段、見た目には以前と同様元気すぎる彼女にしか見えなかったが、仲のよかった友達を失ったことへの動揺はどこかには現れるものだ。他人にそれを悟られないあたり、まだ小さいとはいえ龍子らしい。

『寂しさを埋めるんに時間が必要なんよ。しばらく放っておいてんか。せやけど、悪戯が過ぎるんやったら、あんじょう叱ってやってんか』

 心配して様子を見に来た未武に、龍子の母である香奈はそう笑い飛ばしたものだ。
 関西の方の出だとか、気さくで面倒見のいい、まだ若いとはいえしっかり者のよくできた母親だった。そのためか娘の龍子も、そのままではないものの少し変わった関西弁を使うようになったものだ。それが一層、他の子供たちとは違った印象を与えることになったが、言葉づかい程度で言い表せるほど穏やかな性向ではもちろんなかった。

 父親は龍子が物心つく前には他界していたという。この母子が少々訳ありでこの街に越してきたことは、未武をはじめ街の古い長老たちにはうかがい知るところだったが、誰でもなく麻衣の祖母がこの家族を陰日なたに気遣い、精神的な支えとなっていた。

『香奈さんたちをよろしくたのむわさ』

 今際のきわで、麻衣の祖母が街の重鎮たちに残した言葉こそが、どれほどこの母子のことを心配していたかを物語っていた。

 未武は悔いていたのだ。そんな麻衣の祖母との約束を自分は守れなかった。

「幸い、龍子は遊びに出ててな、難は免れたが、香奈さんは……

 帰りが遅かったことが、龍子には幸いした。燃え上がる火の手を前にして、龍子は無言で、そしてその一瞬後には、

『た、龍子! だめだぁ!』
『はなせ、未武じい、母ちゃんが、母ちゃんが!』

 子供の小さなこぶしを頭や背中に何度も叩きつけられながら、首や背中に今でも痕が残る引っかき傷を負いながらも、未武は龍子が火の中に飛び込むのを必死で止めた。

 壬生が長年勤めてきた街の消防の仕事を辞めたのは、そんな事件があってからだ。街とは名ばかりの、山村に毛が生えた程度の平和な街で、およそ火事と呼べるような事件なぞ、もう十何年も起きてはいない。それでも毎日、出番のない放水車を磨き、たったひとりでその「めったにない」事件に備えてきた。
 それなのに、実際起こってみたら、なんのことはない。自分は救われなければならない人も助けられず、泣いて暴れる子供を抱きしめるのが精一杯だったのだ。



     4


……それじゃ、龍子は? 助かったんでしょ?」

 知らなかったとはいえ、自分が何の心構えもなくこの街に、ただ帰りたかったから、そして誰よりも龍子に会いたかったからという望みだけが大きくなっていたことに、いたたまれない気持ちがいっぱいだった。なかばすがるような顔で、ようやく麻衣は言葉をつなげた。

「身寄りのなくなった龍子を引き取りたいと申し出たんは大勢おったが、結局ワシんとこで預ることになった。倅たちもとっくに独立して、ワシと母さんだけの年寄り夫婦んとこじゃったが、その方が龍子が気を使うことも少なかろうと思うてな」

「うん、そうだね」

 あの負けず嫌いで強情な龍子のことだ。きっと自分の気落ちした姿なんか見られたくないに違いない。未武は、街の中でも女の子であるにも関わらず、悪さをしたときにはゲンコツで叱ってくれるような、しかししっかりと見守ってくれる数少ない大人たちの一人だった。
 だが、ということは今も龍子は未武のもとに居るということだろうか?
 それならば、と麻衣は微かな希望を抱きながらも、自分でそれを否定した。

「四年ぐらいかの、中学を卒業するまではワシんとこで暮らした。悪戯なんかもまったくせんようになってな、大人しいもんじゃった。なんでワシなんかの家に気い使うことがある? 逆にワシはそれが不憫で……

(そうじゃないよ、おじさん。龍子はきっと……

 思わず涙声になる未武に、麻衣は心の中で慰めるようにつぶやいた。自分の知っている龍子は、失ったものをそのままにしておく、そんな龍子では決してない。どんなに悲しくても、それで誰かに寄りかかろうとは決してしなかった。龍子の母である香奈は、たしかに龍子にとって大切な存在だったが、龍子に対して自分の足で歩くことの大切さと、同時にその辛さを教えてくれるような、そんな厳しい一面を持った母親だった。
 そんな龍子と一緒にいたから、そして自分に対しても同じように大切に扱ってくれた香奈がいたから、麻衣は寂しいながらも父のもとで頑張れたと思っている。
 だから龍子も……

「中学ん頃に自分でバイトをして金を貯めてな、誰にも相談せずに、都会の高校を受けて一人暮らしを始めてしまいおった。以来、龍子の方からはまったく連絡もしてきてくれん」

……逞しいね、龍子らしいや」

 やっぱり、と麻衣は思う。自分なんかより、ずっと早くから前を向いて進むことを考えていたんだ。

「あのね、おじさん」
「うぉ、どうしたぃ?」

 昔話で涙もろくなってしまったところを見られたのが気恥ずかしそうに、未武は慌てて前を見て運転に集中する振りをした。麻衣にはそれが分かったが、

「龍子は気を使って悪さをしなくなったわけじゃないよ。もともと、悪戯だけがしたかったわけじゃないんだから」
「そ、そうじゃな、うんうん、そうじゃそうじゃ」

 龍子に一番近しい存在であった麻衣の言うことだけに、感じ入ったように未武は繰り返してうなずいた。大人しくなった、といってもそれまでがある意味派手だったのでそう見えただけで、まったく笑わなくなったわけでもなかった。
 ただ、急に大人びたように振舞う龍子が、それまでとは明らかに違ってしまっていることを寂しく思わないではいられなかった。

「龍子は大人になろうとしたの。そう、ならなければならなかった。できるだけ早く……香奈おばちゃんのように。だから心配いらないよ、あたしが保証する」

 十年以上顔を合わせていない、連絡も取り合っていたわけではない、そんな幼馴染の言い分を、未武は自分でも不思議なほど素直に受け入れていた。
 初めて麻衣がこの街で暮らした日々は、今から思えば短い期間に過ぎなかったが、少しは分別がついたのでは? と控えめながらそう思われた龍子に比べると、むしろ誰の目にも麻衣の変化の方が顕著に思われた。少しおどおどした雰囲気のあった、そんなおとなしい少女が、ある日を境に一変した。
 あまりに無茶が過ぎる龍子に対し、それを叱っては諌めるような姿さえ見せるようになったのだ。それまでは、どちらかというと引きずられるようにして龍子の遊びに付き合い、大抵は日も暮れた頃になって泣きながら龍子の服の裾をつかんで帰ってきたものだった。今思えば、龍子が多少は悪さを控えるようになったのは、その頃からではなかったろうか。

「そうかそうか、麻衣ちゃんがそん言うならその通りだなぁ」
「それじゃ、龍子が今どうしているのかは、おじさんも知らないの?」
「それが……龍子のやつ、どっかの専門学校には進んだっちゅうところまでは高校に問い合わせてわかっとるんじゃが、また勝手に住所を変えよったらしゅうて、その後はさっぱりじゃ」

「困ったものねぇ」
「すまんのぉ。せっかく麻衣ちゃんが戻ってきたっちゅうのに……

 それでも構わない、とさえ麻衣は考えていた。不思議と、今日見聞きした龍子のその後を振り返ってみても、実のところ「もう龍子とは会えないのではないか?」という不安は沸いてはこなかった。むしろ、どんどん龍子に近づいているかのようにさえ感じていたのだ。

 それはまったく根拠のない、彼女のただの願望だったのかも知れない。しかし、それだけが理由であるならば、実際には叶えられない望みの裏返しであったはずで、そんな空虚なあやうさをまるで感じないほど、麻衣は不可思議な胸の高鳴りを感じていた。駅に到着してからずっと、今まで続いているそれは、声ならぬ声で麻衣を急き立て続けていた。

(来たよ、龍子。あたしはここに戻ってきたんだよ……



     5


 麻衣が住むことになる家は、丈夫な造りとはいえ祖母が死んでから十年以上も人が住んでいない状態だった。相当荒れたことになっていると予想していたものの、実際は思ったほどではなく、伸び放題になっていたに違いない庭や家屋の周辺の雑草は、時々は近所の人が手入れをしてくれていたという。中の方も埃は溜まってはいたものの、今日の拓海たちの働きでかなりマシなものになっていることだろう。

 そういった善意には感謝して余りあるが、実際に費用のかかる壁や屋根瓦の修理、古くなった襖や障子などの入れ替えとかは、やはり専門の業者の手を借りることには変わりなかった。風呂やトイレなども、状況次第ではリフォームの対象だった。最低限でいいから、とは言ったものの、

(せめてシャワーぐらいは使えるようにして欲しいし)

 都会暮らしの方がずっと長い、まだまだ若い麻衣としてはそれぐらいの要望はもっていたのである。
 そういった工事に約二週間。本来であれば、それが終わるまで麻衣がやって来る必要なぞなかったのだが、「少しでも早く」という麻衣の思いがそんな勇み足を生むこととなった。同時に説得に破れ、疲れの見せる父をさらに閉口させ、呆れ顔を浮かべさせた。

 ともあれ、工事が終わるまでの間、麻衣が仮の宿とすることになったのはホテルなどというシャレた代物ではなかった。いや、小さい街とはいえただ一つの駅の周辺に数えるほどしか見当たらないホテルであったなら、先ほどのように車の途中で山手にある祖母の家に立ち寄るいわれはなかったはずなのだ。

 今、未武の車で麻衣が向かっていたのは、山手沿いの路をさらに進んだ場所にある民宿だった。今の季節に客が入ることなぞ稀だったに違いないのだが、そこから奥に控える渓流が目当てでやってくる釣り客や、野鳥目当ての写真家などがたまに利用することがまったくなかったわけではない。
 いや、季節によってはこの民宿を含め、近隣の民家までもが求めに応じて一宿の便をはかることもあった。年に一度、冬の終わりの春の芽が息吹くその直前に催されるの鱗(ウロコ)祭の時だ。とはいっても大勢の観光客と言うには多少の誤謬があろう、実際のところ、そういった外部の人間を惹きつけるほど華やかで派手な祭ではなく、あくまで地元の住民が古くから信奉する御社による祭に過ぎない。
 だが、そこに人が集まってきているというのは、観光客ではなく、かつてこの地に根を下ろしていたものの、様々な経緯で土地を離れることになった人々が、この祭にだけは何かしら引き寄せられるように舞い戻ってくるからに他ならなかった。

 そういえば、麻衣の知る限りこの十二年、一度も街に戻るようなことはなかったはずの父ですら、彼女の出発の日に一言「そういえば、次の祭は龍神祭だったな」と、そう口にしたことを思い出した。十二年に一度、辰年から巳年に代わってから行われる鱗祭は、例年よりも遥かに大掛かりに催される。巳年、つまりヘビ年に行われるのに、「龍神祭」と言うのも変な話だが、催される時期が旧暦の正月に近いことを併せ見れば、前の年である辰(龍)の祭であることにも納得できないではなかった。

(今度の祭には、お父さんを呼んでみようかな)

 祖母が亡くなってもう十二年なのだ。そろそろ意地を張るのも終わりにしていい頃だろう。麻衣はそんな自分の考えに悪戯っぽく口元を緩ませながら、前の龍神祭のことを思い出していた。彼女が昔過ごした一年は、ちょうどその龍神祭にあたる年だったのだ。

 鱗……龍、そして龍子。

(どうしたの、龍子? 今年は龍神祭だよ?)

「きっと戻ってきてる」
「え? どうしたぃ、麻衣ちゃん?」

 どうやら、最初に「ちゃん」付けを断った試みは徒労に終わりそうだった。相も変わらず子供に呼びかけるように、麻衣のそんな小さな呟きに未武が振り返るようにして反応した。

「ううん、なんでもない。それよりおじさん、ちゃんと前を見て運転してよね」
「うぉ、あぁ~、こりゃ悪いわるい」

「!」

 瞬間、そう未武が慌てて前に向き直るその一瞬、同じように前方に目を向けた麻衣が固まった。しかし、

「おじさん! 止めて!」
「うあっ、」

 びっくりするぐらいの大声だった。未武はハンドルを取りそこないかけるほどの慌て振りを見せてから、

「ど、どうしたぃ? 麻衣ちゃん、そんな大声を出して」
「いいから止めて! 今すぐ!」
「あ、ああっ! 分かったから、止めるから!」

 必死の形相だった。未武はそれこそ、後ろから締め上げられるのではないか、というぐらいの麻衣の豹変振りにびっくりし、言われるままに急ブレーキをかけて車を停車させた。

--バタン!

「お、おい、いったいどこに行くんだい? 麻衣ちゃんって」
「そこで待ってて!」
「お、おお」

 車を止めるのも早々に後部座席を飛び出した麻衣は、車内では脱いでいた薄手のパーカーに腕を通しながら叫んだ。未武がその返事を返し、慌てて運転席から飛び出して麻衣の飛び出した方向を見た頃には、すでに道路脇を流れる細い渓流を岩を跳ねるように渡っていくところだった。

「なんとまぁ、すっかりお嬢さんになって、と思うとったが、とんだ思い違いだったようじゃの……

 何しろ、お転婆を通り越して破天荒とまで言われたあの龍子に、結局は最後まで付き合うことのできたたった一人の幼馴染だ。たんこぶや擦り傷なぞお構いなしで、毎日泥だらけで遊びまわっていたのは麻衣であっても同様だった。一方で、いつでもそんな様子の龍子とは違って、通常はお嬢様らしい立ち振る舞いをしていたことで、実際それを目にしたことのない者は誰も信じなかったものだが。


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     6


「そんな……

 一方、あっけに取られる未武を後にした麻衣は先ほど目にしたことが、未だに信じられず、それでも自分が「こっちだ」と思う方向に向かって山道を駆けた。
 龍子と一緒に遊びまわっていた自分である。こんな獣道はもとより、街の郊外であってさえ、猫の抜け道ですらが彼女たちの遊び場だったのだ。記憶をたどるまでもなく、このあたりの地理がどうなっているのかは、山野の空気を肺に入れた瞬間に頭に浮かんできた。

「崖で川辺が狭くなって横道に入った。これは、一度三本角の大杉をまわってからもう一度川の上流に出るはず。このまま真っ直ぐ行ったんだとしたら……

 子供でも手が届くぐらいの高さに、手ごろな枝の張り出したその杉木は、傾斜した山肌と、幹に接するぐらいの位置で鎮座する大岩に邪魔されて、普通の杉とはかなり違って歪な枝振りを余儀なくされた、それでもかなり古く、そして大きな杉だった。途中で折れてまるで鬼の角のようになった枝が突き出していたことから「三本角」と子供たちは呼び、木登りにちょうどいいことからお気に入りの遊び場のひとつとなっていたものだ。

 もともとは「二本角」だったのを、何かの弾みでそれらより幾分高いところに伸びていた枝を折ってしまい、「三本角」にしてしまったのは他ならぬ麻衣自身で、同じときに実はその杉は大昔は何かの霊木のひとつだったらしく、ほとんどぼろぼろになりかけてはいたものの、そのしめ縄を断ち切ってしまったのは龍子の方だ。
 そのときばかりはさすがに内緒にしておくわけにはいかず、正直に祖母や龍子の母である香奈に打ち明けたところ、当然とはいえ一晩の食事を取り上げられ、「仕方ないのぉ、甘んじて罰をお受け」と、諭すように話す祖母の前で長時間正座させられたものだ。

(よしっ)

 そう意を決して麻衣は再び道を逸れた。自分の直感に何の疑いももたなかった。麻衣は、当時の幼い自分であったなら進まなかったであろう、より険しい抜け道を選んだ。


 * * *

 麻衣が車の中で一瞬だけ姿を見咎め、そして追いかけたのは山野に棲む狐狸の類ではなかった。

 本人は別に逃げるつもりは毛頭なく、いやそもそも麻衣が自分を追いかけていることなぞ知る由もなかったであろう。
 普段どおり、ただいつもの道を走り、渓流を飛び越えて目的地に向かっていただけなのだ。毎日の日課のごとく、その者は同じ道を通ってその場所に足を運んでいた。

「よしよし、今日はひっかかっとるわ」

 そこは先ほどの渓流のさらに上流で、川幅が若干広いためにやや流れも穏やかで、それでいて岩場が多く、ここ数日は雨もなかったことから突き出た数多くの岩のために幾重に流れが分断され、またはせき止められた場所がそこあそこにあるような場所だった。

 昨日のうちに張っておいたのであろう、粗末な網の罠に数尾の岩魚がかかっていることに満足げに口元を歪ませてほくそ笑む。

「ほれほれ、観念しておとなしゅう籠におさまりぃや、生きがええまま持って帰った方がええさかいな」

 両手でその跳ねる岩魚を取り押さえ、慎重に魚篭に移し変えていく。今夜のオカズにこれ以上のご馳走はない、と誇らしげな笑みを浮かべていた。そんな時だ


「龍子!」

 背後から呼びかけられたその名に、気は付きはしたもののの、すぐには反応はできなかった。そのはずで、それが自分に対して投げかけられたものだとは思わなかったからだ。

「龍子……いえ、そんな」

 再度、その名前を耳にし、仕方ないという風に振り返ってみる。それは自分の知らない顔だった。柔らかそうな白いスカート、薄紅色のTシャツの上にこれまた白いパーカーを羽織った、自分が知っているような田舎街では、まず見かけない都会の匂いのする格好。それが、まるで山野を抜けてきたかのように、あちこちに木の葉を纏(まと)い、土汚れと思しき茶色の線が白いスカートやパーカーにこびりついていることに訝しんだ目を返した。

(綺麗な姉ちゃんやな、誰やろ?)

 一方、その視線の矢面にたった麻衣は、思わず「龍子」と呼びかけてしまったものの、それがどれほど的外れなものであるかをあらためて痛感していた。
 本来なら肩に届くぐらいの、その柔らかい癖毛を両のお下げにし、自分の身の丈にはいくぶん大きすぎる白いランニングは麻衣のそれ以上に土汚れにまみれていて、もちろん靴も履いてない両足はぬくっとランニングの裾から突き出していた。それが、あまりにも自分のよく知る立ち姿であることが、なおさら麻衣を混乱させたのだ。

(嘘、信じられない)

「なんや姉ちゃん、ウチになんか用か?」」

 それは、麻衣が初めて会ったときの龍子の姿と寸分違わず重なるほどそっくりな、それこそ歳のころは九~十歳ぐらいの一人の少女だった。

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    第一章 了

第二章 龍子 に続く

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